碧巌録(へきがんろく) 第61則? 風穴一塵(ふうけつ の  いちじん)

挙(こ)す
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風穴延沼(ふけつえんしょう)禅師、垂語(すいご)「問題を提起する」 して云(いわ)く、「もし一塵を立す(ごくわずかのものを定立する。分別意識を生じる9 れば
家国興盛し、一塵を立せざれば家国喪亡す」。
雪竇シュ杖を拈(ねん)じて云く、「還(かえ)って同生同死底(運命を共にして生死を同じくする) の衲僧(のっそう、禅僧)ありや」。

本則
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ある時、風穴延沼禅師は門下の修行者に対して問題を提起して言った、
「本来何もない処にチラリと一念が起これば、山あり川ありの家国が興盛する。もし、一念が起こらなければ、家国は喪亡する」。
この垂語に対し雪竇は杖を取り上げてコメントして言う、「このような境涯の者と運命を共に生死を同じくするような禅者はいるかな。」

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ある時、風穴延沼禅師(896〜973)が門下の修行者に対して言った、
「本来何もない処(本来無一物)にチラリと一念が起これば、山あり川あり、苦あり楽ありという状態になる。 これを国家にあてはめて考えれば、大臣もいれば、政治家もいる。会社には社長も労働者もいる。そのようにして家国は興盛する」。

後世になって、この問題について雪竇禅師は一本の杖をスーッとつき出してコメントして言った、
「どうだ、諸君! この杖と一味同体の(同生同死できるような)衲僧はいないか。」

〇 人の細胞の数は、60兆個ではなくて、37兆個と改められた。
  細胞の一個を目で見る事は出来ないが、1個の細胞が37兆個集まれば、我々人体になる。

  70億人の世界人口では37兆個X70億煮んの細胞数である。
  すべてがこの1個の細胞がある事によって成り立つのである。
  一の如し、である。