8月の苦しみの日に、私はもう一つのことを尋ねました。
なぜ私の自由を奪わせ、おぞましいレイプの餌食にしておられたのですか?

私は一方で自らの活路を開きました。この体験がたくさんの繋がれ人を他人事のように考えることから自由にしたのです。
私も苦悩する人たちの一人です。真剣に怒る人たちの一人となりました。

私もかつては悪魔サタンと悪霊の救いを望み、滅びの子らが一人もないことを願ってきました。
でもついに私の氷点がやってきて、ゆるされない者への罰を計画されてきた神との一致へと導かれました。
しかしシェアも氷点も彼らのおかげだと感謝するのは間違っています。私たちは苦しむために生まれてきたのではなく、憎むために生まれてきたのでもないからです。