クリシュナムルティ、Osho、クリシュナ、グルジェフ、ラマナ・マハルシなど [無断転載禁止]©2ch.net
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ラマナ・マハルシのおかげで真我を知ることができました >>6
善悪が曖昧になるんだろうね。
宗教や信仰、こういった哲学に慣れ親しんでいくと、自我(我欲、エゴ)は抑制されていくんだけど
抑圧されている「自分」にも気をつけていかないと、「善も悪もない」の中庸が、「善悪に囚われるのは未熟だ」というエゴの欲求にすり替わり
抑圧でダムのようにせき止められていたエゴが暴走する。
「善も悪もない」を学んだエゴの欲求は、「善・良心・罪悪感」の留まるところを無くしていく危険。
師やグルの存在がブレーキになることはある。
「薄氷を踏む道」と説いた仏教の本があるが、正にそういうこと。
中庸を学びながら、善悪の柵を無くしたエゴの観察を怠らずにゆく、安息できる道ではない。 陰極めれば陽となる。
とあるサイコパスな方の瞳がマハルシのそれと同じだと気づきました。 サイコパスといえばスティーブジョブスを思い出す
陰を極めるのは危うい道でもある せんずりこいた後の心境が続いてるだけのインチキインポ野郎達を憧れる包茎共と言う構図。 悟る=オーガズムの永続は凡人の空想です。
悟りとは本当の自由を知ることです。
そこからが新たな修練の始まりなのですが。 クリシュナムルティは観察をすることをいっていたのでしょうか? 方法に関してはあまり言ってないですね
自分で自分にしている条件づけをとることをよく言ってました
いつも気づいているように、日常が瞑想であるというようなことも言っています
それが観察によってなされる場合もあると思います
あれでもないこれでもないと否定していって最後に残るものがあればそれが真理だというようなことも言っています
マハラジが会いに来る人にクリシュナムルティに会いに行くように勧めていたそうですが、似ている部分があると思います ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています