日蓮の文章を引き写すと晃氏は快感を得るらしい。
ほとんどの文章を暗記している雰囲気が漂う。
此は不気味にちがいない。
さて本題、[至極の大乗教典と自賛する法華経を釈尊は、説いていない。
日本の大聖、日蓮が法華経を釈迦の直説法と信じたのは誤謬、誠にお気の毒様。]
法華経有れば、他のお経や雑多な教えは捨てろと言うのは大きな外れ者。
晃氏が深く日蓮に帰依するのは、個人の自由であるが、彼の説は通用しない昔の廃れた
暦である。
因みにカッコ内の二行を江戸時代に説く坊さんは、島流し覚悟である。
晃氏の親しき坊さんは、問われても絶対にこの件につき答えまい。此は文字の読める
坊さんの基礎知識なわけだが、生涯にわたり隠して信徒に接するのは辛かろうなぁ。