・信次先生、佳子先生の予言が外れたからと言って毒を喰った人々、
・佳子先生の御著書とクリシュナムルティの著書を見比べて毒を喰った人々、
・「楽」を求めて大川隆法に走った人々、

「会員の選抜」を体験したこのような人々がGLAに復帰されたとして、
お世話を果たしてゆくためには、何が必要だろうか。
「理論を説明すれば理解できる」というのでは、全く足りない。

このスレでも時折見かけるが、何十年もGLAで学んできたはずの人なのに
「“自分”という人間を変える」ことに関心が無く、
「“高橋佳子”という人間を変える」ことに躍起になっている。

これが何十年も学んだ成果であろうか。
佳子先生を変えようとする愚かしさを説明する文章ならいくらでも
書ける。しかし、この種の人々は、それを理解できないのだ。
頭で理解できても、心がついてゆかないのだ。