確りと分析する事を怠ると、
原理主義や教条主義に陥る。

小乗経典への盲信。
権大乗経典への盲信。
実大乗経典への盲信。
密教経典への盲信。
金剛乗経典への盲信。

実際に法華経を唱えると奇跡的な救いが起きるのは、
確かだよ。

これはこれで確かな事実。

般若心経典でも、観音経でも奇跡は起きる。

神社で拝んで参拝祈願しても奇跡は起きる。

真理と真理の守護者を拝めば、

私自身の日常体験としては、
阿弥陀仏の唱名念仏でも奇跡は起きる。
題目でも起きる。

真言を唱えても起きる。

自力の座禅してアファメーションしても奇跡は起きる。

浮遊霊、他家先祖の霊障害でも、
基本的にその家系の宗派で私が供養した方が速やかに霊障害が消える。

そうで無い場合もある。
阿弥陀仏家系の先祖霊障害に法華経唱えた方が上手く行く場合もある。

だから、薬王に対する経典がある。

絶対とは言わないけど、英語話す幽霊には、英語の祈りの方が効果がある。
日本語で真剣に祈れば通じるけどね。

つまり、本当に修行して様々な人々や様々な霊障害を解決したら、
経典の違いの真実の意味とか使い方は、
体験的にも解るもの。
法華経の好きな業の深い人も、
阿弥陀仏経典の好きな業の深い人も、
要するに、
個人の魂レベルは、
たまたま何宗教の好きな人から、
余り関係ない。

日蓮系には独特な煩悩、無知、悪業があるし、
阿弥陀仏陀経典系にも同様にある。

だから、実体験から、全部学ぶのが良いって思ってるよ。