太田裕美その2
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公式サイト www.sonymusic.co.jp/hiromiohta/ ブログ 太田裕美オフィシャルブログ「水彩画の日々」Powered by Ameba ameblo.jp/hiromi-ohta /前スレ 太田裕美 https://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/natsumeloj/1487599608/l50 八神純子の「思い出は美しすぎて」と裕美さんがコラボ…。 それ「九月の雨」じゃなくて「雨だれ」でしょ。グランドピアノ2台突き合わせて 二人が向かい合って弾き語り、2曲をコラボ。 それだったら、つべでも視たし、当時リアルに視て、とても感激した。 多分ミュージックフェアで、裕美さんの衣装が「失恋魔術師」の時のものだから、 1978年の春頃だろうな。 裕美さんと純子さん、「RADIO1980〜2017冬」で共演されてたなあ。あの番組、 生歌も良く演っていたから、太田裕美・八神純子久しぶりのコラボに期待もしていたが、 その時生で歌われたのは、八神純子のみだった。何故だかわからないが、 裕美さんの生歌、今日は無いんじゃないかと、そんな予感がしないでもなかった。 遡る事2年。同番組2015冬では、太田裕美は谷山浩子と、八神純子は岩崎宏美との ペアで出演しDJを担当された。 そしてこの時は、両ペアとも生歌コーナーがあり、それぞれ2曲歌われたのだが、 太田裕美・谷山浩子ペアは八神純子の「思い出は美しすぎて」も候補になった様だが、 結局は岩崎宏美の「ロマンス」他1曲が歌われ、八神純子・岩崎宏美ペアも 「君と歩いた青春」他1曲の生歌披露だった。 >>321 1978年のモノですよね。 八神純子がハモりだした途端泣けてきたわ。 >>317 超えた レコードはあんなにDレンジが広くない これほど長く、広く愛されたポップス歌手も珍しいでしょ 世間一般じゃ太田裕美といえばアイドル歌手という位置付け でも劇的な変化なく歌い続けているのは評価されても良いんじゃないの 友人から、太田裕美は「癒やし系」って言われて、そういう見方もあると知った 初恋ノスタルジー聴いたらこみ上げてくるものがあった。 昔聴いたときはここまで感激しなかったんだがな〜。 今となっては美しすぎる・・・ 裕美さんはルックスもアイドル級だけど、歌声が心を鷲掴みにするから アイドル成分 < シンガー成分 なんですよ。 アイドルでもあるが、シンガーが勝るわけ。 自分の場合、厨房のときお顔も知らず 幸せ未満 聴いてノックアウトされました。 当時裕美さんの代表曲の木綿のハンカチーフを知らず、クラスメートに笑われましたっけ。 8時だよ全員集合は毎週見てた筈なんだが・・・・モメハン自体をなぜ知らなかったんだろう??? 泳げ鯛焼きくんは耳にこびり付いてたんだけどね。 >>333 たぶん、ルックスに当時はピンと来なかったんだろうな。 >>335 ルックスもめちゃめちゃ好きでしたよ。でもルックスを知ったのは幸せ未満の虜になってから。 裕美さんは頬骨が出てて丸顔、極端な話でスラブ系の顔立ち アジア人は頬骨を隠そうとするが、逆に白人は引っ張りだそうとするんだから面白い でも当時の裕美さんてチンチクリンだったねえ スーや岩崎宏美がスマートに見えたよ >>336 虜にって言ってる位なら、曲名は正しく書こうよ。 >>312 「シャボン玉こんにちは」は、平日昼だったからあまり観られなかったけど、 裕美さんの出演期間、約1年9ヵ月あったんだね。 二十数年前、欽也さんのラジオにゲスト出演された裕美さんが、欽也さんと 楽しい思い出話を披露されていた。 1年半前は、うつみさんのラジオに出られて、これまた凄く楽しい時間だった。 うつみさんの話に依れば、「シャボン玉こんにちは」で裕美さんを 自分の後任に推したのは、うつみさんご自身だったと。 「そうそう、そのままやってくれちゃったんだわ、この人は。」とか話されていた。 「シャボン玉〜」の前、裕美さんとうつみさんが共演された 文化放送「わいわいワイド善行け土曜日」や裕美さんと欽也さんが共演された 四十数年前のラジオ番組がとても懐かしい。「カエルって呼びたい、ピンクのカエルで ピンクケロッグ…」とか何とか言われていた欽也さんの声が耳に残っている。 2011年、欽也さんのゲスト出演・リクエストで「木綿のハンカチーフ」を歌われた 裕美さんだが、歌唱前のトークで“カエル話”もされていた。(NHK歌謡コンサート) ソロライブが極端に減ってコラボ中心に 来年もそやろか?ちょっと悲しい >>341 実家住まいだったから、親に頼んで録ってもらってた……3本のVHSを回し録りしてさ >>342 ソロがキツくなってもおかしくない年齢 細く長くやってほしいよ 少しでも永く裕美さんの現役姿を観ていたい。喉の酷使が心配。 「九月の雨」をオリジナルアレンジで歌われると、今でも落ち着かない気分になる。 よく聴くゆったりとしたアレンジの時は、何故か安心して聴いていられる不思議。 九月の雨を紅白で歌ったとき俺小4だったが 一緒に見ていた母親が高音がきついねとか何とか言っていた >>332 「初恋ノスタルジー」の美しさ、私も同感です。後々沁みて来ました。 A面の「しあわせ未満」の話をされる時、裕美さんはよく、「レコーディングの時、 絶好調で4〜5回でOKが出たけど、もっと歌いたかった。」と言われていますが、 B面の「初恋ノスタルジー」の録音の際も同じく絶好調だったのかも知れませんね。 本当に素晴らしい歌声で聞き惚れてしまいます。 運良く、数年前のライブで歌われたのを聴きましたが、とても感激でした。 オリジナルキーだと言われていました。 失恋魔術師のころはのど痛めて声出てないのは 如実にわかるな 「喉を直すには、喋ったり、歌ったりはしばらくやめないと直らない。 でも、それはイヤだっていうし、手術もイヤだというし。ただ、しばらくは 休ませました。一ヶ月ぐらい。高音のファルセットの部分が出なくなった。 裕美の声の一番いい所。そこが消えてしまうのは、どんなものかと、 毎日スタッフ会議をしていました。結局、とにかく休ませるのが一番だと。 『九月の雨』が一番しんどかったです。実音にならない。一番高いところがね。 NHK紅白が『九月の雨』でと言われた時はしんどかった。」 「ファルセットで歌う《♪セプテンバーレイン、レイン》の所、声が出なくて、 マネージャーを泣かした事がある。この人、基本的には芸能界の人だから、 レコード大賞とか歌謡大賞とかすぐ出すわけ。そんなの出ても声が出ないんだから。 後のことを考えるんだったら、そんなもの降りちまえって言って。 でも、社内事情で降ろすわけにはいかないみたいな…。 それでお前、マネージャーなのかみたいな、乱暴な議論吹っ掛けて泣かしちゃったよ。」 「高い声が出なくなっちゃって、レコーディングの時も無理だよこれはという事が 何回もあったんだけど、みんな当時のスタッフも良かったし、本人も性格いいから 暗くならずに「なんとかなるよね」(笑)と。そういう意味じゃ、細かい事を チマチマいう人がいなかったのよ(笑)。その辺、却って良かったんじゃないかと思いますよ。」 と、そんな辛い時期も、みんな揃って明るく切り抜けたようである。 (太田裕美の軌跡〜First Quarter〜同梱の太田裕美ヒストリーより抜粋) のどの酷使で見る影もなくなってしまった人はいっぱいいるからなあ 八代あきとか水前寺清子とか大杉久美子とかなあ 朝春になあれやONE MORE CHACEはあのかすれた声だからこそ良いように感じてるっつか錯覚してる今日この頃。 でも一人ぼっちの海は痛める前の声の方がたぶんいいよね。 「九月の雨」は歌手人生のターニングポイントになった曲だから好きじゃないよ 歌謡曲の太田裕美は見たくなかったし、あの絞るような高音を聴いてると不安な気持ちになってくる 喉を痛めるのは事務所から禁酒令を出されてた飲兵衛だから必然だと思われ 他ジャンルの要素を吸収して、あれもこれも「歌謡曲」と言えるという 意味なら話は又別だと思うけど、歌謡曲、フォーク、ニューミュージック、ポップス等を 並列にそれぞれのジャンルとした話なら、裕美さんのされて来た音楽は ガチガチの歌謡曲じゃ無い。 デビュー当初から、フォークと歌謡曲の中間路線を目指そうと、裕美さんご本人 スタッフ共々決めていたとはよく聞かれる話。 名盤と評価の高いアルバム『こけてぃっしゅ』に至っては、先行シングルにもなり、当時の洋楽と比べても遜色ないと評された 「恋愛遊戯」を始めとしたポップ感溢れる楽曲が並んでいる。そんな 『こけてぃっしゅ』の中に1曲異質な曲が混じっている。 筒美京平さんが、アバのような曲をと作られたけど、「歌謡曲になっちゃった」という 「九月の雨」だよ。 俺は>>352 じゃないから、>>352 がどんな意味で 「九月の雨、歌謡曲の太田裕美」と言われたのかは分からないけど、 連想したのは、ざっとこのような事。 付け加えれば、裕美さんの中間路線は作品内容だけでなく、音楽活動にも言える事。 尤も歌謡曲畑の歌手としての一面は現在では殆どないだろ。 今、裕美さんを取り巻く音楽仲間の顔ぶれを見れば、実際の所、フォーク系として 長年活動し積んできた実績が解ろうというもの。 >>354 ものすごい長文だけどそんなことは誰でもわかってる そうじゃなくて何でじゃあ「九月の雨」だけが"歌謡曲"あつかいなのか わからないw >>355 レスの中の「世間一般じゃアイドル歌手という位置付け」とか「それまでも歌謡曲」 という言葉を見て、裕美さんの音楽活動について想いを吐露したくなっての事なんです。 私が書いた事が、本当に誰でも解っている事なら、嬉しいですよ。 ただ、あなたの私へのレスはあまり愉快ではありませんよ。他人と話を交わす 第一歩にしては。 裕美さんに関心あるもの同士として、冷静に話を交わせるなら応じたいと思います。 >>356 もうそんなん90年代から100回ぐらい俺どっかに書いてきたぞ 多分おれが最初なんだろうな そんなの書いてるやついなかったからな やっと5周ぐらいしたのかな >>356 たしかに358は優しさが足りないとは思うが、あなたも初対面の人にいきなり長い話をされたら面喰らうだろう。 もう少し短くまとめる努力は必要だと思うぞ。 そういうこと言うんだったら"何が歌謡曲か" 歌謡曲とは何か、 という問いに答えなければならない シングルガールはかなり歌謡曲だと思うが、これはこれでまたよい。 まーた不毛な議論かよwwww お前ら自分の中にある太田裕美像を無理して定義にしようとすんなよww シングルで歌謡曲的でないのはテクノ期を除けば弾き語り路線かな。 しあわせ未満は歌謡曲チックなのかよく分からない不思議な歌。でも名曲。 デビュー45周年の歌手を今さらファンが型にはめてムキになるなってのwwwwww 個々に好き嫌いや捉え方に差違があるのはしょうがねぇだろうよwwwwwww だってアイドルとして売り出された歌手がフォークやらニューミュージックやらバラードやらポップスやら多様なジャンルを歌ったんだぜwww 旦那さん、渡辺音楽出版入社・新入社員研修でキャンディーズのファイナルコンサートへ。 その前年の9月に九月の雨リリースだから、裕美さんは雲の上の人だったんだろうなぁ。 でもまだこの時旦那さんはキャンディーズのランちゃんファン。 ニューミュージックも歌謡曲並みによく分からないジャンルだけどな 自作自演ならすべてニューミュージックと言ったわけで 音楽的傾向を表す言葉じゃないしな 全員集合なり夜ヒットなり、指揮者が居る大所帯のバンドに乗って歌われた歌謡曲。 フォーク・ニューミュージックはコンサートでのシンプルな生ギターや 小編成によるバンドサウンド。 そういう、音楽活動の場・サウンドの違いがあったと思う。レコード音源でも フォーク・ニューミュージック系はあまり管弦その他ガチャガチャ 入って無かったんじゃないの?そんなイメージ。 夜ヒットとか、番組のバンドを休ませて、自前バンドで歌唱とかNM系に多かったな。 裕美さんだって、コズミックララバイやサウスウインドと共に出演の回があった。 >>374 そうなると太田裕美はすべて歌謡曲ってことになるよ 「まだニューミュージックという言葉が出る前で、デビューした時に、ちょうど フォークと歌謡曲の中間みたいな音楽の世界を作ろうと試行錯誤して 歌って来た感じです。」(歌い継ぎたい昭和音楽祭、太田裕美 談) 確かにサウンド傾向みたいなことも総論としてはあるが じゃあはしだのりひこの「花嫁」やバンバンの「いちご白書」や イルカの「なごり雪」や上條恒彦&六文銭「出発の歌」なんかは どうなんだよ、って話になっちまうからな これらの曲は豪勢にストリングスやらホーンが入っていたはずだ 小坂明子の「あなた」とかふきのとう「白い冬」とかもそうだよな ニューミュージックというジャンルが定着していく過程は、歌謡界との交流・融合でも あったんじゃないの? 当初、筒美京平さんをして「新しかった」と言わしめたニューミュージックだけど、 歌謡界に取り込まれて新鮮さも続かないし、境界線も曖昧になっていったというかな。 ニューミュージックという言葉がない頃いち早く歌謡曲側から アプローチして橋渡しの役割を担ったのが裕美さんだったという話も見聞きした。 TVに出ない歌手=ニューミュージック 裕美がナベプロにいた以上、ニューミュージックではありえないんだよ >>381 そんなこと言ったらニューミュージックとして認識されている庄野真代や渡辺真知子はどうすんのよ 音楽番組ではよく見た顔だぜ あと、その当時の関係者が後年になって話している内容は、音楽のみならず様々な分野でもアテにならないことが多々あるから注意な ここら辺は当時の週刊誌やら音楽雑誌を含めて検証する必要があるかもしれない 当時か後年、どっちが本当かは分からんけどね。 裕美さんもシベリア鉄道について当時のコンサートでは「気に入ったから、ワガママ言ってもらった」とか言ってたのを聞いた覚えがある。 庄野真代に渡辺真知子、現在「青春ポップスコンサート」での裕美さんの相棒だね。 それに、渡辺プロだから、NMじゃないっていうのもね。 裕美さんのデビュー当時、社内の土壌からは似たタイプのタレントしか 生まれないと感じていた裕美スタッフは、ユイ音楽工房との繋がりから 裕美さんをペニーレインに伴ったり、フォーク・イベントへ前座で送り込んだり してた訳だよ。で、裕美さんが売れた後に「若者のNM志向を高める目的」で 渡辺プロ内に「ノンストッププロジェクト」を立ち上げたりしてるんだよな。 裕美さんを筆頭に大塚博堂、山下久美子他、所属アーティスト数名が居たはず。 「私の歌はフォークでもポップスでもロックでも歌謡曲でもないんです。ユーミン(荒井由実)のようなニューミュージックともいえないんです。 色分けすること自体が無理ですし、私は、誰にもない私なりのニューサウンズをめざしているんです」 アサヒグラフ S51.05.21 プロデビューした頃の拓郎みたいなこと言っていたんだね ホントだね。アサヒグラフのその発言は知らなかった。嬉しい。裕美さんブラボー! 記憶が殆ど薄れちゃってるんだけど、大昔レコード店内で裕美さんを囲んでいて、 司会者が「何か裕美さんに質問は?」って言うんだけど、反応無しで気まずくて、 裕美さんの音楽ジャンルについて質問した事がある。歌謡曲なのか?フォーク・NM なのか?家の近所のレコード店では歌謡曲の場所に置いてあるけど…みたいな 聞き方だったと思うけど、裕美さんから「フォーク・NMの所に置いてあるお店もあります。」 という、短い受け応えしか貰えなくて残念だった事がある。 「木綿」でブレイクした頃すでに、そういう意識を持たれていたんだね。 昭和49年のデビュー当時、芸能雑誌(明星、平凡、プレイボーイ、TVガイドなど)に掲載された紹介された記事に共通しているのは「ピアノの弾き語り」という部分 曲のジャンルは一切書かれていないが、それ以前から山本コウタローとコンサートをおこなっていたから、やっぱりスタッフはフォーク系統を意識していた? 昭和51年のナベプロ宣伝部による広報資料には、次の一節にある。 「渡辺プロダクションの新しい旗手として、ニュー・ミュージック・ポップス・演歌とかといったジャンルにとらわれず、新しいスタイルの音楽を形づくり、ニュー・ムーブメントを起しつつあります 又、コンサートを中心に独自の活動を行っており、最近では鑑賞団体、フォーク・コンサート、キャンパス・コンサートからの需要が高まっており、ピアノ、ギターの弾き語りを主体としたオリジナリティあふれるユニークな構成と内容が好評を博しております」 前述の資料によると好きな歌手は、 エルトン・ジョン、ロバータ・フラック、リンジー・ディ・ポール、ミニー・リパートン、エリック・カルメン、ジャニス・イアン、井上陽水、森山良子 今日CSで、去年行われた「杉田二郎50周年コンサート」を放送していた。 出演アーティストが皆、二郎さんの曲を歌い繋いでいく構成。 裕美さんは真っ白な衣装で「八ヶ岳」を歌われていた。裕美さんのピアノと 岩井さんのギター。 いやあ、凄く良かった。裕美さんの歌とピアノと白の衣装、最高の取り合わせだ。 二郎さんの50周年コンサート、裕美さんにとって「なごみーず」の相棒、 伊勢正三と大野真澄、「青春ポップス〜」で一緒の、庄野真代と渡辺真知子、 イベント「君と歩いた青春」の仲間であり、「もののけクローバーZ」として組んでいる イルカと尾崎亜美全員集合。 他にも森山良子、きたやまおさむ、堀内孝雄らが出演。他には、こういう大勢参加の イベントだけではなく、ジョイントコンサート等でも裕美さんと組んだ人達が。 主役の杉田二郎を始め、因幡晃、鈴木康博、永井龍雲、ビリー・バンバン、 細坪基佳、三浦和人。話に出ていた山本コウタローも参加していた。 VTR出演だった、ばんばひろふみも裕美さんとジョイントコンサートしている。 >>390 それまにうけると歌謡曲でもフォークでもニューミュージックでもないなw ナベプロ&ソニー側に明確な戦略としてあったわけよ ニューミュージックと歌謡曲の中道路線を狙う、ってのが。 自覚的に、戦略としてあったわけ 小坂明子の大成功を見て、いわばニッチを狙ったわけだあ やまがたすみこみたいなのはあったけどね シンガーソングライターなんだけどアイドル性もみたいなん 「フォークみたいな貧乏くさくなくて、しかも歌謡曲みたいな作りごとでもない、 なんかその中間がシェアとして、凄く巨大なシェアが、まだ誰も目を付けて ないんじゃないかと思って…」<松本隆> 「シンガーソングライター風な作りだったんですよね。実験的、初めから あれは、ヤラセって云えばヤラセ。こういう弾き語りのようなものを違う所 (歌謡曲側との意味か?)で作ろうという…。」<筒美京平> (BSフジHIT SONG MAKERS〜栄光のJ-POP伝説〜筒美京平)より <筒美>「ポップス系に振れていった。音楽自体が。もうちょっと僕が出て来た、 例えばグループサウンズにしても、作っているものは凄い歌謡チックなものが 多かった。」 <松本>「『木綿』辺りからポップにしていった。」 <筒美>「そうね。」 <松本>「結果的に、だから元祖Jポップなんだと思う。」 <筒美>「ああ、そうかもね。」 (NHK 希代のヒットメーカー 作曲家 筒美京平―歌謡曲とニューミュージックの融合 筒美京平×松本隆のコーナー)より もともとナベプロは太田裕美をシンガーソングライターとして 売り出すつもりだったんだよ >>398 その路線は本田路津子も少しだけ入るかな もっと後に水越けいこや石川優子 >>399 フォーク=貧乏臭い、は短絡的じゃないかい松本センセ そりゃ泥臭いジャンルだけどさ そもそも"日本のフォークソング"に絶大な影響を与えたPPMが 作られたグループだったりするからな 金髪の女子を入れたらウケるはずって狙いでマリーを入れたらしい つまりアイドル性ねらいで入れたわけ >>401 そうなんだよね。 ところが、白川Dが先輩の酒井さんの言葉で翻意してしまったんだよな。 「白川、デビュー作が上手く行かないと殆どアウトだからって言われて、 結構プレッシャーだった。一作目が売れなくて全然駄目だとディレクターとして 上手く行かないよと。」 でも、裕美さんのシンガーソングライターとしての部分を全く引っ込めた 訳でも無くて、アルバムやシングルのB面に裕美さんの自作の曲が取り入れられた。 ザ・リリーズのシングル&アルバムにも書いていた。 白川DはナベプロじゃなくてCBSソニーな ナベプロとしては初めは売れたらラッキーみたいな感覚だったんじゃないか、年齢的にも遅いソロデビューだったし、中村有子とセットで売り出す感じだし 歌謡界初と言われる、1stアルバム『まごころ』以来のコンセプトアルバムの 発表、作品内容、フォーク系コンサート活動、ピアノの弾き語り等と共に、 この作詞作曲も行うという事も歌謡界出身の裕美さんがフォーク色 ニューミュージック色を身に纏う上での強い武器だったと思う。 数年前、週刊誌での酒井さん、伊勢さん、裕美さんの三者対談を読んだ。 裕美さんのシンガーソングライターとしてのデビュー計画に待ったを かけた形になった事を酒井さんが軽い感じで「申し訳無かった」みたいな…。 裕美さんも「いえいえ、とんでもない」みたいな感じだったかな。 「フォークは商売になると参入して来た便乗派」として裕美さんの名前が 挙がったのをテレビで観たこともある。 フォーク番組で、なぎらさんが、ホワイトボードに相関図を書きながら フォーク界の歴史を解説していた中での事だった。 かまやつさんやあおいさんの名前と一緒に。 >>409 なぎらはイデオロギーが先行する排他主義者だから話半分で聞いといた ほうがいい 残念ながらほとんどの人は「なぎらさんは詳しいステキ」みたいな 受け取りかただがな なぎらみたいな奴こそ便乗だからな お前だって生まれたときからフォーク歌ってたのかっ て話だから キャンディーズの選に漏れてアイドルを残しながらも方向を変えたんじゃないの >>412 でも、そのマスコットガール・オーディションだっけ?その時って 裕美さん、まだヤング101にも入ってない頃でしょ?方向変えるも何も…。 裕美さんデビューに際して、小坂明子や高木麻早のイメージがあった様だけど、 101時代に裕美さんの歌われた「あなた」が収録されているよね。 あと、裕美さんとやまがたすみこって上野学園の先輩後輩じゃなかった? 色々と繋がってるね。 長年感じてたんだけど、N〇Kの〇さな旅のテーマがかかるたびに 「あっ」て思っちゃうんだよね、サビ終わりが岸辺に酷似してて だから何だって話なんだけど タイミングさえ合えば、恋の予感はシングルで出してもヒットしてたと思いますよ。 タイミングが合わなければ君と歩いた青春ですらダメなんだけど。 いや、俺は>>415 さんの言われた事、俺なりの共感はあるな。 『12ページの詩集』で良く聴いたツートップがその2曲だし、共に名曲だと思う。 実際、当時「恋の予感」のシングル化を願っていた。でも、あの時裕美さん&スタッフは 更に上を目指して「恋愛遊戯」&『こけてぃっしゅ』をリリースしてきた。 「良い曲が書けた」と裕美さんが悦んでいたという話をずっと後になって知ったけど、 タイミングの話で連想したのはこういった事。渡米直前の時期に発売された シングル「君と歩いた青春」のタイミングは言わずもがな。イイ曲を書いている 裕美さんだけど、シングルヒットのタイミングが無くて残念だという気持ち。 「しあわせ未満」ではなく、「最後の一葉」に続いて「恋の予感」の可能性は 無かったのか? それも、シングルで同じタイプの曲を続けず二匹目のどじょうという考えは 捨てていたとスタッフ話に在った気がするので、やっぱり「恋の予感」の シングルは無かったな。残念ながら。 >>417 恋の予感は地味な気がしてシングル候補って感じはしなかったけど、あのアルバムのラストにはピタッとはまってた気がする。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
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