【'50s〜'60s】カバーポップスを語ろう2【日本語詞】 [無断転載禁止]©2ch.net
足音…フットステップ
雨音…リズム・オブ・ザ・レイン
少年兵…ソルジャー・ボーイ
「悲しき」の題名で、直訳に近いのは、これぐらいかな
あとは、
片想い→ユー・ドント・ノー、のような、ひねりを入れたのがほとんど 監獄のお姫さまで
しゃれた看守のはからいで〜
が歌われていた ルージュの伝言はカラーに口紅とロコモーション
79歳の可愛いベイビー コリーン・ラベットの「帰らぬ少年兵」はミコちゃんが
カバーしているけれど
原曲が凄すぎたから越えることはできなかったかな
「悲しき少年兵」と同じで日本だけの独自ヒットだった
あれはシャングリラスの「家へは帰れない」の手法に似た曲だね この季節はテレビの音楽番組でクリスマスソング歌うことがあるから
漣さんとかの名前が出てきたりしてちょっとうれしい 平尾さん、生きていたら80歳の誕生日
陽気にジングル・ベルと行きましょうか
しっとりと別れのワルツ(蛍の光)の指揮を添えて 平尾さんと数々の曲でタッグを組んだ作詞家の山口洋子さん
平尾さんのロカビリー時代の追っかけやってたんだね 由比さおりのマシュケナダとか八代亜紀のヒットロードジャックのような
誰もが知ってるメロディーのありましたら教えてください
以外な人が歌ってると嬉しいです >>211
質問の意味が、わかりにくいけど
現役の人気歌手が、古いポップスを唄っていて
しかもそれが有名な曲、ということ? クワイ河マーチの、サル・ゴリラ・チンパンジーを思い出した・・・
ゆかりさんは来年でデビューから60年になる
サントリー胡麻麦茶のCMでは大脱走マーチが使われてるね 50's、60'sのカバーポップスを語るスレではスレチになる気もするけれど
歌い継いでくれている人がいるということで語るならいいのかな
前川清がオールディーズカバーのアルバム出しているね、日本語カバー率が
低くて原詩で歌っているものが多いけれど
内山田洋とクール・ファイブ時代にも
ニール・セダカの「きみこそすべて(You Mean Everything To Me)」のカバー
「恋さぐり夢さぐり」
エルヴィス・プレスリーの「I Want You,I Need You,I Love You」のカバー
「夢待ち人」なんてのも出している >>212
211ですがすみませんレス遅くなりました
そうですねJazz等を下敷きにした洋楽ポップスを日本人の意外な人が歌っているという意味です
八代亜紀さんは演歌の方ですから、そのような意味合いです >>214
ありがとうございます!
前川清さんですか!意外すぎます。面白そうです探してみます! 小柳ゆき「Lovin' you」→「レモンのキッス」
オレンジレンジ「ロコローション」→「ロコモーション」
こういう変化球系の曲もあったら知りたい 今日は大瀧詠一の命日
「さらばシベリア鉄道」の歌詞にある通りに「十二月の旅人」になった
元歌の「霧の中のジョニー」といえば、克美しげる
この曲も漣健児の訳
意外と漣作品が多かった 1月 訃報・青山ミチ(ヴァケイションなど)
2月 訃報・瀬高明(ジプシー・ウーマンなど)
3月 訃報・かまやつひろし(ティーンエイジ・ブギなど)
4月 訃報・ペギー葉山(マンボ・ロックなど) 訃報・曽根幸明(サニー曽根、藤田功)(ローハイドなど)
5月 訃報・北原じゅん(作曲家、エレキ番組審査員)
6月 訃報・鈴木カツ(音楽評論家)
7月 訃報・平尾昌晃(監獄ロックなど)
8月 スパーク三人娘としての活動終了を発表
12月 デューク・エイセス解散
その他
チャック・ベリー、ファッツ・ドミノ、ハンク・ハンター訃報など
あとよろしくお願い致します 「カウライジャ」→「星は何でも知っている」→「夜空」 奥村チヨ引退
最初に登場したのは、シルビーバルタンの「わたしを愛して」でしたね 和製シルヴィ・バルタン
東芝からコロムビアに移籍したミコちゃんの
穴埋め的存在というか、初期の歌い方はミコちゃんだった フレンチポップスのカバーは中尾ミエが一番いいな
中途半端なベストしか出てないからこのあたりの楽曲が
埋もれてしまっていて悲しい フレンチポップスの話題をしていたら
フランス・ギャルさんの訃報が 学年だとゆかりさんと一緒、1947年の昭和22年生まれ
フランス・ギャルのカバーは中尾さんが一番多いみたい
4曲かな
夢みるシャンソン人形
恋はおとなしく
涙のシャンソン日記
すてきな王子様 レコード大賞、録画していたのを見ていた
ペギーさんの紹介でシャンソン歌手と紹介されていた
細かいことだけど、シャンソンも歌っていたけれど、シャンソン歌手ではない
んだよね
何か紹介をつけるとすると、ポピュラーソング歌手とかかな
本当に細かいことなんだけど、ちょっと寂しくなった
フランス・ギャルの訃報はネットでも大きく出てる
夢見るシャンソン人形はカバーもよくされているし、CMとかでも起用
されている普遍的な楽曲だから認知度は高いね フランスギャルのcdでも買おうと思っていたら
亡くなった フランス・ギャル
たどたどしい日本語で歌った
夢みるシャンソン人形(岩谷時子・訳)
すてきな王子様(安井かずみ・訳)
の2曲が入っているベストCDがすでに発売されているからお買い求めです
今月、紙ジャケでボーナストラック付きのアルバムの復刻もあるようです
夢見るシャンソン人形+2にはこの日本語版の2曲がボーナストラックで入ります
ほりまさゆきに続けと、
カバーポップス歌手のシングルベストやアルバムの復刻もお願いしたいものです 夢見るシャンソン人形はアイドルの虚しさを歌った歌
歌唱力のある人間が歌い上げたからといって、曲は生きないと思う
もちろんミコちゃんや中尾さんのものもいいのだけれど
原曲のアンニュイな魅力にはさすがにかなわない
なにげに細川ふみえヴァージョンが良かったりもする
涙のシャンソン日記は中尾さんのがいい味を出している
安直な邦題だけど 金子由香利って2010年に引退してたんだね
知らなかった マージョリー・ノエルは2000年に亡くなっているね
同じ年にミッチー・サハラさんも 何年か前に、レスリー・ゴーアやアンディ・ウイリアムスが亡くなっている
自分にお迎えが来るのはいつか、この頃からよく考えるようになったけど
最近、はしだのりひこ、フランス・ギャルと立て続けに同時代歌手の訃報を聞いて
もう自分にも明日すぐにでもやってくるべく、身も心も備えようと改めて思っている
長らく聴いていない曲も多いから、時々は触れたり
そういうささやかな楽しみで、余生を過ごしますかな 飯田久彦
悲しき街角
花咲く街角
さらば街角
ルイジアナママ
コーヒーデート 「さらば街角」は飯田久彦盤はなかったような
倉光薫だけかな
ひよっこの「若い広場」
歌詞の「シルエット」「ハートがドキドキ」はハーマンズ・ハーミッツ
「愛の言葉を」はミコちゃんの曲のタイトル
「ベルベット」はチャコちゃんもカバーした「ブルー・ベルベット」
ポンポンポンというのはよくありがちなメロディーだけど
コーデッツの「ミスター・サンドマン」を真っ先に思い出した デル・シャノンには、「街角のプレイボーイ」という曲もあった
あまりヒットせず、たぶんカバーもされなかったと思う >>234
飯田久彦懐かしいな
ポケットトランジスター
トランジスターシスター
という曲もあったな 悲しき街角はうっかり八兵衛さんも歌っていた
ハッピーバースデー セブンティセブン〜 中尾ミエ Vチョコ
弘田三枝子 ルックチョコ
九重祐三子 ロッテガーナ
ミエさんのVチョコは、すごい勢いで、CMもガンガン流れたけど
一年ぐらいで見なくなった
ルックとガーナは長寿 森山加代子
月影のナポリ
月影のキューバ
シンデレラ
弘田三枝子
子供じゃないの
素敵な16歳 上原ゆかりで思い出したが
「可愛いベイビー」の後藤久美子(初代)、あの子今どうしてるんだろう
55年ぐらい前だから、60歳前後か >>241
ミコちゃんの「子供じゃないの」は当時は「子供ぢゃないの」という表記だったね
「すてきな16才」という表記は今も昔も変わらない >>242
後藤久美子
ゴールデンベストが出たのはびっくりしたけれど
コロムビアはチャコちゃん、金井克子、松島トモ子とか
2枚組ベスト出してくれてるね
でもトモ子ベストにシンデレラ入れなかったのはあり得なかった
佐川満男(ミツオ)も2枚組にしても良かったのに
今は幸せかい以降の楽曲より先に初期のベストが出たのも
びっくりだったけれど BS-TBS
SONG TO SOUL〜永遠の一曲〜
1月21日(日) 23時00分〜23時54分
「ダイアナ」ポール・アンカ▽オールディーズの名曲を本人が語る
「ダイアナ」は1957年に、カナダ出身のポール・アンカが歌い、大ヒットさせたオールディーズの名曲。
全米・全英No.1を獲得したほか、世界中で900万枚以上のセールスを記録したといわれている。
プロのソングライターとプロの歌い手が分業でレコードをつくっていた当時、ポールは16歳にして、
自らこの曲を作詞作曲し、歌った。この曲の大ヒットで一躍、人気者となった彼は、続く「君は我が運命」、
「ロンリー・ボーイ」などでスター街道を上り詰めていく。曲のタイトルとなっている「ダイアナ」は、
思春期のポールが出会った女性の名前だという。ポールにインスピレーションを与えたダイアナとは、
どんな女性だったのか・・・
2016年の再放送 誰が歌っていたかわからないが
大人になりたい
夢のデイト
伊東ゆかり
悲しきクラウン
恋の約束
バケーションは弘田三枝子と伊東ゆかりだったかな
藤木孝
240000のキス 24000は平尾先生バージョンもねっとりしてていい 元祖沖縄アイドルの沢村みつ子さんは10年前の2008年に
お亡くなりになっている 「オールディーズがやって来る」は良コンテンツだった
コーラスグループ勢ぞろいだった回が良かった
「ザ・プラターズからザ・ピーナッツまで」
ダーク、デューク、ボニー、スリー・グレイセス、キング・トーンズ・・・
ダークさんはマンガさんが抜けて3人だったけれど
デュークさんは吉田さんや飯野さんがまだいて
ボニーさんは大町さんもいた
あれは2000年あたりの放送だったのだろう
グループを存続させていくのも大変
プラターズも色々とトラブルがあったようだね 懐メロのように感動的にお金持ちになれるのはなぜ
グーグルで検索⇒『羽山のサユレイザ』
VFK07 1958年2月8日は第1回日劇ウエスタンカーニバルが開催された日
それから60年、記念すべき年
http://d.hatena.ne.jp/chocoramastudio/20111028/1319798061
なぜウエスタン・カーニバルの前に日劇が入るのかというと、ウエスタン・カーニバル自体は
昭和28年(1953)から東京ビデオ・ホールにて年二回づつ開かれ、日劇で行われた前年秋には
計八回目となるウエスタン・カーニバルが開催されている。日劇が会場になったのは初めてと
いう意味で、正確には第一回日劇ウエスタン・カーニバルとなる。東京ビデオ・ホールでの
ウエスタン・カーニバルはその後も継続的に続けられて、日劇と区別するためにビディオ・
ウエスタン・カーニバル(当時の表記)と呼ばれた。
第一回日劇ウエスタン・カーニバルでは寺本圭一がクレジットのトップになっている。
ロカビリー三人男として知られるミッキー・カーチス、山下敬二郎、平尾昌章は名前が
離れていて、最初から三人男として売り出されていた訳ではないことを示している。
出演者としてクレジットされているのは他に岡田朝光(ウェスタン・キャラバンのボーカル)、
関口悦郎(清川虹子の息子)、中島そのみ(後のお姐ちゃんトリオの一人)、朝比奈愛子
(雪村いづみの妹)、水谷良重、羽鳥永一。羽鳥が罫線で隔てられていて別扱いなのは
日劇所属のダンサーであるため。また水谷良重もナカグロ(黒い点)で他の出演者と
別扱いになっているのは、東宝宝塚劇場の火災で出演していたミュージカルが出来なくなり、
ウエスタン・カーニバルに急遽出ることになったためで、この出演者中もっとも一般的に
知名度が高かったのは寺本圭一ではなく水谷良重である。水谷(女優・水谷八重子の娘)は
当時、伊東深水(日本画家)の娘である朝丘雪路、東郷青児(洋画家)の娘、東郷たまみと
三人で七光会を結成し歌手活動に力を入れていた。 岡田朝光さんがダイアナとか歌っている映像があがっているね
真っ白なおじいさま ヘイ・ポーラ、けんかでデイト、素敵な新学期の
ジャケットと曲が流れた
スタジオでヘイ・ポーラをデュエット カバーポップスが陽の目を見るのはこの先もないのだろうな
ルーツなのに
本当に寂しい 2か遅れのミコちゃん
ハッピーバースデー〜セブンティー・・・
ミッチーが生きてたら今日が誕生日だった
そして明日は記念すべき日 坂本九が「悲しき60才」「すてきなタイミング」を歌ってた頃が懐かしい ホキ徳田さん、まだ生きていた!
なにげにホキさんも漣作品を歌っている
ミーナの「別離」
歌手としてよりもいただきますの印象の方が強いけれど 歌手としての記憶は全くないけど、いただきますは薄っすら覚えてる。 梅木マリというブスな歌手もいたっけ
鈴木やすし、木の実ナナのホイホイミュジックスルールにチョイ役で出てた 想い出のダイアナというのもあったが
涙のテネシーワルツという曲もあった ポールアンカが初来日したとき、素行の悪さで一気に評判を落とした プレスリーカバーは清野太郎の「冷たい女」が一番好き
訳詞もいいと思う
和製プレスリーといえば佐々木功やほりまさゆきもいいけれど、
60年代デビューだからちょっと出遅れ感があるね
清野はその後アメリカに渡ってプレスリーの前で歌も披露したこと
ある人だよね
初期の音源はCD化されたけれど、サヨナラ・エルヴィスもCD化してほしい 日本で初めてプレスリーをカヴァーしたのは小坂一也だろ 昔のソノシート付きブックで洋楽がよくカヴァーされてたが、大抵ダークダックスみたいな
グループがビートルズをやったりしてて原曲のイメージぶち壊しだった。
唯一ケーシー浅沼という人のプレスリーのカヴァーが雰囲気出てて上手かった。 手頃な価格なんで買ったら写真だけは本物を使い中身は別の楽団、歌手だった
ソノシートが流行った時代が懐かしい ケーシー浅沼さん、チキチキマシン猛レースの人だね
小坂さん自身がプレスリーとかのロックンロール系の曲は
自分の声質に合わないからあまり歌いたくないと言っていたような
やはりカントリーの人だからね >>275
パット・ブーンやコニー・フランシスは、評判よかったね
小坂一也といえば、ライフルマンの主題歌 仕事欲しさに愛人を殺した克美しげる
カヴァー歌手の末路は惨めでブザマだったな 青山ミチはヤクで何度もパクられた出来損ないのアイノコだった ポール・アンカは16、17で自作の曲がヒットして調子こいてしまったのも無理はない
歳をとってから若い頃のことを反省している発言もしている
フランキー・ライモンみたいな一発屋で破滅した短い生涯のような
悲惨なことにならず長く活動できているのは良かったね
ジーン・ヴィンセントの来日も好評だったんじゃない?
東京以外でもツアーやったみたいだよね
兵役の時にけがをして日本の病院に入院していたこともあるという噂もあるけれど
あれは本当なのだろうか?
ジーンの日本語カバーは、雪村いづみの「ビー・バップ・ア・ルーラ」と
スリー・ファンキーズの「ミスター・ロンリネス」くらいだろうか
平尾「ジザベル」ゆかり「月あかりの下で」あたりはジーンのオリジナルではなかったし
英語で歌っているのなら他にも存在しているね ニール・セダカも来日しているんだよ
ポール・アンカとはダンチのお行儀の良さだった ボビー・ヴィーも来日している
そのとき同行したのがドンとボブ二人だけのベンチャーズ ジーンよりも先にワンダ・ジャクソンが来日しているんだよね
本格的なロカビリー歌手が来日した最初だと思う
ジーンとワンダは同じレコード会社に所属していたし、ワンダの
フジヤマ・ママのヒットがなかったらジーンの来日もなかったのかもしれない
今なら大炎上するような歌詞の楽曲が若いロカビリアンにも歌い継がれる
スタンダードナンバーになっているんだから皮肉なもの ボビー・ライデルも来日しているぞ
当時のアメリカで人気のあった青春歌手だった ボビー・ライデルはヒナヒナした感じのヤサ男だったな
でも声量があった
フォー・ゲット・ヒムは全米5位にランクインされた彼最大のヒット曲 言うまでもなく日本での代表作は「ファンキールックのお嬢さん」
競作だったけれど、中島潤まで歌ってたとは!
マイウェイの訳詞でお馴染み
「青春スインギン・スクール」「星空の花売り娘」・・・懐かしい カントリー&ウェスタンから転向して流行歌手になったのが北原謙二と城卓也
それぞれ一発屋で終わったが 北原謙二のカヴァー曲では「北風」がいいね
オリジナルはモノラルだけど、北原のはステレオだし カバーでも歌謡曲でも1発も飛ばせない人が
いっぱいいるんだからどっちか当たれば大成功 パパはニュースキャスターではじめて見た藤木
コメディ路線の人だと思っていた ジェリー藤尾なんていう歌手もいたっけ
坂本九とよくテレビ、映画などで共演していた
二人とも故人になってしまった >>307
亡くなったのはジェリー伊藤でしょ。伊藤さんと英語であそぼで共演してた
ミクも若くして亡くなったけど。 とん平のヘイ・ユウ・ブルースはミッキーさんのプロデュースだったのか 紅白出場歴のある
島崎雪子、河野ヨシユキの誕生日
鹿内孝の77歳の誕生日でもある >>314
'50s〜'60sでもなければカバーポップスでもない 平尾さん=作曲家、音楽スクール、審査員など
ミッキーさん=プロデューサー、俳優、落語家など
二人は業界で生き残るためにいろいろやっていたけど
敬ちゃんは自身が歌う以外に何か副業とかやっていたのだろうか
歌だけでは食っていけなかったと思うんだけど カヴァー歌手から演歌歌手、俳優、タレントに転向して食って行けた人はマシ
そのまんまで消えた人、人殺しに落ちぶれた奴もいた そんな克美しげるの命日がやってくる
聖者になんかなれなかったけれど行進しよう 紀本ヨシオなんていう歌手を知ってる人は相当な年配だぞ 紀本ヨシオって
♬海に行こうよ サマーホリデー の人か? 「サンキューダーリン」をカヴァーしたカヴァー歌手だよ 「シェリー」のフォーシーズンズの映画、今やってるよ
当時のポップスファン必見ですね 尾藤イサオもプレスリーのカヴァーで売り出した歌手
TVのスパークショーでワンナイトを歌っていた 健康そのものの尾藤さん、目の病気だったんだね
今は元気だからいいけれど、衰えてヨボヨボになった尾藤さんは見たくないなぁ 和製プレスリーの佐々木功はまだ生きてるのだろうか? 大脱走マーチがCMで使われているから紀本さんを思い出すね 乾杯トークそんぐで北風歌っている映像あった
倒れる少し前だよね
胸が熱くなった >>326
ジャージー・ボーイズはもう何年も前の映画だよ
ブロードウェイでその前にミュージカル化されていたし
日本で舞台化もされている
今年も再演があるよ
当時の日本には和製フランキー・ヴァリのような人は
いなかったね
シェリーのカバーも九重、ピーナッツ、伊藤アイコなど
女性歌手だけだった サザンオールスターズ「いなせなロコローション」に
フランキー・ヴァリが出てくる
オールディーズ讃歌 アストロノウツの「太陽の彼方に」に歌詞をつけて歌った藤本好一というヘンな歌手がいたな 田川譲二の「太陽の彼方に」はアストロノウツの演奏にそのままヴォーカルを
のせるという暴挙だったっけ。 藤本好一はお行儀の良い青春歌謡歌手っぽかった
田川譲二はかなりのワルだったようだね 伊藤素道とリリオリズムエアーズというコミカルなコーラスグループがいた
リトル・ダーリンをカヴァーして面白おかしく聞かせてくれた
忘れられないのがローハイドにおける鞭の効果音にスリッパを使って笑わせた >>340
Tボーンズの「真っ赤な太陽」にも、歌詞がついていた
この手の曲は、英語の元歌詞があったのかどうかも、よくわからない >>344
「夢見るシャンソン人形」の「た」を「ら」で唄ったのもその人たちだったかな
わらしのうらは、誰でも聴けるわー
みんなわらしの すがらも見えるわー ザ・ヒットパレードの映像、残ってるのもあるんだね
後期のミコちゃんの人形の家、画質悪かったけれど
貴重なものが見られた
当時の映像がきちんと残ってたらなぁ
さすがに生まれてないからリアルタイムでは見ていない ワンマン社長だったくせにいい人扱いして持ち上げ過ぎだった うちの地方にフジ系のテレビ局ができたのが69年の終わり頃で、その時は
まだザ・ヒットパレードやってたんだね。見た記憶がないから、ネットされて
なかったのかもしれないが。 系列局で遅れて放送されるときはダビングしたビデオを送っていたらしい
地方局に捨てられず残ってないもんかねえ 中尾ミエ、園まり、伊東ゆかりの三人娘のなかでは
やはり園まりがいちばん可愛かった 鈴木やすしは愛嬌あるキャラで役者としてもうまくこなせた 勝ち抜きエレキ合戦の司会をしていたのが鈴木やすしだった
外人バンドに対しても英語で対応していた 鈴木やすしが単身で訪米したときのエピソード
ヘンな場所に迷い込んしまったとき、数人の不良アメ公に囲まれてしまった
とっさに「俺は空手を教えにアメリカに来たんだ、なんならお前らにも教えてあげようか?」と身構えたら慌ててアメ公たちが逃げて行った
その当時から空手は知れ渡っていた 救いようのない青山ミチを、いつもかばっていたのが
後輩ハーフの泉アキだったな
ヒロシーーーーー オンリーと呼ばれていた女性たちだね
シナトラの「オンリー・イズ・ロンリー」も、この頃の曲だったかな 白人や黒人の混血児はすぐ分かるが、朝鮮人との混血は分かりづらかった
でも、ブサイクな顔と言動ですぐ分かった ノーキー・エドワーズ、死去
上の方でボビー・ヴィー来日の話が出てたね
ノーキーも含めたベンチャーズが来日したのは1965年か
wikiより
初来日は1962年のことで、ドンとボブの2人が東芝音楽工業(のちに東芝EMI)のイベントに参加し、
ベースとドラムは日本人が担当した。ボブの回想によると、ベースはなんとウッドベースで、
「とにかく何もかも滅茶苦茶だった」とのことである(ほとんど演奏できなかったために結局ドンと
ボブ二人だけの演奏にすぐ切り替えたという)。ちなみに同時に来日したのはボビー・ヴィー
(後に共作のアルバムをリリースする)、ジョー・アン・キャンベルであったが、観客のほとんどは
日本側の出演者であったスリーファンキーズのファンだったという。
当時のアーティストの来日なんてこんなものだったんだろうね
そして、ジョー・アン・キャンベルが来日してたとは、びっくり! 追記
当時四人ではなくドンとボブ二人だけの来日となった原因は、日本側が用意したギャラが
二人分しか用意できなかったためである。
そういえば、ジョニー・アリディが昨年末に亡くなっていたことをつい先日知った
日本で当時カバーされたのは「甘い暴力」平尾昌章くらいかな
フランス語や日本語はロックとは合いづらいものだったのを、先人たちが苦労したことが
今に受け継がれているんだよねぇ プレスリーから影響を受けたリーゼントヘア
当時は不良扱いされた CD化されていないカバーポップスでCD化してほしいものを
教えて下さい 敬ちゃんの発売当時の「恋の片道切符」はCD化されてたんだね
知らなかった
B面の「褐色のブルース」はされてないよね
このカップリングは平尾さんと同じだね「恋の片道切符/黒のブルース」
ミッキーさんは雪村さんとのデュエットでB面が
「おゝキャロル」
これは当時のニール・セダカのシングル盤と同じカップリング >>376
そんな呼ばれ方、ほんとにされてたの?
共通点がほとんど見当たらないけど
「悲しき願い」と「朝まで待てない」では、落差がありすぎる 命日命日とうるせえ野郎だな
人間は年をとるとみんな死んで行くんだよ
しつこすぎるよ、てめえは ああやってアップすることでカバーポップスが再評価でも
されればいいけれどそんなこともないし
ただの自己満足だよね
必死にコレクションした人間にとっては、本当に不愉快 ただただ文句を言わずに自ら話題を出す
そうしないとただの終わったスレになる
題名のない音楽会で「カバーポップスの音楽会」というのを
やっていたね
https://twitter.com/i/web/status/974858304324161537
50〜60年代は日本に欧米の音楽がドッと入ってきた時期
クラシックがベースになった曲も結構あるんです!
クラシックベースのカバーポップスってどんなのがあっただろう?
有名どころだと、ピーナッツがカバーした「情熱の花」
麻生京子の「ハンガリア・ロック」なんてのもあるね カヴァー全盛時代は才能ある作曲家がいなかったし
アメリカンポップスをコピーしてたほうが楽だもの 元々は、渡辺プロ社長のアイデアからブームになったんだね
結果的にカバーポップスは、日本のポピュラー音楽が成熟するまでの、つなぎ役をはたした
まあ、今の音楽の現状を見て、成熟しているかどうかは、意見が分かれるけど ♬
シロシロシロシロ クインシロー
月火水木金土日〜 エブリデー毎日飲んだら
やがて色が 白くなってきて
当時は、肌色差別の商品CMがいっぱいあった
ロゼット洗顔パスタとかも
当時のカヴァー歌手でまともな英語が話せたのは雪村いづみだけ 雪村いづみ、「火の玉ロック」含む4曲入り7inchアナログ発売
https://natalie.mu/music/news/266335
雪村いづみ「火の玉ロック〜ゴールデン・ロッキン・フィフティーズ Ep」収録曲
SIDE A
01. 火の玉ロック(Great Balls of Fire)
02. フジヤマ・ママ(Fujiyama Mama)
SIDE B
01. セブンティーン(Seventeen)
02. 恋人になって(I Want You To Be My Baby)
雪村いづみ「火の玉ロック〜ゴールデン・ロッキン・フィフティーズ Ep」
[アナログ] 2018年2月28日発売 / 2160円 / クリンクレコード / NJS721
こんなの出てたんだね これ、レコード盤なの?
だとしたらレコードプレイヤーのない人は聞けないじゃん ホームセンターとかでも普通に売ってるよ、レコードプレイヤー
レコードからデジタルに変換みたいなのも色々とあるし ジミー時田も英語が堪能で訪米したときに日系アメリカ人と間違われたぐらい
流暢な英語を話せた 「ドレミの歌」は言うまでもなくペギー葉山が訳詞して歌ったものが有名だけれど
いくつかの訳詞がある
岩谷時子訳で歌ったのが、宮城まり子
九重佑三子も歌っているが、これもまた別の訳 ラジオ深夜便でカヴァーポップス歌手特集を聞いた
ピーナッツ以外はまだ存命中なので驚いたよ ラジオ深夜便
曲目リストがあった
ロマンチックコンサート ジャパニーズ・ポップス:懐かしのポップス・ヒット・カヴァー
バルコニーに坐って 山下敬二郎
ステキなタイミング 坂本九 & ダニー飯田とパラダイス・キング
月影のナポリ 森山加代子
パイナップル・プリンセス 田代みどり
ルイジアナ・ママ 飯田久彦
恋の片道切符 平尾昌晃
悲しき少年兵 藤木孝
G.I.ブルース ささきいさお
ロコモーション 伊東ゆかり
レモンのキッス ザ・ピーナッツ
可愛いベイビー 中尾ミエ
ヘイ・ポーラ 梓みちよ & 田辺靖雄
霧の中のジョニー 鹿内タカシ
ミスター・ベースマン 九重佑三子 & ダニー飯田とパラダイス・キング
ヴァケイション 弘田三枝子 藤木孝と鹿内タカシは俳優に転向して新境地を見出した
悪役専門だったけど >>401
リアル世代で、しかもあまりマニアックでない人が選んだみたいだね
あとの世代の人だと、こうはいかない ダイアナ、24000、シェリーを外したから
ちょいとだけ変化球 藤木孝の歌いながらのいやらしいアクションが印象に残ってる
ツイスト1、24000回のキス、アダムとイヴの物語などね 選曲を言い出したら、キリがないけど
ヒットの度合いなら
悲しき雨音、ビーマイベイビー、アイドルを探せは入れるべし 悲しき雨音はやっさんヴァージョンが一番好き
ちょっと効果音がオーバーだけれど 「ワシントン広場の夜は更けて」は元々はインストルメンタルだが
日本では歌詞をつけてカヴァーされた
日本人好みの曲だったしね 「アカパルコのお転婆娘」ってオリジナルは誰なんだろう?
あれもなんとなくインストに歌詞をつけているように思える
「若さを唄おう」もベルト・ケンプフェルト楽団のインストで
1番の歌詞の一部分を2番の歌詞の最初に持ってくるという
ワシントン広場と同じパターン使ってるね
どれも漣さんの訳 いしだあゆみは数曲カバーポップス歌っているけれど
その前に「石田良子」名義でもいくつかソノシートで楽曲を残しているんだね
ヘレン・シャピロの「夢見る恋」「子供じゃないのよ」
コニー・フランシスの「かわいいベイビー」「大人になりたい」などなど
聴いてみたいものです ソノシートの世界は奥が深いよね
聞いたこともないような歌手の名前がぞろぞろと出てくる そういえば梅木マリって歌手いたよな
チャールストンでキッス >>414
雑誌で、よく通信販売してたね。4枚200円ぐらいで。
一回だけ買ったことがある
ルート66とかが入ってた レコードを買えなかった貧乏人はソノシートで我慢するしかなかった 東京ビートルズの7inchも出るね
こんなつまらないもの出すなら未CD化の音源を
もっと復刻させてほしいよ ビートルズ公演の前座の内田裕也のアニマルズの歌は意外と良かった
トラブル、とかあの手のタイプの曲だと幾分かマシに聴こえるんだろうね CMソングなら、シルヴィ・バルタン
♬ドライブウエイに春が来りゃ イエエイエイエイ ↑
命日だの誕生日だのにこだわるこのバカ、しつこい ヴァケーションやワンサカ娘と同様の季節ものなら
カレンダーガールに春の日が出てくる
上を向いて歩こうにも春の日が出てくるけど
夏秋とあって冬はないんだね
映画でのみ冬の日という歌詞も歌われている 恋のパーム「スプリング」ス
この胸のときめきを ダスティー・「スプリング」フィールド
春はホント、思いつかない ヴェルヴェッツの「スプリング・フィーバー」は名曲だと思う
誰かにカバーしてほしかった
A面の「夢のお月様」は紀本ヨシオがカバーしたけれど 四月ならなんたってパット・ブーンの「四月の恋」だろ 春はエロの象徴でもある
売る春もあれば、春歌とか春画なんてのもあるし
シルヴィの「アイドルを探せ」も春というワードが
効果的に使われていて、処女喪失を思わせるような内容になっている
日本語のカバーは綺麗な言葉で綴られているけれど あの有名な映画の「太陽がいっぱい」って日本語でカバーされたのだろうか? 旗照夫がまだ存命だとは驚いた
日本におけるジャズシンガーの草分けだった 戦前からジャズはあったんだから草分けではないんじゃない?
存命のジャズ歌手の中では最高齢なのかな、84歳
もっと上の人いそうな気もするけれど
カントリーだと、大野義夫さんとかウイリー沖山さんとかがいる ジャズといえば、当時のふつうの日本人は
洋楽全般を、ポピュラーとは言わず、ジャズと言ってたね 小坂一也が初めて三波春夫に会った時に「ジャズの方はお洒落な服来てますね。」
と声を掛けられたと言ってた。カントリーなのにね。 タモリがフジヤマ・ママとルイジアナ・ママを
かけ合わせたパロディソングやってるけれど
春の歌になっている 戦前からアメリカの洋楽は十把一絡げでジャズといっていた
フランスだけはシャンソンそのまんまだったけど グッチ裕三がNHKの番組でボビー・ダーリンの「Beyond the Sea」
を歌っていて、ジャズ歌手のボビー・ダーリンと紹介していた
ジャズ歌手とよぶのはちょっと違和感あったね
ジャズもレパートリーにはしていたけれど
この曲はラ・メールだから元々はシャンソンだね
ボビー・ダーリンのカバーはいくつかあるね
日本語カバーだと、九ちゃん「おんぼろ汽車ポッポ」
平野こうじ「初恋の並木道」スリー・ファンキーズ「電話に御用心」
尾藤イサオ「匕首マッキー」とかかな
英語カバーだと、ミコちゃんの「マック・ザ・ナイフ」
鹿内タカシ「ビューティフルベイビー」とか エディ・コクランの「バルコニーに座って」
当時のロカビリー三人男がそれぞれ音源を残している
山下敬二郎(渡舟人・訳詞)
平尾昌章(音羽たかし・訳詞)
ミッキー・カーチス(英語詞、実況録音盤)
当時の歌手でエディ・コクランの音源を残しているのは
この曲だけかもしれない 甲本ヒロトが「コクランのズンタ・タッタ」紹介してたとは!
日本盤のB面は「サマータイム・ブルース」
50年代にはこの曲の日本盤って出てなかったんだね
ヒロト 「みんな元気だったかな?甲本ヒロトです。ここからは僕がやります。
まずは一曲 聴いてください。エディ・コクランで、『コクランのズンタ・タッタ』」
コクランのズンタ・タッタ(CHERISHED MEMORIES)/ EDDIE COCHRAN
ヒロト 「エディ・コクランで、『コクランのズンタタッタ』でした。リズムの感じが、
ズンタタッタ、ズンタタッタなので、『コクランのズンタ・タッタ』という邦題をつけた、
担当者に拍手です。原題は『チェリッシュド・メモリーズ』直訳すれば、大切な思い出。
別にこのまんまでも良かったと思うんですけれど、『コクランのズンタ・タッタ』の方がずっと楽しいです。
愉快な邦題といえば、他にも、リトル・リチャードの『あたしゃカックン』なんかも人気だし。
この番組では、ランデルズの『ゴキゲン火星ちゃん』とか、ジョナサン・リッチマンの
『ヘイ、可愛い昆虫さん』とか、色々紹介してきました メリー・ホプキンの「悲しき天使」や
ジリオラ・チンクエッティの「雨」
このあたりが、カバーポップス最後のヒット曲になるのかな
クリフの「しあわせの朝」や「コングラチュレーション」のカバーも聴いてみたかった 11PMの朝丘雪路さんがお亡くなりに
いくつかカバーポップスも残している
初期の音源をCD化してほしい 内田正人という名前に既視感があったのは
キングトーンズか
この人も日大出身なんだね
脳梗塞で倒れてからも活動していたけれど、最近は表舞台から遠ざかっているようだね
昨年愛弟子の新しいボーカルを入れてCD出していたとは 中尾ミエさんの、「おじさまとデイト」は
あれ、日本の曲だったんだね。カバーとばかり思っていた
ザ・ヒットパレードでも唄っていた気がするけど 微妙に時期が遅れるが、雨の御堂筋
一夜限りの昭和歌謡特集
次回 | 8月25日(土) 18:00〜18:30 放送
MUSIC FAIR【よみがえる昭和歌謡の名曲たち】
懐かしいメロディーを秘蔵映像で「恋のバカンス」「ルビーの指環」「時の流れに身をまかせ」「雨の御堂筋」「長崎は今日も雨だった」「また逢う日まで」他
https://www.fujitv.co.jp/MUSICFAIR/ コニーフランシスの「夢のデート」 は 当時伊東ゆかりで聞いた記憶があるんですが、
レコードで出ていたんでしょうか?誰か教えて! >>460
うちの姉がよく唄ってたけど
レコードが出たかどうかまでは
コニー・フランシスのカバーなら
日本人歌手は大体出してると思うけど 「フジヤマ・ママ」がヒットしてしまった60年前の日本・・・
ヒット曲「タキ・タキ・ルンバ」で「長崎のように爆発しそうな尻」 日本法人「誤解を招きかねない」と指摘
世界的なヒット曲「タキ・タキ・ルンバ(原題Taki Taki)」に「尻が長崎のように爆発する」という歌詞があり、
配信するユニバーサルミュージック日本法人の指摘を受けて、歌詞を変更していたことが13日、分かった。
「タキ・タキ・ルンバ」はスペイン語と英語で歌唱されている楽曲。仏出身の米ミュージシャン「DJスネイク」が
9月28日から世界各国で配信しており、歌手のセレーナ・ゴメスらも参加。「ナガサキ」のくだりはスペイン語で
歌われており、原爆の被害を軽視しているとも受け取られかねない内容になっていた。日本法人は配信後に
「日本では誤解を招きかねない」と歌詞の変更を依頼。国内での宣伝活動を見合わせた。
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10月9日発表のミュージックビデオでは「ナガサキ」という歌詞が「サキサキ」に変更されており、今後、
インターネットの定額音楽配信サービス上でも差し替わる予定という。
原爆をめぐっては、人気韓国男性グループ「BTS(防弾少年団)」のメンバーが原爆を描いたTシャツを
着用していたことが批判を呼び、テレビ朝日が9日夜放送の音楽番組「ミュージックステーション」への
BTS出演を見送っている。 すっかり過疎ってしまいましたね
第1回日劇ウエスタンカーニバルから60年
U.S.A.が話題になっても元祖であるカバーポップスに注目が当たることも全くありませんでした それでもクリスマスの季節になると、漣さんなどが訳詞をした
クリスマスソングが歌われたりと、楽曲はひっそりと残り続けます
今年のレコード大賞では山下達郎のドゥーワップCDが賞をもらっていました
当時流行していたロカビリーに反旗を翻すように始まったレコード大賞第1回の
大賞受賞曲が、ポール・アンカの「君は我が運命」を下敷きにした曲だというのは
なんとも皮肉です 伊東ゆかりは一通り復刻されましたが、その中に
「夢のデイト」がないということは、当時は音源を残していなかった
と考えるのが妥当かと思います
この曲の訳詞は当時コロムビア専属の浜口庫之助が担当し、
コロムビア所属の丘優子が歌っています
コニー・フランシスの日本語盤もハマクラさんの訳詞で歌われています
伊東ゆかりの曲を編曲された森岡賢一郎さんや、一緒にお仕事をされていた
前田憲男さんなどカバーポップスの編曲家の方々の訃報もありました ロカビリー映画「女は抵抗する」がDVD化されたことは
今年良かったことでした
ぜひ「檻の中の野郎たち」などもと思います
これからもいろいろと復刻されますように >>460, 461, 463, 466
夢のデイト、丘優子のがつべにありました。懐かしいですね。 「悲しき願い」は、尾藤イサオのカバーが有名だけど
鹿内孝の歌詞が、いつも気になっていた
♬誰のせいでもありゃしない みんなおいらが悪いのさ
の部分が
♬みんなおいらが悪いのか そんな話があるものか
になり、最後は
♬誰のせいでもありゃしない みんなお前が悪いのさ
とくる
どこかで、もう一度聴きたいな 最近ユーチューブでカバーポップスハマって聴いてるんですが、星野みよ子はここで大丈夫?
好きな声で凄く気に入ったのに全然情報が無くて寂しい。
CDも出てないんですかね?
しかも検索したら娘さんのブログで亡くなられたってあるし。 梓みちよさん
有名なのは、「こんにちわ赤ちゃん」や「二人でお酒を」だけど
ここの人たちにとっては、田辺靖雄とマイカップルで唄った
「ヘイ・ポーラ」や「けんかでデイト」が思い出深い曲だと思います
ご冥福を