ラーマクリシュナは幼少時より何度も神秘的体験をし、18歳でカーリー寺院の僧となり、
宇宙の大生命力、根元造花力を神格化したカーリー女神を愛慕し、熱烈に崇拝した。
その絶頂で遂に燦然と輝くカーリー女神を見神する。
と同時に全身が法悦状態となり、2日間、意識不明状態になったという。
その後、カーリー女神の神像を見たり、その名を聞いたりしただけで反射的に全身が硬直し、
トランス状態に陥ったり、宗教上の儀礼慣習をすべて無視して神に酔いしれるようになった。

そして、赤子のようにカーリー女神に仕え狂信する自らの信仰とは別に、他宗派のシャクティ派の世界にも飛び込み、
シヴァ神、クリシュナなどのヒンドゥー教の神々はもとより、仏教の釈迦、イスラム教のアッラー、キリスト教の神やイエスなど、
人格神はすべて見神し、無形の神も悉く実感したという。

こうして己の体を実験台にして、殆どのあらゆる宗教の本質を究め尽くした末、「どの宗教を通っても神のところへ行ける」という結論に達した。
彼は宗教の枠や垣根を取り払った先覚者であった。
「ひとつの宗教」「万教同根」ーーこれはヴェーダンタ哲学の奥義であるが、
ラーマクリシュナはこれを体験によって獲得したのだった。
彼によれば、我々も同じ体験ができるという。
「それには神を心の底から好きになること」「神が好きで求める気持ちがあればいい」
「神を求めるならば自分の中に求めよ」などと教える。
要するに神に惚れることで、人類愛に繋がり、いつしか自我は空となり、神人一体の妙境に達するようになる。
それが「解脱の境地」であるとした。