十五年ほど前に、日本弁護士連合会のある委員会で、その
ころ無罪が確定した日石・土田邸爆破事件で虚偽自白をさせられ、公判でその人の明確なアリバイが立証された、Nという人から取調べ中の状況や心境などを聞かせていただく機会を得たことがあります。 N氏はその恐ろしい事件で逮捕勾留され連日長時間にわたって取調べを受けたのです。 朝から夜遅くまで調べを受けたので、入浴ができないばかりでなく、肉体的精神的疲労のためでしょう、くたくたになり、房に返ってシャツを払うと、一面に付着した白い皮膚の粉がバサッと落ちてくる、疲労のため目がチカチカする。

はじめは虚偽の自白をしていることの自覚があったが、何度も何度も自白させられているうちに、錯覚が生じて何が真実であり、何が虚偽か分からなくなる。取調官(警察官)は決して暴力などを行使しない。ただ、お前は犯人だと決めつけたうえで三時間も四時間もえんえんと「価値観」とか「人間とは何だ」とか、「人間的に高くなりなさい」とか「罪を認めないのは、低い次元の人間である」など、そんなシャバにいて聞くならば実にくだらないと思われることを、とにかく繰り返し繰り返し告げられて、自白を求められる。 こちらは何が何だか分からない、しかし取調官からこうだろう、ああだろうと聞かれる。あるいは取調官の間でこれはこうなんだ、ほかの被疑者がこう自白しているなどと聞こえよがしに私語する。その私語を何とかして聞き取ろうという気持になる。こうして自白調書を何通も作成されてしまう。続く