ACIM(A Course In Miracles)・奇跡のコース 40
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ACIM(A Course In Miracles)「奇跡のコース/奇跡講座/他」とは、
純粋に非二元論的な霊性(スピリチュアリティ)の教えのひとつで
NYのコロンビア大学医学部の助教授だったヘレン・シャックマン博士が
7年間に渡りイエス・キリストから来たとされるインスピレーションを書きとめ
編集・校正し出版された本です。(現在では25の言語で出版されています。)
ACIMはテキストとワークブック、教師用マニュアルの3つから成り、
実践を通じて真理の悟りにたどり着く事を目標としています。
JACIM
http://www.jacim.com/acim/
前スレ
ACIM(A Course In Miracles)・奇跡のコース 38
http://rio2016.2ch.net/test/read.cgi/psy/1494430576/
ACIM(A Course In Miracles)・奇跡のコース 39
https://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/psy/1502976262/ 生きこのれないって何だ?タイプミスね>>615
生き残れないが○
人格とエネルギーというところにわたしのお師匠様はフォーカスを強めに当ててたね
この世で大事なのは人格だと
この人格を通して、人間は進化し、霊格のレベルを上げるから
でもってエネルギーもね、身体よりのエネルギーと魂よりのエネルギーってのがあって
もちろん相関関係があるから、別々に作用するわけじゃないんだけど
エネルギーを通して物事を見る見方がわたしの習い性になっている 誰でも葛藤する、体とそれに纏わるエゴの声VS魂の声(良心の声)でもある
でもってこの世界は、神の国ではないからねww当然
この世界は幻、夢、日本語ならば現世(うつしよ)あの世は常世(とこよ)
この世から見るとあの世の方が影(陰)に見えるけれど
実はそうじゃない、あっちの世界の方が格段に鮮明で美しい、こっちは
何度もダビングを重ねたビデオテープの映像のような(若い人にはわからんだろうなww)
粗い画素数の色褪せた映像…に感じる、いやハッキリとは再生できないんだけどね
そういう印象…こっちの世界の価値観より魂の価値の方が大事ってのはわかるけど
この世で良心に従えば幸せになるかっつったら…そんなことないんだよ
ルワンダで内戦があったときフツ族が少数派のツチ族(豊かな人が多かった)を
虐殺したとき当然良心的なフツの人々いて、虐殺を止めようとした人がいた
…そういう良心的な人々の多くが、同族に虐殺されてしまった
地獄の波動ってのはそういうもの、神も仏も救いもない、この世に時々現れる地獄の波動
地獄の波動が地域を飲み込まないように、先手を打つ
…地球全体が地獄になる可能性だってある、最悪は金星みたいになってた…
まぁ可能性は今のところ低いけどね 良心に背くと、感じるよね、心の痛み、なんとなく後ろ暗い気持ち、ザワつく感じかもしれない
ただ良心に従えばいいかっていったら、この世界に愛の波動がどんだけ届いてるか
まぁざっと見積もって2割多くて3割、5割以上入ってる人がいたら
かなり良い人ww、日本でこれだからね、他の国はどーなんだろうね?w
これが0に近づくと闇になるよね、太陽光は当たっていても闇見える人には見える
愚直に良心に従えばいいかっていうと、そうじゃない、だって周りが悪党ばっかだったら?
((正しいこと))が通用するか?しないね
何度も言うようだけど、この世界は神の国じゃない、私たちの魂はまだ神の国にある
しかしながら時空間上のわたしは神の国から離れている、
この世界は残酷だ(進撃の巨人)w
だから智慧がいるんだよね、英知が…その扉を人類は開こうとしている(らしい) 身体はいずれ老いて死んで朽ちて土に還る、器も同時期かちょい後に崩れて消える
この世に近い次元にある、しかしエネルギーは滅びないんだよね…これが問題
一時的に人格崩壊したように見えても、例えばボケとか事故の後遺症とか
アストラル体?霊体?には影響がない(らしい、多くの場合…だそうだ)
ボケて死んだ婆ちゃんが、霊になって出て来たときまともに戻ってた
若干若返っているし、あの世のことはわからないが…いずれ朽ちる身体より
スピリットの輝きを損なわないようにと思っていたけどね
最近怒りが収まらず、どうして赦していいかわからない、怒りは相手より自分を
毒するから、胃の調子が悪くなるしストレスで腰が痛くなるし
わかっているんだけど、赦すって難しい この一年ぐらい長文連投の人が数人いるけど
5chの長文は苦痛で全スルーしてる自分には
・読んでる人がどれ程いるのだろうか?
・短文で上手くまとめて欲しい
といつもひそかに思ってしまう 長文が苦手ならACIMは無理だろう
といつもひそかに思ってしまう コメント公開してる時点でひそかじゃなくておおっぴらなんだがw 奇跡は何も なしはしない。奇跡が行うのは、なくすことである。
【不死というあなたの現実---河出書房新社】刊より
ツイッターより 神を選べばすべて同じになる
自我を選べばすべてが異なるようになる
人間は顔も性格もすべて違うが
顔も性格も幻想に過ぎない
自我はすべてが異なる幻想を好む >>615
>「わたしはあなたがたを愛しています、そして赦します。」
>「ただし二度と会いたくありません」
自己欺瞞ワロタ
愛してないし嫌いだから二度と会いたくないのだろうにw >>628
じゃあどう対応するのがベストなのか具体的にどうぞ 紙媒体は数百ページも何十巻でも、よほどの悪文でもない限り大丈夫
5chの長文はダメなのは、2chの長文を苦痛とする人は以前から見かけるので
モニタ越しの横書きなのもあるかも
私や同じタイプの人は読まないけど、苦痛じゃない人は読むだろうから
自由に書いてください 過疎よりましなんでどんどん書いて下さい
スレチはテキトーにスルーしますw >>632
そんなことしたら、
おらおら、赦しはどうしたんだ? 赦しはw
と突っ込むわけだね?
いや、実際名誉棄損で訴えていいと思う
そういう社会的な対処(行動)のことは赦しては何の関係もないしね 入院女が病院で目を覚ますと記憶喪失になっていた。
これは全生活史健忘症と呼ばれる解離性障害の一種である。
これが箸でこれがボールペンというのはわかるが、
住所氏名年齢家族構成年号はわからない。
入院女は帰宅すると線維筋痛症という難病を発症した。
原因不明で治療法がない(難病だからな 代筆の人)
入院女は寝たきりとなり10年を過ごした。
入院女には身に覚えがあった。
10代の頃からアルコール、鎮痛剤、スポーツ、ワーカホリックなど
一通りの依存症を経験した。
それは入院女がDV虐待イジメ医療ミスなどに
適応しようとした挙句のコーピングメカニズムだった。
つまり入院女は筋金入りのアダルトチルドレンだった。
入院女は過去に適応障害とPTSDの診断を受けていた。
だが今度は筋骨格系疼痛が止まらない。
中枢神経が変異を起こし通常刺激が苦痛に変換されるのだ。
入院女は理解した。
ある年の桜を見ても去年と一昨年とその前の桜が見え、
今日の足首を感じても去年の捻挫と一昨年の捻挫とその前の捻挫を感じるように
過去ばかり見えるこの世界では肉体に心痛が蓄積されるのだ。 入院女は一つの宛先に手紙を書いた。
それは祈りだった。
助けて下さい、迎えに来て下さい。
入院女は鬱状態になると
シャドーだかアニムスだかみたいな
(入院女は心理学を齧ったことがあった)
男のいる空間にアクセスすることができた。
子供の頃からその男には
禅や量子物理学を教わったり
転入生でいつもテストができないのを
代わりに答えを書いてもらったりしていた。
おかげで入院女は勉強もしないのに
100点しかとったことがなかった。
模試もいつも全国1位、特進クラスで奨学金をとっていた。
男のいる空間は年々暗く、
男の周りには鉄条網が巡らされていた。
それは入院女が年をとるにつれて
男を警戒するようになった印だった。
しかし男の住処は入院女の中心にあり、
入院女には昔男と同棲していた覚えがあった。
入院女はこの男に向けて言った。
死ぬ準備ができました。
入院女は男をタナトスだと思っていたのだ。
(入院女は心理学を以下略 代筆の人) この世界は実在していると考えると自我のコースへ行き
実在していないと考えると聖霊のコースへ行く
どちらを選ぶかはあなた次第 「今からそちらへ行く。
お前と一つになる」
入院女の脳内に住んでいるために
脳内男とも呼ばれることもある
代筆の人は答えた。
代筆の人は大人になって入院女と呼ばれるようになる
金魚
という子供の代理として
知られていた。
金魚に重すぎる荷物があれば代筆の人が持った。
金魚が登校拒否をしたときには
義務教育とは教育を与える義務であり受ける義務ではない
という論文を書き
国連とユニセフに招聘されて断った
(そんなしょぼい場所俺は行かねえ 代筆の人)。
代筆の人は入院女に呼ばれるまで待つことができた。 金魚は目を覚ますと世界がなかったのでびっくりした。
あのしつこい世界が!
ここにはいましかない。
意識だけが残っていた。
五感の回復とともに世界が戻ってきたが、
もう元の物質の世界ではなく、
五感が錯覚させる幻覚だった。
金魚は肉体が液状化して溶けて消えるのを感じた。
また、入院女が病気になって以来
脳のちょっと上のところに上がっていた視野が
頭上3メートルくらいのところに上がり
肉体以外に周囲の空間5メートルくらいも
液状化して溶けて消えたのにびっくりし
歓喜した。
このとき記憶が消えたがそれは箸もボールペンもわからなくなるような
消えかただった。
上昇は続き、肉体から次元を超えて最後何もなくなった。
無を受容して、「百万回のオーガズム」とも呼ばれる
体験のあと、(無限の愛 代筆の人)
そこには自己がいた。
それは永遠の空のようでもあり、
あたりまえの空っぽのようでもあった。
世界に見えた小さな黒点は遠く忘れ去られ
消え去り
金魚は自分が誰かを思い出した。 なんだ、探していたのは僕だったか!
金魚は生まれながらの不思議ちゃんだった。
カリフォルニア州のクパティーノというところで育った。
スティーブ・ジョブズのお庭があるところだ。
周りはヒッピーと天才エンジニアばっかりだった。
チャクラとかオーラとかはサマーキャンプで教わった。
ジーザスは友達の一人だった。
帰国子女の金魚は日本語の語順がおかしかった。
死んだ人が見えたり天使が見えたり
地震や病気が予知できたり
手から気が出たり動物と話せるのは金魚にとって当然だった。
金魚のお気に入りのアップルコンピュータが
金色に光りながら勝手にスピリチュアル関係のホームページを開きだしたときも
とうとう守護霊が降りてきたのかと笑っていた。
あるブログで金魚は魅了され、
さらに、a course in miraclesという本と、
2ちゃんねるのスレッドに目が吸い寄せられた。
同じことを知っているやつらがいる! 代筆の人は英語を母国語に使っていた。
まずそれを日本語にする必要があった。
それには象徴の象徴を象徴まで戻す必要があった。
代筆の人は催眠術で金魚と入院女のマインドを接続した。
これで言葉を介さないコミュニケーションが可能になった。
さらに代筆の人は肉体への支配を強めた。
クンダリニー障害は引き起こすわ、
フラッシュバックが加速するわで手に負えなくなったのだ。
代筆の人はムードラとヨガ、
それにマインドフルネスとセルフインクワイアリを教えた。
それで状態が安定したので
いったんエネルギーをすべて肉体にしまい直した。
これで金魚が入院女を被って着ているのを
代筆の人が操り人形するという
いつもの形が出来上がった。
代筆の人が最初にやったのは入院女を暴れさせることだった。 許しってさ、殺人やら性犯罪やら人の尊厳を踏みにじる
極悪犯罪者を無罪放免にすることでも、見て見ぬふりをすることでもないよ
ただ怒りや恨みのエネルギーを延々を溜めこんだり、それを放出したりしても
何も解決しない、それによって辛い思いをするのは自分
そんでもって、自分のしたことからは逃れられない、いずれ自分に戻ってくる
どういう形になるかはわからなけど
曲げられない法則ってのがある、誰しも小さな過ちってのはある
それは互いに許しましょうってレベルと
例えばわが子を変質者に殺されたら…その犯罪者に酌むべき事情というか
育てられ方か酷かったとか同情に値する事情があったとしてもだよ
普通は無理だよ、だから聖霊に委ねる 入院女はこのままいくと自分が自殺することに気づいた。
そしてそれは自分に悪を見たからだと気づいた。
また、入院女は金魚の存在に気づいた。
自分は人間ではないことがはっきりした。
入院女は代筆の人がもしかして聖霊かもしれないと疑い始めた。
入院女は悟ってるっぽい人たちをストーキングして
吸収できるものはすべて吸収した。
そして思考回路が逆転していることに気づいた。
「ダルマがカルマを解放する」と代筆の人は言った。
入院女は愛と恐怖を逆に考えていたことに気づき、
真逆に行動しなければならないことに気づいた。
入院女は、警察と病院に両親のネグレクト以下を告発した。
そして入院させられたので入院女という名前になった。 金魚は意識が自己だとわかったので、
死ぬ危険から解放された。
それと同時に肉体的危険や別離の心配が終わった。
痛みも苦しみも怖くなくなった。
幻想は幻想に、
実相は実相に見えるようになった。
また、周りからは自分は入院女に見えること、
代筆の人というか脳内男の話をすると
激怒されたり投薬されることをしった。
金魚はスピリチュアリティという概念を覚え、
いつか入院女が人間的に解放された際には
その道へ進もうと決めた。
代筆の人がそれはもう起こっていると言った。 代筆の人は入院女を人間的に解放というか
消滅させるべく行動を開始した。
つまり入院女を形づくっている
金魚に残存する誤解のすべてを解くことにした。
代筆の人は金魚の前に
人間ではない姿で現れた。
それは想像もつかない
抽象だった。
それは真善美という言葉が表そうとする
ものだった。(入院女が予想したのとは違ったが 代筆の人)
入院女の催眠が切れて
その中で眠っていた金魚の残りが目を覚ました。
(金魚の残り! 金魚)
それは悪夢の再来だった。
抑圧が解けたのだ。
代筆の人は残りの金魚に憎まれて拒絶され、
入院女のメンタルと体調は最悪になった。
代筆の人は追及の手を緩めず、
ますます抑圧解放を加速した。
金魚が入院女を操る時間が逆を超え始めた。 深い憎しみを感じる相手、そこまで行かなくても嫌悪感を感じる相手と
仲良くする必要はないんだよ、嫌いな相手とハグできるか?無理だ絶対無理でしょ
目を合わせるのも不愉快だし、それが(((赦す)))ことでもない
それを無理やりやろうとすると欺瞞になる
距離を置いて天に委ねて忘れることならできる、というかそれしかできない 代筆だの金魚だの脳内男が書いてるのは何?なんかの小説かなにかか?
つーか何がいいたいのかわかんね
頭の悪いわたしのために誰か解説してくれーww 同じ空気吸うの嫌だから大好きな日本出たいとすら思ってるのに
できれば顔合わせたくない一生
でも自分の精神衛生のためにww赦して忘れたいよ 彼女が霊媒となり
彼女の中に赤の他人が
何人かいるようです。 このスレあれば、奇跡講座は要らないな
長文も読みごたえがあり、全てを赦せるようになる うちは、年寄りのお袋が霊媒だよ。僕のことが嫌いな霊がやってきて、攻撃するんだ。
グノーシスのナグハマディ文書だったか。異次元のことはお袋さんに聞け。教えてくれるだろう。
とあった。女性は霊媒体質である。 >>633
>>633
赦しは、罪など何一つないと見ることであり
静かに落ち着いて何もしようとしないことなんでしょう?
あなたの言う赦しは行動と関係ないから相手を裁判にかけてもいいとの主張は、ワークブックの教えに反してます
その辺の自己矛盾はどのように処理しているんでしょうか?
(おらおらwのフリに応えて) >>649
私も最近は出先でこのスレをスマホで読むぐらいで
間に合わせてるわw
色々と勉強になる
よくわからないとこは深く考えずに読み流せばいいんだよ
みんな好きに書いてるだけなんだし、それでいいんだからさ >>633
赦したら名誉毀損で訴えようとは思わないのでは? 好きに解釈してよい
本人は、
入院女が間違えた心
金魚が選ぶ心
代筆の人が正しい心
と思っている
空爆というより地雷を選択した
自慰というよりレイプである
自慰(おかず付き)はこうやる 『あなたはわたしが世界を救うための
声であり、目であり、足であり、手である。』
KW博士
https://www.facim.org/online-learning-aids/lighthouse-articles/2007/you-are-my-voice,-my-eyes,-my-feet,-my-hands-through-which-i-save-the-world.aspx
抄訳
ワークブックでイエスはこう言っている、
ではこの振り返りを、あなたのわたしへの贈りものとしよう。
なぜならあなたはわたしが世界を救うための声であり、
目であり、足であり、手であるから。
形態と内容の混同によって、このメッセージは容易に
イエスが私たちの肉体を彼の肉体の代わりに使おうとしているという
特別な意味にとられうる。
重要な質問がいくつかある。
世界を救うとは何か?
世界はあなたがそれに与えたもの以上のものではないが、
それ以下でもない。それはあなたの心の状態の証人だ。
外側の写真に撮られた内側の状況だ。なのだから、世界を
変えよう[救おう]とするな。むしろ、世界への見方を変えろ。 「想念はその源を離れず」、「投影が知覚を作る」のだから、
私たちが外側にあると信じるものは内側にある。
コースの中心的教義は「世界はない」である。それは
起こったこともない「小さな狂気の考え」の投影である。
つまり問題は世界ではなく世界を信じることである。
ーなぜありもしないものが問題となるだろうー
この区別は決定的である、天国がそれにかかっている。
自我は文字通り、問題と解決の両方のありかである
心をないものにするために、
世界とそれを占める肉体たちを作ったのである。
心へと戻らなければ選び直すことはない。
天国か地獄か、神か自我か、大いなる心か世界か。
つまり救われなければならないのはありもしない世界ではなく、
源を離れられると信じる神の子の心である。
世界を救おうとすることの狂気は、だから、二つの幻想の競演である。
ありもしない自己がありもしない世界を救う。
幻想で終わる以外ありえない。 あなたに対する戦争は二つの幻想の争いだ。
勝ったほうを真実とするため、お互いを違うという。
それらと真実との間に争いはない。
お互いに違ってもいない、両方とも真実ではない。
だからどんな形をとろうと関係ない。
それらを作ったものは狂っており、作られたものも狂っている。
問題の性質を混乱することについて知っておくことが役立つ。
誤りをおかさないためだけでなく、おかさなかったとき
ましな気分でいるためにも。
自我が真実から防衛する主な戦略の一つは、真実を幻想に持ってきて
分離と罪を本物にすることである。
霊性、神とかイエスとかコースとか、霊的なものを
世界に巻き込むことである。
霊的なものが物的なものと関わる、するとそれは本物になり、
私たちも本物になる。
だから私たちは世界にあって欲しいのである、
そうでないと分離した特別な個人であることができない。
テキストにこうある、 世界はとっくに終わっている。それを作り、少しの間愛した
心の中からも、考えは消えている。
罪悪の結果ももうない。罪悪は終わった。帰結は元凶もろともに去った。
なぜ記憶にこだわる、その結果を望まないなら?
この結果とは、他人に罪をなすりつけた上での無垢、
従って罰は相手に下るという自己概念である。
そんな無垢な自分をとっておくために、
神を自分の側につける以上のやり方があるだろうか?
だから自我は見事に思考体系と世界を作る。
神をそこに持ち込み、分離したと確約するだけでなく、
そこから出来上がる世界はいっぺんに神聖で罪深く、
そしてもちろん重要だと。
こうして世界とそれを作った罪悪の幻想性反して
ーどっちもとっくに終わっているー私たちはそれを信じる。
差異をもつアイデンティティ欲しさに。 >>653
ワークブックのどの部分と矛盾している?
どうぞその箇所を指摘してください
>赦しは、罪など何一つないと見ることであり
>静かに落ち着いて何もしようとしないことなんでしょう?
これに関しても、コースのどの部分に基いているのか、
その部分を具体的に教えてください
>>655
名誉棄損で訴える人たちは赦していないのですか?
なぜあなたにそれがわかるんですか?
彼らは赦していないに違いない、だから裁判に訴えたのだ、
という決めつけは何に起因するのでしょうか わたしたちの精神全体が、わたしたちの真の実相である、本当の自己(セルフ)に対する防衛だなんて、
なんたることか。 >>664
655です
赦しを長年実践してきた経験からです
赦しを実践しながらそれに反する行動をしようとは思ったことがないです
あなたの書き込みで赦しながら肉体で攻撃しようとする人がいるのを初めて知りました
コース初心者の方だと思いますが副読本ばかりではなくオリジナルを読んだ方がいいかと 訴訟を起こす=攻撃、と見なしてしまう、
そこにあなたの攻撃性は反映されていないのか? 赦しを長年実践してきたということだか、
あなたの赦しは多分エゴの赦しになっている
訴訟を起こすというこの世界の習慣を現実のものにしてしまってる
赦しを心のレベルではなく行動様式のレベルで、
エゴによる偽りの赦しにしてしまってはいないだろうか? いくら物質を集めても、一時しか満足せず、
何か満たされない思いを抱いてしまうのは、
それが影だからなんだ。 俗にいうカルマも個人に属する。
輪廻転生という概念も個人に属する。
個人がなければ、輪廻もカルマもない。
迷った意識だけが、個人という夢をみる。
この世界は起きていて起きていない。
既に私たちは、夢の外では天国にいる、という事実。 真面目な人が鬱病になったりひきこもりになったりするが
それは真面目な人はこの世界を現実と考えているからだ
この世界は幻想に過ぎないのに現実だと間違った考え方してるから人生で苦労することになる >>664
653です
他人からの誹謗中傷を受けて裁判を起こすということは
「自分の名誉が傷つけられた…社会的信用を取り戻せねば…」といった考えであり
赦さない思いに基づいてますよね?
コースの教えは「実は何も起こってないのだ」という見方をし、罪を見て手放す
そして赦しは落ち着いて何もしないそうです
しかしあなたは、相手を赦し裁判にかけるのもアリだと言う
矛盾しててそれのどこが赦しなのか意味不明です
コースの赦し
・兄弟が自分にしたと思っていたことが実は起こってなどいなかったと気づくこと
・罪など何一つないと見ること
・赦しは、罪(神の子についての間違った想念)を見て、手放す
・赦しは、静かに落ち着いて何もしない
ワークブック編 特別解説1「赦しとは何か」本文
http://lesson.spiritual-counseling.info/acim/st1 高須院長の行為が赦さない思いだと決めつける気にはなれないな。 >>674
高須院長の行為とは何を指して言っているのか分かりませんが
赦さない思いは、これこれで〜とか
人類は共通の精神疾患などと決めつけてるのは
コースですから 人の身体を破壊するような無慈悲な人間をどうしたら何もしていない無こだと見なせるのですか?
身体を超越し続けてから言って下さい 例えば駅のホームで列の先頭に並んで電車を待っている時に後ろから押されたとする。
しかし押した人はその後ろの人から押されており、更にその押した人もまた後ろの人から押されており、という具合に何人も間に居て、最初に押した人は躓いて転んだ拍子に列の一番後ろの人を押してしまっただけだったとする。
つまり完全に偶発的な事故であり誰もが動かされていただけであり全員が被害者と言えば被害者だ。
しかしこの時に自分の真後ろの人が悪意をもって自分を押したと信じるとすればこれは幻想だ。ありもしない悪意や罪を作ってしまっている。 つまり分離してないのに分離したと思い込み勝手にプンプン怒って怖がって
ありもしない罪悪感を作ってしまっているということか・・・これは幻想だ すべては幻想とわかってればそんなに腹も立たないだろ
これは現実だと思うとマジギレしたり深刻に落ち込んだりする
この世界に現実は何一つない
すべては幻想だ だから些末なことひとつ幻想だというのも、究極イエスのように身体を害されながらも幻想で何もしていないのだから赦す、と言うことが本当に出来なければ、赦したつもり、出来たつもりなのではないですか?この世で肉体をもっている身では それが出来る人間は少ないよ、てか現実的じゃない>>683
赦す(((べきだ))))、べき論になってしまったら更に歪むwww
何をされても赦すというか、受け入れる、見逃す、ようするに
されるがままにされっぱなし、それが平和に繋がるか?
繋がらないよww、じゃあどうするか血みどろの戦いをするか?
…だから智慧がいるんだよ 心の中では怒りや恨みが渦巻いているのに、その感情を(((赦すべき))という
考えで蓋したらどうなる??そのエネルギーは(エネルギーなんてのみ幻想っちゃ幻想なんだが)
憎悪が消えるか?そんなわけねーし
肉体を傷つけられた、尊厳を踏みにじられた、想像してみよう、
目の前で大事な人が惨殺されたら?赦せるか?一生かかっても難しいよね
時間が癒す部分もあるけど…
日本人の観念…というか日本昔話的な感覚だと
盗人がいて、善人の家に泥棒に入ったら、「あなたもお困りでしょう」と言って
善人も貧しいのにお金とか飯を差し出した、
すると盗人は改心してそれからは良い行いをするようになりました
めでたしめでたし…って確かにそういうこともある、あるけどね
しかーし世の中そんな甘くない、改心するどころか何度も盗みに入る盗人ww
それどころか主人を追い出し家を乗っ取り、娘を手籠めにして売り飛ばし…
そういう奴いっぱいいるからww
しかしあれだな、日本人は弱いもの苛めはしない、そういう人多かったのにな
最近じゃ弱いところを狙って攻撃する、どこへ行った日本の美しい心は???
と思うことが多々ある、すごく残念だ…弱みをみせるととことんやられる
優しさを見せると付け入られる、こういうケースに公式ない
ケースバイケース相手を見て対応しないとね、でないと善人がバカを見ることになる 日本の美しき心
卑劣な行いをすべきではない、弱いものを苛めるべきじゃない
弱いものを助けるのが良いことだ、等々も観念ていうか価値観だから
世界中の人が↑のような価値観持ってるわけじゃないし
溺れている犬は棒で叩けって諺…また悪口になってしまうなww
それどころか弱みに付け込まないのはバカだという価値観で生きてる人もいるし
仏様だって慈悲深いお顔の仏様ばかりではない、憤怒の形相の怖い仏様もいる
悪から守って下さる…
それにACIMでの許しってのは、って続きはあとで書くかもww >>673
>他人からの誹謗中傷を受けて裁判を起こすということは
>「自分の名誉が傷つけられた…社会的信用を取り戻せねば…」といった考えであり
>赦さない思いに基づいてますよね?
赦さない思いに基づいている、というあなたの決めつけ、思い込みを
まずは赦すことですね。
たとえば会社の名誉を傷つけられるようなデマを流されたような場合、
それは自分だけではなく従業員の生活にも支障をきたすかもしれない。
社会的な手続きとして訴訟によって名誉の回復を図るのは、
この世界、少なくとも法治国家におけるルールのひとつと言えるでしょう。 >コースの教えは「実は何も起こってないのだ」という見方をし、罪を見て手放す
>そして赦しは落ち着いて何もしないそうです
>しかしあなたは、相手を赦し裁判にかけるのもアリだと言う
>矛盾しててそれのどこが赦しなのか意味不明です
あなたの誤謬は、赦しを心のレベルではなく行動規範のレベルにおいて
解釈し判断していることです。あなたは赦しを、○○でなければならない、
○○するべきである、という教義として捉えてるんですよ。
それは単に抑圧しているだけです。ニセの赦しです。
この社会、我々が現在のところ実在していると見做しているこの世界において、
それぞれの地域・時代において生じうる様々な事象に対して、
その行動規範を変えるのはコースの教えていることではありません。
コースはその地域・時代における様々な事象を教材となし、
それらを「心のレベルにおいて」聖霊に委ね、聖霊の視点を選び直す、
ということを教えているんです。「行動規範」をある特定のスタイルに正すことではありません。
あなたのイメージしているような聖人や善良な人らしく振る舞う、ということではありません。
コースの実践はその実践者が生きているその地域・時代を支配しているルールを逸脱し、
風変わりな人間として生きていくことではありません。
その実践者が生きている地域・時代においては戦争に参加することにもなるでしょうし、
その戦争で敵を攻撃しなければならない状況にもなるでしょう。
しかし赦しとはそのような外的な行動様式を変えることではありません。
その人の心のレベルではそれらの事象を教材となし、聖霊の視点を選択し直すということです。
その結果として戦争は早期に集結するかもしれないし、そうはならないかもしれません。
しかしそのような表面的な現象は実はどうでもいいことなのです。
それらの事象は本当は起きていないのだから。 >>685
日本の美しい心とか昔はよかったってのは考えるまでもなく幻想。
この逆の昔は悪くて今は良くなったっていうのも幻想。
前者は主に右翼が好む思考で後者は左翼が好む思考のようだな。
しかし極まってくると誰が見ても妄想と思えるレベルにまで行ってしまうことがある。
気づかないのは本人だけ。 赦しながら訴えるなんて器用なことはできないです
行動規範も心から生じているので、心のレベルで許せば行動規範も変わるでしょう
赦しは私の行動様式をまったく変えました
変えようとしたのではなく聖霊の導きで自然に変わるものなのです
行動規範が変わることを恐れる必要はありませんよ 聖霊の視点で選び直すことを理解して入れば大丈夫です
聖霊の視点は自分の行動様式とは異なる場合もあります
恐れず声を傾けて信頼しましょう それはエゴによる赦しになるんだよね
赦しの結果、行動も変わらなければならない、
というのは
行動は変わるかもしれないし変わらないかもしれない
ACIMは原因についてのコースなんだから
結果の現れかたには頓着しないんだよ 99.9999%の人は分離の世界で生きている現状・・・。
こちら側は、赦しを実践していても(誤りをスルーしてみないようにしていても)、
相手が何らかの投影をして、攻撃してきたり、濡れぎぬをかぶせようとしてくるのは、
避けられないのだろうか? 悟る、またはそれに相当する状態にあると、全てはこれでよしという納得ができてしまうから、訴訟をする必要性を感じなくなるかもしれない
訴訟をしないことで周りの人間が怯えてしまうようであれば、殴ってきた人に執着しないまま、恐怖の原因を取り除く手法の一つとして訴訟を検討するかもしれない >>693
避けられない、というか、それも投影であり幻想。 イエスご自身も、世の人の投影により十字架にかけられた。
彼は自分自身が何者かがわかっていたので、何の影響もなかったが、
今現在も、彼が生きていた時代と同じことが行われている。 すべては存在していない
宇宙、太陽、地球はすべて存在していない
存在しているように見えるのは自我の魔術で催眠術にかかっているだけだ 目覚めなさい!
ってチラシ駅前で配ってた宗教あったよw >>687
>赦さない思いに基づいている、というあなたの決めつけ、思い込みを
まずは赦すことですね。
決めつけ思い込み言われても、赦さない思いの指標はコースの教えによるものですから
それに私は学習者ではありません
赦しはあなたの役割りです
>たとえば会社の名誉を傷つけられるようなデマを流されたような場合、
>それは自分だけではなく従業員の生活にも支障をきたすかもしれない。
そういった思考様式を怖れの感情に基づいた裁きだと気づかないのが不思議です
いや、認めたくないのか…
・赦そうとしない者は価値判断をせずにはいられない。赦すことができずにいる自分を正当化してしまうからである。
(コースより) >>688
長過ぎ
>コースの実践はその実践者が生きているその地域・時代を支配しているルールを逸脱し、
>風変わりな人間として生きていくことではありません。
ルールの逸脱って、、、
我々の社会では、誹謗中傷にあったら裁判を起こさなければならないという規範はありませんし、
裁判を起こさないからと言って風変わりな人間だとは思われませんよ
>その実践者が生きている地域・時代においては戦争に参加することにもなるでしょうし、
>その戦争で敵を攻撃しなければならない状況にもなるでしょう。
>しかし赦しとはそのような外的な行動様式を変えることではありません。
>その人の心のレベルではそれらの事象を教材となし、聖霊の視点を選択し直すということです。
話が戦争にまで発展していますが、、
聖霊の視点は、いかなる場合も攻撃を放棄するものです
コースのどこに場合によっては攻撃もやむなしと書いてあるんでしょうか?
>しかしそのような表面的な現象は実はどうでもいいことなのです。
>それらの事象は本当は起きていないのだから。
本当にそう思えるなら、デマを流されても何処吹く風と平気でいられるはずですが
あなたはそれが出来ないのでコースを自分の都合のいいよう歪曲して解釈しています
それこそニセの赦しですよ >>701 >>702
ああ、なるほど、いつものあの方ですか。
原因についてのコースのDVDをご覧になれば
私が書いたことをそのように曲解はしないはずですが、
あなたはいつものようにネットで拾った断片に基いて批判するのが目的でしょうし、
決してDVDを見ることもないでしょう。
ではどうぞ納得いくまで「正しさ」を追求されていかれればいいと思います。 宗教の陥りがちな罠ってのがあってね
宗教だけじゃないけどさ、若い皆さんは知らないだろうけど
わたしもその時代をリアルに体験してるわけではないがwwうろ覚えなんだが…
ヒッピーってのが大勢いた時代があった、当時の流行りだったんだね
ハッパ(マリファナ?)吸ってラブ&ピースでハッピー?な自由な方々
ただ平和だ〜愛だ〜戦争反対のプラカード持って行進したり、集会開いて
ハッパ吸ってセックスして毎日ハッピーなら世界は平和
…にはならない、現実になってないww
力の支配とか旧来の価値観への抵抗のひとつの形だったんだろうけど
単なる現実逃避に終わった…
チベット見てみ、彼らは平和主義者で宗教者は抗議のために中国人を傷つける代わりに
自分に火をつける(焼身自殺)内心は怒りで渦巻いているのに
他者を攻撃することはしないってのが彼らの信念なんだろうね、そのことは尊いけど…
あれだよ、心の平和を保つことは必要だけど、もっと大事なのは
現実的であること、神や聖霊に平和を祈りつつも、ただ平和〜wwなだけでは
平和を保てやしない、それが現実ww そういえば、神使か不死現にパーサだったと思いますが、
強盗に遭ったら股間を蹴り上げる、という一節がありましたね。
アセンデットマスター自身が赦しができていないじゃないか、
と正義の突っ込みをされればいいのではないでしょうか?(笑) ところで
>それに私は学習者ではありません
ということですが、長年赦しを実践してきた、と書いてませんでしたっけ?
それとも別の人なんですか?(笑) コースの有名な教師、マリアン・ウィリアムソンは政治に関わっているらしい
誤解のないように、「今こそ政治活動しましょう」と言うつもりはない
人には役割がある、向き不向きもある、神が用意して下さった(別の言い方すると
天命って奴ね)役割に従えばいいけどさ
ただ平和〜なだけじゃダメなのよ、アグレッシブに行かなくちゃww
コースは忘れて
無駄にエネルギーを使わないために、心は平和にして置いた方がいいけどね
心が凪のときアイディアが閃く、心が乱れていると光が届きにくいから
ていうかエネルギーを怒りや恨みつらみ、過去の後悔や罪悪感に費やすのって
無駄なんだよね、あと葛藤とか、過ぎてしまったことにエネルギー向けても
駄々漏れしたに等しいし…心は前向いてないと、そのための赦しって考え方もできるww 666神も仏も名無しさん2018/01/09(火) 16:34:27.52ID:O2QWNvS9
>>664
655です
赦しを長年実践してきた経験からです
赦しを実践しながらそれに反する行動をしようとは思ったことがないです
あなたの書き込みで赦しながら肉体で攻撃しようとする人がいるのを初めて知りました
コース初心者の方だと思いますが副読本ばかりではなくオリジナルを読んだ方がいいかと このスレでも繰り返しいろんな方が書いてきたことだと思いますが、
シーザーのものはシーザーへ、です。
この社会に我々はリアルに生きていると現在は捉えています。
そうである以上、社会の中で普通の社会人として生きてく必要があります。
お金がなければコースの教材も手にすることはできません。
すべて幻影だから、と信号を無視して運転すれば大参事を招きます。
食べなければ飢え死にしてしまいます。
コースの赦しとはそういうレベルで実践することではありません。
原因のレベルにおいて人知れず実践されていくものです。
この社会の中での言動にそれを価値判断の基準として当て嵌めようとすれば
それは結果についてのコースということになってしまいます。
何が原因であり、何が結果なのか、
コース特有の基本的な前提が欠けているからこそ、
この批判者はいつも頓珍漢な言いがかりをつけてくるわけです。 >>688
このレス完璧でしょ?
コピペしちゃったけどwww >>662
これもいいね
詩的なところもいい
どっかの抜粋かな?
オリジナル?
ハートにきたよ ラブ&ピースとか言って平和運動する人間はこの幻想世界の内部に平和な世界を作ろうとしているからな
エゴが作った幻想世界で平和な世界などできるわけがない
平和は幻想世界を超越したところにある >>711
あなたは赦しを、他者を攻撃する武器にしてしまっています。
私は赦しを知っている、あなたは知らないと。
あなたは赦しを言葉では理解している、と言うより
まだ無罪性が見えていない。
つまり、知覚の訂正が起こっていない。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています