● 九番目の波は高い・・・暑い夏の風よ Take Me…聖子。

松田聖子 『The 9th Wave』(1985/06/05発売)

収録曲:
01. Vacancy
02. 夏のジュエリー
03. ボーイの季節
04. 両手のなかの海
05. す・ず・し・い・あ・な・た
06. 星空のストーリー
07. さざなみウェディングロード
08. 天使のウィンク
09. ティーン・エイジ
10. 夏の幻影(シーン)

通算11枚目のオリジナルアルバム。
本作で注目すべきは、作詞に松本隆の名前がないことだ。
(松本自身の弁を借りれば、「この時期は単にベクトルが合わなかった。」とのこと。)

松本に代わって、尾崎亜美、矢野顕子、吉田美奈子、来生えつこ、銀色夏生と
計5人の女性作家が聖子の為に筆を取ることとなり、
女性のライター陣による「女性観」を意図的に表現せんとする、
同世代の女性ファンを意識した、制作側の狙いも見てとれる。

作曲は尾崎亜美がシングルを含めた3曲、原田真二が2曲、
大村雅朗、矢野顕子、甲斐よしひろ、杉真理、大貫妙子がそれぞれ1曲ずつ担当。
尾崎、矢野を除いた、作詞担当の3人と大貫妙子が、
今作で聖子プロジェクト初参加となる。

松本隆が抜け、それぞれに個性豊かな9人にもなる面子が揃ったことで、
82年以降に確立された、いわゆる「松田聖子の夏盤」とは、
似て非なるアルバムとなっており、それが本作における一番の魅力でもある。

85年型の松田聖子のボーカルは、非常に安定しており、
艶っぽくたおやかに、声の厚みや透明感も申し分ない。
また、打ち込み全面に押した大村雅朗のアレンジも統一感を出している。
中でも、「夏の幻影」は大村雅朗が到達した『究極の打ち込みアレンジ作品』であり、
夏の海の肌触り、温度、湿度、匂い、光陰、記憶の全てを包括、表現されている。
ハイレゾやSACDなどで聴くと、広いレンジはもちろん、
粒の細かな柔らかなサウンドテクスチャーが際立っていることに気づく。

尚、アルバムタイトルともなった『The 9th Wave』であるが、
本作は「9枚目のアルバム」でもなく「デビュー9年目のアルバム」でもない。

これは尾崎亜美が書き下ろしたラスト曲「夏の幻影」の歌詞から引用されたもので、
『大きな波が続いて押し寄せると、9番目に一番大きな波がくる。
それを乗り越えることが出来れば、次なる活路を開くことが出来る』
そんな、ヨーロッパにある言い伝えを踏まえていると言う。

休業直後の発売だっただけに、プロモーションは一切なく、
現在までシングル以外の収録曲披露は全くされていない。
トータルアレンジ、何者も聖子色に染めてしまう圧倒的なボーカルパワーに反して、
松本隆の不在、第一期・松田聖子の区切りとしての位置付けに、
このアルバムについては、ある種のカタルシスを感じるファンも多いかもしれない。

https://i.imgur.com/ze9lz1b.jpg
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