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イエスは、小さな虫に刺された人が、神の罰が受けたとは

言っていません。しかし、旧約にはその様な記述があります。

イエスは、ソドムとゴモラよりも、今生きる社会の罪が

思いと証言しているのです。

イエスには、人権思想があります。旧約には人権思想がありません。

人を大勢で、取り囲み、石打ちして殺していいはずがないでしょう。

新しい皮袋は、立証法の事であり、イエスがこの世にもたらして

下さいました。イエスの十字架はそのための犠牲です。

しかし、パウロはイエスを神格化させ、イエスの

人を裁くなという教えさえ、パウロの茨の王冠の虚偽によって

地に蒔かれなかったのです。しかし、イエスのみ言葉が、

人権思想、隣人愛、社会正義、同性婚などの実をもたらしたのです。

イエスは、悲しむものは幸いなり、

心の貧しいものは幸いなり、という言葉を残しています。

これらの、言葉は、人権思想そのものです。

パウロには、小さな命に対する視線がひとつもありませんでした。

この世のあらゆるものを、見下していたのです。


その証拠に、パウロは、使徒ぺトロなどほとんどの

イエスの直弟子と、晩年は袂をわかって、行動を同じくしていません。

ぺトロの悪口も手紙に書いている始末です。

この様な、パウロの罪を認めないと、イエスの福音は

全世界に届かないのです。

パウロの思想は、悪魔の思想です。

その証拠に、大英帝国は、インドを支配して、インド人の

人権を蹂躙していました。

ガンジーはイエスは立派だが、イエスとクリスチャンは似ても似つかない

との名言を残されています。