88年の氷室ソロのking of rockshowの映像の中のコメントはじめ、解散については
表向きには「周りの環境が解散に向かわせた」ようには語っている

おそらくBOOWYの神話性・伝説性を守るために関係者一同、その醜聞には固く口を閉ざし続けてたが、
なぜかまことがスネアで暴露する結果になった

が、後年になり布袋と松井はなぜかBOOWYにご執心
氷室にしちゃ納得できんだろう 特に布袋の再結成アピールの態度がな
自分の可能性追うんじゃなかったのかよと。

そういう部分で日本人、日本的感性には布袋のやり方は受け入れづらいものがあるんだろう。
晩年のアーティスト活動の規模、氷室のラスギグの集合写真に布袋だけがいなかった訳
ソロになってからの人生が、そういうものに現れてるといえるな。