2005年(主日A年) 10月30日 年間第31主日
マラ 1:14b〜2:10  Iテサ 2:7〜13  マタ 23:1〜12

旧約の律法も、現代のカトリック教会の教えも、私たちがキリストの福音に出会ってこれを受け入れ、それをよりどころとして生活する者となるためにあるのです。

「我々は皆、唯一の父を持っているではないか。 我々を創造されたのは唯一の神ではないか。」(マラ v.10)
「神は唯一であり、神と人との間の仲介者も、人であるキリスト・イエスただおひとりです。 この方はすべての人の贖いとして御自身を献げられました。」(Iテモ 2:5-6)

人間の言い伝えや教えを学ぶのではなくて、神のことば(キリストの福音)を聞くために聖書に親しむことは、教導職にとっても信徒にとっても等しく大切なことです。
そしてそのようなすべてのキリスト者のためにカトリック教会は宣言しています。
「聖書研究はあたかも神学の魂のようなものでなければならない」(神の啓示に関する教義憲章 24)と。
御子に関する福音は、「神が既に聖書の中で預言者を通して約束されたもの」(ロマ 1:2)なのですから。

・・・・・ 以下、本文参照。
http://www.kuwaei2000.com ●Archives● より