>>333 わっこ さん
> >>331
>  あなたは、見性してます。 ですが、見性体験だけが残り、隻手が逃げちゃったんですよ。 』

わっこ さんが得た時、輝きが噴出してたよね。見事にきれいな言動だった。

ある臨済宗に生まれた子が、大人になって、父のもとで修業し始めた。
周りの修行僧は、次々と公案を透っていき、自分のふがいなさに焦りを感じていた。
かれの取り組みは、隻手の音声 であった。
ある日、隻手を聞いた。
踊り上ってお師家さまの部屋へ転がり込んだ。
彼の踏み鳴らす廊下の音で、すでにさとったことが分かっているお師家さまは、隻手は聞こえないよ、と
色即是空は空即是色へと還る、さらに一歩を踏み出させdてくれた。
無師独悟(むしどくご)、独覚(どっかく) のわたしは、それに20年近くの年月が過ぎた。
鳴り響いているんだね、わっこさん。
鳴り響いているところが、初関を透るだね。