【'50s〜'60s】カバーポップスを語ろう2【日本語詞】 [無断転載禁止]©2ch.net
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>>98
クルーエルシーはフォーメイツがTVで歌ってた記憶あり。
♪〜青い海の上?〜
フォーメイツって何かレコード出してのかな?
尾藤イサオは何かの間違いではないでしょうか。 >>103
98ですが、確かに、尾藤イサオは聴いた記憶がないですね
もっと声質の軽い人や、女性歌手が歌っていたはず
「10番街の殺人」や「キャラバン」もあったと思うけど、なかなか探せないです ジャニーズの「チキン・オブ・ザ・シー 」はずぅーと日本製だと思ってました。
オリジナルもゴーゴーズって、いかにもだし、ジャケットも。「涙の太陽」のような形で出した
ものだと勝手に思い込んでいました、反省。
https://www.youtube.com/watch?v=qpYWvQoNmYc
ゴーゴーズ、顔アリ
https://www.youtube.com/watch?v=exJRZ6_HqO8 >>105
私も、「悲しき16歳」を、ピーナッツのオリジナルだと思っていました。
たしか、小学校の3、4年のころ。
ラジオの洋楽番組を聴く習慣がなければ、こういう勘違いはしますね。
小6ぐらいからかな。ヒットパレードやリクエストの番組を聴きはじめたのは。 「ジャージーボーイズ」を見てたらイタリア語は最後に母音が来ると言ってた。
アクセントのあるところを強く発音して語尾をはっきり言わない英語圏の人は
日本語と相性が悪いと思うがイタリア人の歌う日本語詞が割と
聴きやすいのはそのせいかと思った(逆はどうかわからんが)。 >>57
>>59
「パームスプリングスの週末」は、
トロイ・ドナヒューがスザンヌ・プレシェットと離婚した後でしたかね
スレとは少々ずれますが、ドナヒューの「サーフサイド6」は
放送時間が、「カートライト兄弟」と同じでしたね
当時はもちろんビデオなどなく、どちらかをあきらめていました
小生はどちらかといえば、カートライト派でしたが、テーマ曲はどちらもよかった >>59
パーム・スプリングス
瀬高明が歌っていたのを思い出しました。
つべってみましたが、ジプシー・ウーマンしかありませんでした。
誰かupしてくれませんかね。
https://www.youtube.com/watch?v=p_VN-qnrGfE 瀬高明さんで検索していたら、訃報のニュースがありました
2017年2月9日逝去
長い間、車イス生活をされていたそうです
http://www.yuki-enishi.com/lounge/lounge-15.pdf
歌で身をたてようと、大阪ミナミのジャズ喫茶のボーイに。
さらにジャズバンドのバンドボーイに、そして念願の東京へ。
瀬高明の芸名で、日劇のウェスタンカーニバルの舞台に
立ったのは21歳のときでした。
東芝から吹き込んだデビューシングルは「悲しきコダマ」と「いとしのリンダ」。
偲ぶ会の会場には、妻屋さん若き日の「ジプシー・ウーマン」
の歌声と、いつもかたわらにあったクラシックが流れました。 1月 青山ミチ
2月 瀬高明
3月 かまやつひろし
4月 ペギー葉山 曽根幸明
訃報が続いていたんですね
訃報は寂しいですが、知られることもなく
ひっそりとお亡くなりになっている方も
いるのかと思うとそれも寂しい >>111
過去のスターが、知られることもなく、ひっそりと亡くなる
こう書けば、とてもわびしい気がしますが
いい方に考えると、それだけ静かに暮らすことが出来ていたのでしょう
私など、むしろ原曲の歌手の方が気になります
数年前のアンディウイリアムズのような大御所は、ニュースで知りましたが
知らないままの人も、いっぱいいます このスレで消息がわからないような人は
大昔に引退していたり、一般的にも知名度が低い人が多いからね
そういう考え方をしたほうがいいかもしれないね
さすがにそれなりの大御所の訃報が
知らされていなかったとしたら、それは本当に寂しい
スレチだけど、紅白出場6回経験のある、荒井恵子さん
は、のど自慢出身で、2015年にNHKがのど自慢の
記念番組を制作する際に荒井さんにオファーしたところ
5年前に亡くなっていることがわかった、ということが
あったそう
紅白といえば、今は螢の光の指揮をしている平尾先生が
1961年の紅白で歌った「タック・ロック」
カバーなのかオリジナルなのだろうか気になっている
音源になっているのかどうかも不明 ジプシー・ウーマンはCD化されているから
比較的手に入りやすい
ご家族でも当時のレコードをお持ちではなかった
のかもしれない まだまだCD化されてない音源がいっぱいあるね
まずは中尾ミエのシングルコンプリートあたりをお願いしたいところ >>115
CDも悪くないけど、アナログレコードの再ブームにも期待したいですね。
レコードで思い出したのが
時々百貨店でやっていた、中古(新古?)レコードのセール
330〜370円のシングルが、一律100円。関西だと、そごうでやっていました
小遣いが少ない年頃だったので、必死に欲しいのを探した思い出があります
どなたか、覚えておられますか? 訃報の話と平尾先生の話が出ていたところで
背筋が震えた
作曲家の平尾昌晃さん死去 「カナダからの手紙」など多くのヒット曲手がける
http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2017/07/22/kiji/20170722s00041000343000c.html
昭和の大ヒット曲「よこはまたそがれ」「瀬戸の花嫁」などの作曲で知られる作曲家の
平尾昌晃(ひらお・まさあき)さんが21日午後11時40分、肺炎のため都内の病院で
死去していたことが22日、分かった。79歳。東京市(現・東京都)出身。2年前に
肺がんを患い闘病する傍ら、精力的に仕事をこなしていた。
慶応義塾高中退後、当時人気のウエスタンバンド「チャック・ワゴン・ボーイズ」に入り
音楽活動を開始。57年、石原裕次郎主演の「嵐を呼ぶ男」にも出演。翌年は
「リトル・ダーリン」でソロ・デビューし、「星は何でも知っている」「ミヨチャン」がヒット。
ミッキー・カーチス、山下敬二郎とともに「ロカビリー三人男」として日劇ウエスタン
カーニバルの看板スターとなった。
ロカビリーブーム後は作曲を勉強し、67年に布施明の「霧の摩周湖」、梓みちよ
「渚のセニョリーナ」で第9回日本レコード大賞作曲賞を受賞。70年代は五木ひろし
「よこはまたそがれ」、小柳ルミ子「瀬戸の花嫁」、アグネス・チャン「草原の輝き」などを
作曲、ヒットチャート上位に作品が並んだ。
74年に「平尾昌晃音楽学校(のちの平尾昌晃ミュージックスクール)」を創立。石野真子、
狩人、松田聖子、倖田來未、後藤真希らを輩出。生徒だった畑中葉子とデュオを組み、
78年に「カナダからの手紙」をデュエットし、大ヒットとなった。
日本テレビの人気ドラマ「熱中時代」シリーズやテレビ朝日系の時代劇「必殺シリーズ」、
アニメ「銀河鉄道999」などの音楽も手掛け、80年代からは宝塚歌劇団の舞台音楽にも
携わり、幅広く才能を発揮した。06年からは「NHK紅白歌合戦」で番組のフィナーレを飾る
「蛍の光」の指揮を務めた。 平尾先生が79歳で亡くなって
ミッキーさんが今日が誕生日で79歳
朝丘雪路さんも今日が誕生日
リトル・ダーリンからの星はなんでも知っているからのミヨちゃん
あの独特のセリフまわしが忘れられない
リッキー・ネルソンのトラベリンマンのカバー「世界を旅する男」が好き
永遠の旅立ちの日が来るなんて
今頃、夜空を旅しているのでしょうか
一人ぼっちの夜は寂しい ミッキー・カーチス「残されちゃったね。本当に寂しいよ…」
http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2017/07/23/kiji/20170723s00041000157000c.html
作曲家・平尾昌晃さん死去
平尾さんらと「ロカビリー三人男」として一大ブームを築いたミッキー・カーチス(78)は
「けいちゃん、まーちゃんと逝ってしまって、残されちゃったね。本当に寂しいよ…」と
コメントした。
2011年に山下さん、そして平尾さんも旅立った。「三人男で日劇に出たときは、
お互い良いライバルだったから楽しかったよ」と振り返った。
平尾さんとは「進駐軍の仕事をしていた時代からだから10代の頃からの付き合い
だった」と言い、「昔から才能のあるやつで、俺とは違う素晴らしい才能を持っている
やつだった。ご冥福をお祈りします」と悼んだ。 平尾さんは、確かに才能豊かだったけど
風吹ジュンの、あの失踪事件のとき、何かややこしかった印象が強くて。 https://twitter.com/Greaseville/status/22851992154017793
平尾昌晃さんと「ロック夕焼け小焼け」のスラッピングについて
語ってしまった。あの録音時だけマイバンドで好きに音が作れた
そうな。他の曲の録音は基本的にレコード会社が用意した
ミュージシャンだからスラッピングできる人が少なかったらしい。 日本のロックの創成期の頃の話をもっと聞きたかったです
過去にあったロカビリースレを見たら、ジーン・ヴィンセントの
コマ劇場の映像を見た、というカキコミが・・・
ニュース映像とかなのかな?映像が残っているとは思わなかった
見てみたい
あれこれ探していたら、こんな記事もあった
雑誌「ミュージック・ライフ」で来日するジーン・ヴィンセントについて、
日本のロカビリー・シンガー達が語り合うという座談会
記者にジーン・ヴィンセントが出演した『女はそれを我慢できない』を
観たかと聞かれた山下敬二郎は、「僕はあの映画をセリフ全部覚える位に観た。」
と答えた。
そうです
ひょうひょうとしたイメージの敬ちゃんだけど、人知れず努力家の一面も
あったんですね
あの頃は何もかもが手探り状態だったから、毎日必死に音楽の研究をし続けて
いたことでしょう >>1
ニューバランス(スポーツシューズメーカー)が不倫&被害者女性イジメのベッキーを起用
http://www.oricon.co...p/news/2094062/full/
2017-07-13 10:53
タレントのベッキー(33)が13日、都内で行われたニューバランス2017秋冬アパレル広告キャンペーン『#進化する個性』新作ビジュアルお披露目プレス発表会に出席。
15日から開始される同キャンペーンの広告キャラクターに起用されたベッキーは「すっごくうれしい」と目を輝かせた。
他人の家庭を破壊、一般人女性を芸能事務所ぐるみでイジメぬいたベッキーをニューバランスがCMに起用。
ニューバランスはイジメと不倫を容認する企業?
健全なスポーツのイメージとは真逆なドロドロ不貞ベッキー シングルレコード1枚に何万円の価格がついて
いるのが当たり前のような歌手が多いからね
CDなら数千円で20曲とか30曲とかいっぺんで
聞けてしまう
それなりに裕福な人でないとレコード集めは
大変 >>127
お前マルチで気持ち悪いよ
ステマ業者の回線
↓
フリッテル 219.100.137.46 ここの住人が、10代のころ持っていたレコードを
今も全部なくさずに所有していたら、それをオフ会でも開いて持ち寄ったら
相当豪華なものになったでしょう
先日、部屋の整理をしていたら、古いレコードがなぜか数枚だけ見つかりました
デル・シャノン、アニマルズ、マンフレッドマン。原曲ばかりでした
なぜ、こんな中途半端な残り方をするのか、見当もつきません 俺の親戚がレコード店の人と知り合いで、店を閉める時に倉庫の中の物を
見においでと言われたけど忙しくて行けなくて結局処分されたらしいけど
ビートルズの販促グッズとかあったらしい。どんなお宝があったか見たかった。 >>125
ジーン・ヴィンセント見てみたいですね。 ググってたら日劇での曲目をメモしてる人がいました。
どんな人だろうと探るとアメリカン ミュージックにめっぽう詳しい鈴木カツさんでした。当時ハンターに
USシングルが山のように 有って、Sunレーベルのシングルを集めたという。
米兵が売ったのでしょう、いい時代でしたね。
僕が上京したころに、ハンターの並びで新橋方面に行った所の骨董屋にSPが積んであり
エルビスの日本盤を200円くらいで買ったのを思い出しました。70年ころだったかな。 初代三人娘 雪村いづみ
ロカビリー三人男 ミッキー・カーチス
元恋人同士が生き残った・・・
元祖三人ひろし(水原、井上、かまやつ)はみんな亡くなったけど
後に参入した守屋浩は生きている
3ビートの飯田久彦、高松秀晴、柚木公一(藤本卓也)は皆健在
ナベプロ三人娘も健在
今年の思い出のメロディーが最後の三人娘の共演らしい・・・
第49回 思い出のメロディー NHK総合 8月5日(土) 午後7時30分
http://www4.nhk.or.jp/omoide/
見納め!TVラストステージ「スパーク3人娘」
結成から55年を迎えた今年、今回の思い出のメロディーの舞台が、
スパーク3人娘として、テレビで最後の出演となる。 思い出のメロディー、平尾先生のこと
取り上げてくれるよね
紅白も歌手としての出場、出場者の楽曲提供、指揮者と
大貢献した人だから取り上げてくれるだろうし
このスレ的にはとてつもなく大きな出来事なのだけど
スレ自体が過疎っていて、人が少ないからレスもわずか
ちょっとさびしい
ニュース系のスレはいくつか立っていたようだけど、その手
のスレは読むのも億劫で見ていない
50年代から60年代の歌手時代のことを語る人はほとんど
いなさそうだし >>135
当時の歌手を語れる人は、人口だけなら多いと思いますよ
ただ、歌謡曲、60年代からのフォーク、洋楽と、好みはいろいろだから。
カバーポップスに限定して、なおかつ2ちゃんに書き込むとなると、どうしてもね。
まあ、気楽にやりましょう
当方など、忘れていた事や記憶違いの事を、このスレでしばしば改めて教えられています 昭和歌謡黄金時代 作曲家・平尾昌晃の世界 〜追悼・平尾昌晃さん〜
NHKBSプレミアム 7月29日(土)13時30分〜15時00分
今月亡くなった、作曲家・平尾昌晃氏を追悼して、「昭和歌謡黄金時代
作曲家・平尾昌晃」の世界を再放送する。ウエスタン歌手からロカビリーの
人気者に、その後は作曲家として多くのスター歌手を育て上げた平尾昌晃。
アメリカンポップスの影響を受けながらも、独自の日本的なメロディーの
歌謡曲を作り上げた人生をたどり、その作品をたっぷりとお楽しみいただく。
出演
平尾昌晃,布施明,小柳ルミ子,伊東ゆかり,梓みちよ,アン・ルイス,ささきいさお,
五木ひろし,中条きよし,山川豊,畑中葉子,アグネス・チャン,西崎緑,じゅん&ネネ,
船村徹,ミッキー・カーチスほか
生誕100年 永遠の作詞家・岩谷時子名曲SP
BS-TBS 7月29日(土)19時00分〜20時54分
作家・岩谷時子の生誕100年を記念したコンサートを収録。越路吹雪、
ザ・ピーナッツ、加山雄三らが歌った昭和の名曲からレミゼやミスサイゴン
など感動のミュージカル曲
出演
杜けあき、真琴つばさ、姿月あさと、凰稀かなめ、岡幸二郎、福井晶一、
中川晃教、田代万里生、入野自由、新妻聖子
曲
オー シャンゼリゼ サントワマミー 夢の中に君がいる ろくでなし そして今は
ラストダンスは私に シャンソン 月影のナポリ ある愛の詩 愛の讃歌
スーパースター シャル・ウィ・ダンス マリア トゥナイト ふりむかないで
ウナ・セラ・ディ・東京 ベッドで煙草を吸わないで 逢いたくて逢いたくて
蒼い星くず 恋の季節〜涙の季節 男の子女の子 神よ何故
世界が終る夜のように 命をあげよう 夢やぶれて STARS オン・マイ・オウン
彼を帰して 民衆の歌 恋のバカンス 旅人よ >>132
横尾忠則が書いたビートルズのポスターなんかあったかもな
あれ、人気なかったみたいだし >>133
鈴木カツさん、先月亡くなられたようです。
築地でやられてたエニー・オールド・タイムに友人に連れられて行ったことが
あります。エルヴィスの古い日本盤EPが無造作に飾られてたのを思い出しました。
当時の事をいろいろ聞きたかったですね。 平尾さん
聖者が街へやって来るでもスラッピンベースが出てくる >>116
ご返信ありがとうございます、遅くなりました
>>113で書いた、平尾さんの1961年の紅白で歌った「タック・ロック」
そちらの曲ではないと思われます
それは平尾さんが翌年に「可愛いツイスト」というタイトルで出していて
伊藤照子さんが「タッタ・ツイスト」というタイトルで出してます
赤ちゃん言葉の「タ・タ」ですね
おそらく「タック」というのは時計の「チック・タック」じゃないかと思うのですが
詳細は不明
当時の紅白のラジオ音源は残っているらしいのですが、NHKのアーカイブスでは
ラジオ音源は1959年の10回までのものしか公開していなかったので
1961年の紅白の音源は未聴のためわかりません
ラジオ音源が聴ければ原曲をつかめると思うのですが 思い出のメロディー
スパーク登場の時にちらっとカバーポップスについて
触れてくれた
九ちゃんの「ステキなタイミング」の映像で後ろで指揮している
スマイリーさんが見られたのが良かった >>143
スマイリー小原さんや、スタジオbPダンサーズ
あの時代の懐かしいバイプレーヤーですね 九ちゃんが歌ってた気がするんですが、ドリーム・ラバー(ボビー・ダーリン)のカヴァー、
ご存知でしたらおしえてください。九ちゃんの録音は調べましたが、どうもなさそうです、 『夏祭りにっぽんの歌2017 』
2017年8月12日(土) 11時03分〜14時00分
http://www.tv-tokyo.co.jp/smp/program/detail/201708/15277_201708121103.html
「我が良き友よ」 →かまやつひろしさん追悼
「カナダからの手紙」「アメリカ橋」 →平尾昌晃さん追悼
「学生時代」 →ペギー葉山さん追悼
「幸せなら手をたたこう」「上を向いて歩こう」田辺靖雄 九重佑三子「見上げてごらん夜の星を」菅原洋一 菅原英介 →放送日が坂本九さんの命日
ポップスコーナー
「ヴァケーション」弘田三枝子 →漣健児さん13回忌?(定番曲だから意味はないだろうけれど)
「その名はフジヤマ」アントニオ古賀
「監獄ロック」浜村美智子 →「バナナボート」じゃないのが珍しい、平尾昌晃さん追悼?(小坂さんも歌っていた)
「Blueberry Hill」ジェリー藤尾 →小坂一也さん没後20年?(ジェリーさんも当時歌っていて、岩谷時子さん訳だから小坂さんのとは詞が違うけれど)
ファッツ・ドミノさん、89歳で御存命の様子
小坂さんと平尾さんでふたりのビッグショーやったのが懐かしい
録画保存していたのが行方不明になってしまっていて残念 >>145
ドリーム・ラバー、九ちゃんのものは聴いたことないけれど
何かのコンピで英語で歌ってる当時の音源のCDを聴いたことがある
でも誰が歌ってるのかわからない、ごめん
九ちゃん、事故当日のラジオ収録の音源は泣けるね
「いい秋を迎えてほしいですね」という言葉が・・・
迎えることができなかった秋がいくつ過ぎたろう 山の歌というと、雪山讃歌とか雪山に消えたあいつ、とか
冬山の歌を思い出す
ダークも御存命なのはお一人だけ
克美しげるも亡くなってしまった
雪山讃歌といえば、いとしのクレメンタイン
渡辺トモコの歌がいい、渡舟人の訳がいいのでしょう >>148
子供心に、ジェリー藤尾は
渡辺トモ子じゃなく、森山加代子を狙ってると思ってました ジェリーさん、見た目があれだから
離婚の原因はジェリーさんにありそうだったけれど
実際は、渡辺友子さんの男遊びが原因だったらしいね ,. -‐  ̄ ̄`  ̄ ´  ̄ ̄ ̄ ̄`ヽ._,{ 、,i !
__.. -/ ,.. / `ヽ、 クゥクゥ空
, -‐ ,.´-─./ /:. . . / ..__ / ! `ヽ ヽ
/,.-‐´ _r‐' _,ノ: : : : : : : . . . . . . . . . . .(_ `丶、ヽ、 、__,ス ,)
~~ ̄/(三,. -‐ ´ / ,.-‐ ´ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄`丶 l ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
~ ̄i l゙´  ̄ ̄ / ,/  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ し,j ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
. l. ! / / まとわりつく名無し、粘着コテ、統失、かまってちゃんは荒らし確定
. ! | (, ,,/
! ,j 2chの鉄則(おやくそく)とは 【荒らしはスルー・無視・放置・あぼ〜ん・透明あぼ〜ん】 しましょう。
ゝ、ノ
● 荒らしは放置されるのが一番の苦手です。
→ ウザイと思ったらそのまま放置!
● 放置の荒らしは焦り煽りや自作自演、複数のPCスマホで多人数を装い、あなたのレスを誘います
→ 釣られてレスしたらその時点であなたの負け、あなたが荒らしです!!
● 反撃は荒らしの滋養にして栄養であり、ヨダレを垂らして最も喜ぶことです。
→荒らしにはエサを投げ与えないで下さい!
●荒らし・粘着にはスルー・あぼ〜ん・透明あぼ〜ん・が推奨です。
→ 放置プレイが適切です
●荒らしは自立できないので、もたれかかり、ストーキングする
→放置プレーで共に楽しみましょう。
●枯死するまで孤独に暴れさせておくのが一番です。
→ ミイラ化です、放置、風化させ、土に戻しましょう 加瀬邦彦作曲の、「ユアベイビー」は
ワイルドワンズよりも先に、槇みちるなどで聴いた
当初は、カバーポップスかと思ったな NTTのCMでゆかりさんがカバーした「子供の行進曲」が使われているね
聞き覚えのあるメロディだと思ったら 槇みちるはスタジオミュージシャンとして数多くの作品に
参加している
性格も良いと湯川れい子が言ってたし、裏方タイプの人なんだろうね
ベスト出してほしい >>155
槇みちる
録音はビクターと東芝時代でCD1枚に収まる曲数しかないのでは。
その他、オールディズ企画もので何曲か歌ってるLPが東芝、キャニオンにあったと思う。
あと、シナトラ曲集のCDは入手可能ですよね。
こちらでギター弾いてるのはイーグルス(とはいっても幻のGS)のリーダーです。
https://www.youtube.com/watch?v=4gt_EZiJOw4 最も多くの日本人歌手にカバーされた曲は、何でしょうか
パッと思い浮かぶのは、「ビーマイベイビー」
当時の、ほとんどの女性歌手が唄っていたと思います
他では何かな?
「ダイアナ」や「悲しき雨音」は、ヒットの割には唄う歌手はそう多くはなかったかなと >>157
ビー・マイ・ベイビーはミコとゆかり、麻生京子くらいしか思いつかないけど、
他には誰がいますか? テレビなどで歌わされる(?)ことはあるでしょうが。
悲しき雨音はパラキン、ピーナッツ、鈴木やすし、目方誠、変わったとこでは
越路吹雪のシングルが出ていた。(ピーナッツはLP)
ヴァケイションは各社競作で出していたよね。 徹子の部屋
8月25日(金)
伊東ゆかり&娘・宙美&元夫・佐川満男
別れて41年…元夫が語る「離婚」の真相!
6歳から歌の世界へ入り芸歴64年になる伊東ゆかりさん。今では娘の宙美(ひろみ)さんも
歌手デビューし、声が出ないゆかりさんの代わりに歌う事もある。娘が3歳で離婚。小さい頃は
父親役もしなければと頑張りすぎて口うるさい母親になっていたが、「子どもを心配しない親は
いない」と娘に訴える。また、今日はなんと、元夫の佐川満男さんも登場! 別れて41年。
これまで明かすことのなった「離婚の真相」を元夫が激白。当時のゆかりさんへ、夫として、
歌手として、正直な思いを語る。 >>147
ドリーム・ラバー:
貴重な情報ありがとうございます。探しまくってみます。
佐川ミツオ
デビュー曲はニール・セダカのカヴァーだったけど、歌謡曲ばかりあてがわされて
いやだったらしい。でも無情の夢とか背広姿の渡り鳥がヒットして映画化もされ
初期の代表作になったし、メジャーにもなれた。
ビクター時代のカヴァーは2枚だけだね。 >>160
「ドリーム・ラバー」探してみました
ビクターファミリークラブが販売元の「想い出のザ・ヒットパレード」
という12枚組のCDの1枚目に入っていました
歌唱・演奏はクレイジー・ウエストになっています
誰が歌っているのかはわからないですが
入手は結構困難ですね、このCD
自分はオークションで手に入れましたが >>161
仲本工事さんはドリフ加入前にクレイジー・ウエストでヴォーカルしてましたね。
多分そのレコードよりは後だと思いますけど。 >>158
157です。亀レスすみません
ビーマイベイビーは、唄う人は多かったけど、
レコーディングされた数は、それほどでもなさそうですね
今にして思うと、当時のポップス歌手は相当なレパートリーをこなしていたんですね
本家の歌手の数倍、ピーナッツクラスだと10倍以上は唄っていたと思います 佐川さんはゆかりさんとの歌手としての格差がつらくて
離婚したと話していた
たしかにゆかりさんは歌手として凄い人
華やかさというよりも、静かな凄みのある歌手なんだと思う
九重夫妻はどっちが上というのはないから、続いているね
同業者で女が上に立ってしまうとたいていの夫婦は続かない 九重夫妻は共同作業者だからね
つなき&みどりは別れてしまったけれど
そういえば、ポールとポーラは結婚はしなかったんだね
日本のマイカップルも結婚はしなかった
田辺、九重夫妻はそれぞれが別々にヘイポーラを
デュエットしてたのが、今ではマイカップルの曲も
二人で歌っている
ヘイポーラは向こうでもヒットはしたけど、日本語訳の
曲として定着していて、もはや日本の歌になっているね
日本語で歌うと「ヘイヘイヘイ」というのが歌謡曲風に
なる不思議
けんかでデイトは仲浩二と小野ヒロ子も歌っている
仲本工事と仲浩二は別人 >>166
もう、だいぶ前ですよ
「恋のパームスプリングス」だけでなく
地名入りのヒット曲は、多かったですね
「想い出のサンフランシスコ」
「ルイジアナ・ママ」
「ワシントン広場」
など
聴いてみたかったのは
「パサデナのおばあちゃん」
「花のサンフランシスコ」
「マサチューセッツ」
これらの曲のころは、カバーが下火になっていましたからね >>162
貴重な情報ありがとうございます。
クレイジー・ウエストでしたか。歌は前田彰さんですね。
ググってみましたがCD発見できず残念ですが、諦めずに探します。
>>167
花のサンフランシスコ
郷田哲也が歌ってるのをTVで何度か見ました。
つべにレコードがアップされてます。ドラムはパープル・シャドウズに
行った大場さんです。 前田彰という人の名前ははじめて聞いた
パサディナのおばあちゃんを下敷きにした
スパイダースの「エレクトリックおばあちゃん」ってのがあるね
かまやつさんの遊び心
過激な歌詞はフジヤマママを意識してるのかな
これがのちにみんなのうたの「コンピューターおばあちゃん」
につながっていく ポール・アンカの「ラブ」とかリッキーネルソンの「トラベリンマン」とかは
世界が出てくるね
ポール・アンカの曲にはジャパンが出てくるけれど、トラベリンマンには
出てこなくて、平尾先生のカバーでは独自に着物姿の日本のハイティーン
ガールが出てくる
カバーポップスではないけれど、シュレルズの「おかしな、おかしな、おかしな世界」
という曲はたどたどしい日本語の歌詞が出てくるね >>169
「弘前のおばあちゃん」とは、べつの曲? 曲がヒットしたころ、その歌詞の一部を
当時の日本人がどのくらい知っていたかという、歌詞認知度ランクがあったら
Sランク(ほとんどの日本人が知っていた)は
「可愛いベイビー」
「ヴァケーション」
でしょう
その次のAランク(Sほどではないが、多く知られていた)
となると、どのくらいあるでしょう?
「悲しき16歳」 ♬ヤヤヤーヤ ヤヤヤヤ
「パイナップル・プリンセス」 ♬パイナップリンセス
「ヘイ・ポーラ」 ♬ヘイヘイ、ポーラ
「子供じゃないの」 ♬子供じゃないのよー
「プリーズプリーズミー」 ♬カモン カモン
「悲しき願い」 ♬誰のせいでもありゃしない
「太陽の彼方」 ♬乗ってけ乗ってけ
「夢見るシャンソン人形」 ♬わたしは夢見るシャンソン人形
まだまだありそうですね。 >>174
「ルイジアナ・ママ」ですか。この曲もそうですが
「月影のナポリ」、「恋の片道切符」、「悲しきカンガルー」などは
サビの部分はよく知ってるけど、歌詞は正確ではない、そんな人が多かったと思います
TV主題歌ですが
「ローハイド」の、♬ローレンローレンも、Sランクかもしれません えじれじーればー
サンライトツイスト、別名ゴーカートツイスト
サンライトツイスト=伊藤アイコ(元タイトルのまま)
恋のゴーカート=青山ミチ(独自のタイトル)
太陽の下の18才=木の実ナナ(映画のタイトル曲を引用)
同じ曲なのにタイトルが多数あり
三者三様の味がある 徹子の部屋にじゅんとネネが出てたけど、クッキーズ時代はカヴァーは
出してますか?
ホイ・ホイ出身は三田明、布施明、東山明美、村上進、湯原昌幸、槇みちる、
ほかには誰がいますか? 木の実ナナ、鈴木やすしはMC
望月浩もホイ・ホイ出身だね コニー・フランシスは、数多くのヒットを出しましたが
同じ大御所でも、ブレンダ・リーは、ほとんどカバーされていませんね
シャンソンの競作ぐらいで、話題になることがなかった
もし、何かオリジナルがあれば、教えてください >>180
当時同じテイチクだったこともあるのか、田代みどりが5曲ほど歌ってますね。
個人的には「ごめんなさい」が好きです。
カヴァーが少ないのは、カントリー系なので弾け方がちょっと古かったかもしれません。
どちらかというと、逆カヴァー?の「ワン・レイニー・ナイト・イン・東京」
などが人気だったかも。 うたコン「平尾昌晃メロディー 永遠に」
2017年9月26日(火) 19時30分〜20時15分 NHK総合
▽作曲家・平尾昌晃特集▽ロカビリーから歌謡曲まで時代を彩った名曲の数々
▽出演:アグネス・チャン、五木ひろし、中条きよし、ミッキー・カーチスほか 恋の片道切符を英語でジャズ風に歌ってた
ミッキーさん
そういえばこの曲はロカビリー三人男がそれぞれ
レコード出していたんだった 日本のみのヒットだね
日本人好みのメロディだし、片道切符 俺は「可愛いあの娘」や「恋の一番列車」の方が好き。 カレンダーガールは、唄って似合う人と似合わない人がいた 過疎っているので、クイズ作ってみました
歌詞の一部で、曲名を当ててください
@ そう そう そうそれでいいのよ
A ちょっぴりおセンチで 今はなぜか 変なのよ そんな事が
B 小さな弟 いつも意地悪するの
C どうするどうする お前なら どうするどうする
D われら強者(つわもの)が 敵前上陸
このスレの人達には、少し簡単すぎるかもしれません 瀬高さんが生きていたらいらっとしただろうな、あの発言 またまた過疎ってるので、187の答えです
@ロコモーション
Aすてきな16歳
B大人になりたい
C太陽を探せ
Dアンジェリータ 青山ミッチーの後を追うようにエンケンさんがお亡くなりに 日本語で唄った歌手、どれぐらいいますかね
コニーフランシス、ミーナ、フランスギャル
ジョニーティロットソン、ペギーマーチ、ダニエルドナン、クロードフランソワ
シルビーバルタンのCM、アルマコーガンの歌謡曲
唄ってた気がするけど、はっきり覚えていないのは、
ジョニーシンバル、パットブーン、マージョリーノエル、ジリオラチンクエッティ
誰かいたら教えてください スーザン・モーンの「ブルーナイト・ヨコハマ」が気になる どなたか、スパーク三人娘のラストコンサート、行きましたか
どんな感じだったか、知りたいですね
残りので、行くかもしれません 自分もそうだけど、ここの住人はほとんど
中学で英語を覚え始めた時期と、カバーに親しんだ時期が重なっていると思います
「悲しき足音」や「恋の片道切符」の作詞家、ハンク・ハンターが亡くなりました
「フットステップ」などは、中学英語では覚えられない言葉でした
懐かしい。ご冥福を。 悲しき足音」はユーミンの「冷たい雨」の元歌だよね。
「スティーヴ・ローレンス・悲しきあしおと」でググってみて。 足音…フットステップ
雨音…リズム・オブ・ザ・レイン
少年兵…ソルジャー・ボーイ
「悲しき」の題名で、直訳に近いのは、これぐらいかな
あとは、
片想い→ユー・ドント・ノー、のような、ひねりを入れたのがほとんど 監獄のお姫さまで
しゃれた看守のはからいで〜
が歌われていた ルージュの伝言はカラーに口紅とロコモーション
79歳の可愛いベイビー コリーン・ラベットの「帰らぬ少年兵」はミコちゃんが
カバーしているけれど
原曲が凄すぎたから越えることはできなかったかな
「悲しき少年兵」と同じで日本だけの独自ヒットだった
あれはシャングリラスの「家へは帰れない」の手法に似た曲だね この季節はテレビの音楽番組でクリスマスソング歌うことがあるから
漣さんとかの名前が出てきたりしてちょっとうれしい 平尾さん、生きていたら80歳の誕生日
陽気にジングル・ベルと行きましょうか
しっとりと別れのワルツ(蛍の光)の指揮を添えて 平尾さんと数々の曲でタッグを組んだ作詞家の山口洋子さん
平尾さんのロカビリー時代の追っかけやってたんだね 由比さおりのマシュケナダとか八代亜紀のヒットロードジャックのような
誰もが知ってるメロディーのありましたら教えてください
以外な人が歌ってると嬉しいです >>211
質問の意味が、わかりにくいけど
現役の人気歌手が、古いポップスを唄っていて
しかもそれが有名な曲、ということ? クワイ河マーチの、サル・ゴリラ・チンパンジーを思い出した・・・
ゆかりさんは来年でデビューから60年になる
サントリー胡麻麦茶のCMでは大脱走マーチが使われてるね 50's、60'sのカバーポップスを語るスレではスレチになる気もするけれど
歌い継いでくれている人がいるということで語るならいいのかな
前川清がオールディーズカバーのアルバム出しているね、日本語カバー率が
低くて原詩で歌っているものが多いけれど
内山田洋とクール・ファイブ時代にも
ニール・セダカの「きみこそすべて(You Mean Everything To Me)」のカバー
「恋さぐり夢さぐり」
エルヴィス・プレスリーの「I Want You,I Need You,I Love You」のカバー
「夢待ち人」なんてのも出している >>212
211ですがすみませんレス遅くなりました
そうですねJazz等を下敷きにした洋楽ポップスを日本人の意外な人が歌っているという意味です
八代亜紀さんは演歌の方ですから、そのような意味合いです >>214
ありがとうございます!
前川清さんですか!意外すぎます。面白そうです探してみます! 小柳ゆき「Lovin' you」→「レモンのキッス」
オレンジレンジ「ロコローション」→「ロコモーション」
こういう変化球系の曲もあったら知りたい 今日は大瀧詠一の命日
「さらばシベリア鉄道」の歌詞にある通りに「十二月の旅人」になった
元歌の「霧の中のジョニー」といえば、克美しげる
この曲も漣健児の訳
意外と漣作品が多かった 1月 訃報・青山ミチ(ヴァケイションなど)
2月 訃報・瀬高明(ジプシー・ウーマンなど)
3月 訃報・かまやつひろし(ティーンエイジ・ブギなど)
4月 訃報・ペギー葉山(マンボ・ロックなど) 訃報・曽根幸明(サニー曽根、藤田功)(ローハイドなど)
5月 訃報・北原じゅん(作曲家、エレキ番組審査員)
6月 訃報・鈴木カツ(音楽評論家)
7月 訃報・平尾昌晃(監獄ロックなど)
8月 スパーク三人娘としての活動終了を発表
12月 デューク・エイセス解散
その他
チャック・ベリー、ファッツ・ドミノ、ハンク・ハンター訃報など
あとよろしくお願い致します 「カウライジャ」→「星は何でも知っている」→「夜空」 奥村チヨ引退
最初に登場したのは、シルビーバルタンの「わたしを愛して」でしたね 和製シルヴィ・バルタン
東芝からコロムビアに移籍したミコちゃんの
穴埋め的存在というか、初期の歌い方はミコちゃんだった フレンチポップスのカバーは中尾ミエが一番いいな
中途半端なベストしか出てないからこのあたりの楽曲が
埋もれてしまっていて悲しい フレンチポップスの話題をしていたら
フランス・ギャルさんの訃報が 学年だとゆかりさんと一緒、1947年の昭和22年生まれ
フランス・ギャルのカバーは中尾さんが一番多いみたい
4曲かな
夢みるシャンソン人形
恋はおとなしく
涙のシャンソン日記
すてきな王子様 レコード大賞、録画していたのを見ていた
ペギーさんの紹介でシャンソン歌手と紹介されていた
細かいことだけど、シャンソンも歌っていたけれど、シャンソン歌手ではない
んだよね
何か紹介をつけるとすると、ポピュラーソング歌手とかかな
本当に細かいことなんだけど、ちょっと寂しくなった
フランス・ギャルの訃報はネットでも大きく出てる
夢見るシャンソン人形はカバーもよくされているし、CMとかでも起用
されている普遍的な楽曲だから認知度は高いね フランスギャルのcdでも買おうと思っていたら
亡くなった フランス・ギャル
たどたどしい日本語で歌った
夢みるシャンソン人形(岩谷時子・訳)
すてきな王子様(安井かずみ・訳)
の2曲が入っているベストCDがすでに発売されているからお買い求めです
今月、紙ジャケでボーナストラック付きのアルバムの復刻もあるようです
夢見るシャンソン人形+2にはこの日本語版の2曲がボーナストラックで入ります
ほりまさゆきに続けと、
カバーポップス歌手のシングルベストやアルバムの復刻もお願いしたいものです 夢見るシャンソン人形はアイドルの虚しさを歌った歌
歌唱力のある人間が歌い上げたからといって、曲は生きないと思う
もちろんミコちゃんや中尾さんのものもいいのだけれど
原曲のアンニュイな魅力にはさすがにかなわない
なにげに細川ふみえヴァージョンが良かったりもする
涙のシャンソン日記は中尾さんのがいい味を出している
安直な邦題だけど 金子由香利って2010年に引退してたんだね
知らなかった マージョリー・ノエルは2000年に亡くなっているね
同じ年にミッチー・サハラさんも 何年か前に、レスリー・ゴーアやアンディ・ウイリアムスが亡くなっている
自分にお迎えが来るのはいつか、この頃からよく考えるようになったけど
最近、はしだのりひこ、フランス・ギャルと立て続けに同時代歌手の訃報を聞いて
もう自分にも明日すぐにでもやってくるべく、身も心も備えようと改めて思っている
長らく聴いていない曲も多いから、時々は触れたり
そういうささやかな楽しみで、余生を過ごしますかな 飯田久彦
悲しき街角
花咲く街角
さらば街角
ルイジアナママ
コーヒーデート 「さらば街角」は飯田久彦盤はなかったような
倉光薫だけかな
ひよっこの「若い広場」
歌詞の「シルエット」「ハートがドキドキ」はハーマンズ・ハーミッツ
「愛の言葉を」はミコちゃんの曲のタイトル
「ベルベット」はチャコちゃんもカバーした「ブルー・ベルベット」
ポンポンポンというのはよくありがちなメロディーだけど
コーデッツの「ミスター・サンドマン」を真っ先に思い出した デル・シャノンには、「街角のプレイボーイ」という曲もあった
あまりヒットせず、たぶんカバーもされなかったと思う >>234
飯田久彦懐かしいな
ポケットトランジスター
トランジスターシスター
という曲もあったな 悲しき街角はうっかり八兵衛さんも歌っていた
ハッピーバースデー セブンティセブン〜 中尾ミエ Vチョコ
弘田三枝子 ルックチョコ
九重祐三子 ロッテガーナ
ミエさんのVチョコは、すごい勢いで、CMもガンガン流れたけど
一年ぐらいで見なくなった
ルックとガーナは長寿 森山加代子
月影のナポリ
月影のキューバ
シンデレラ
弘田三枝子
子供じゃないの
素敵な16歳 上原ゆかりで思い出したが
「可愛いベイビー」の後藤久美子(初代)、あの子今どうしてるんだろう
55年ぐらい前だから、60歳前後か >>241
ミコちゃんの「子供じゃないの」は当時は「子供ぢゃないの」という表記だったね
「すてきな16才」という表記は今も昔も変わらない >>242
後藤久美子
ゴールデンベストが出たのはびっくりしたけれど
コロムビアはチャコちゃん、金井克子、松島トモ子とか
2枚組ベスト出してくれてるね
でもトモ子ベストにシンデレラ入れなかったのはあり得なかった
佐川満男(ミツオ)も2枚組にしても良かったのに
今は幸せかい以降の楽曲より先に初期のベストが出たのも
びっくりだったけれど BS-TBS
SONG TO SOUL〜永遠の一曲〜
1月21日(日) 23時00分〜23時54分
「ダイアナ」ポール・アンカ▽オールディーズの名曲を本人が語る
「ダイアナ」は1957年に、カナダ出身のポール・アンカが歌い、大ヒットさせたオールディーズの名曲。
全米・全英No.1を獲得したほか、世界中で900万枚以上のセールスを記録したといわれている。
プロのソングライターとプロの歌い手が分業でレコードをつくっていた当時、ポールは16歳にして、
自らこの曲を作詞作曲し、歌った。この曲の大ヒットで一躍、人気者となった彼は、続く「君は我が運命」、
「ロンリー・ボーイ」などでスター街道を上り詰めていく。曲のタイトルとなっている「ダイアナ」は、
思春期のポールが出会った女性の名前だという。ポールにインスピレーションを与えたダイアナとは、
どんな女性だったのか・・・
2016年の再放送 誰が歌っていたかわからないが
大人になりたい
夢のデイト
伊東ゆかり
悲しきクラウン
恋の約束
バケーションは弘田三枝子と伊東ゆかりだったかな
藤木孝
240000のキス 24000は平尾先生バージョンもねっとりしてていい 元祖沖縄アイドルの沢村みつ子さんは10年前の2008年に
お亡くなりになっている 「オールディーズがやって来る」は良コンテンツだった
コーラスグループ勢ぞろいだった回が良かった
「ザ・プラターズからザ・ピーナッツまで」
ダーク、デューク、ボニー、スリー・グレイセス、キング・トーンズ・・・
ダークさんはマンガさんが抜けて3人だったけれど
デュークさんは吉田さんや飯野さんがまだいて
ボニーさんは大町さんもいた
あれは2000年あたりの放送だったのだろう
グループを存続させていくのも大変
プラターズも色々とトラブルがあったようだね 懐メロのように感動的にお金持ちになれるのはなぜ
グーグルで検索⇒『羽山のサユレイザ』
VFK07 1958年2月8日は第1回日劇ウエスタンカーニバルが開催された日
それから60年、記念すべき年
http://d.hatena.ne.jp/chocoramastudio/20111028/1319798061
なぜウエスタン・カーニバルの前に日劇が入るのかというと、ウエスタン・カーニバル自体は
昭和28年(1953)から東京ビデオ・ホールにて年二回づつ開かれ、日劇で行われた前年秋には
計八回目となるウエスタン・カーニバルが開催されている。日劇が会場になったのは初めてと
いう意味で、正確には第一回日劇ウエスタン・カーニバルとなる。東京ビデオ・ホールでの
ウエスタン・カーニバルはその後も継続的に続けられて、日劇と区別するためにビディオ・
ウエスタン・カーニバル(当時の表記)と呼ばれた。
第一回日劇ウエスタン・カーニバルでは寺本圭一がクレジットのトップになっている。
ロカビリー三人男として知られるミッキー・カーチス、山下敬二郎、平尾昌章は名前が
離れていて、最初から三人男として売り出されていた訳ではないことを示している。
出演者としてクレジットされているのは他に岡田朝光(ウェスタン・キャラバンのボーカル)、
関口悦郎(清川虹子の息子)、中島そのみ(後のお姐ちゃんトリオの一人)、朝比奈愛子
(雪村いづみの妹)、水谷良重、羽鳥永一。羽鳥が罫線で隔てられていて別扱いなのは
日劇所属のダンサーであるため。また水谷良重もナカグロ(黒い点)で他の出演者と
別扱いになっているのは、東宝宝塚劇場の火災で出演していたミュージカルが出来なくなり、
ウエスタン・カーニバルに急遽出ることになったためで、この出演者中もっとも一般的に
知名度が高かったのは寺本圭一ではなく水谷良重である。水谷(女優・水谷八重子の娘)は
当時、伊東深水(日本画家)の娘である朝丘雪路、東郷青児(洋画家)の娘、東郷たまみと
三人で七光会を結成し歌手活動に力を入れていた。 岡田朝光さんがダイアナとか歌っている映像があがっているね
真っ白なおじいさま ヘイ・ポーラ、けんかでデイト、素敵な新学期の
ジャケットと曲が流れた
スタジオでヘイ・ポーラをデュエット カバーポップスが陽の目を見るのはこの先もないのだろうな
ルーツなのに
本当に寂しい 2か遅れのミコちゃん
ハッピーバースデー〜セブンティー・・・
ミッチーが生きてたら今日が誕生日だった
そして明日は記念すべき日 坂本九が「悲しき60才」「すてきなタイミング」を歌ってた頃が懐かしい ホキ徳田さん、まだ生きていた!
なにげにホキさんも漣作品を歌っている
ミーナの「別離」
歌手としてよりもいただきますの印象の方が強いけれど 歌手としての記憶は全くないけど、いただきますは薄っすら覚えてる。 梅木マリというブスな歌手もいたっけ
鈴木やすし、木の実ナナのホイホイミュジックスルールにチョイ役で出てた 想い出のダイアナというのもあったが
涙のテネシーワルツという曲もあった ポールアンカが初来日したとき、素行の悪さで一気に評判を落とした プレスリーカバーは清野太郎の「冷たい女」が一番好き
訳詞もいいと思う
和製プレスリーといえば佐々木功やほりまさゆきもいいけれど、
60年代デビューだからちょっと出遅れ感があるね
清野はその後アメリカに渡ってプレスリーの前で歌も披露したこと
ある人だよね
初期の音源はCD化されたけれど、サヨナラ・エルヴィスもCD化してほしい 日本で初めてプレスリーをカヴァーしたのは小坂一也だろ 昔のソノシート付きブックで洋楽がよくカヴァーされてたが、大抵ダークダックスみたいな
グループがビートルズをやったりしてて原曲のイメージぶち壊しだった。
唯一ケーシー浅沼という人のプレスリーのカヴァーが雰囲気出てて上手かった。 手頃な価格なんで買ったら写真だけは本物を使い中身は別の楽団、歌手だった
ソノシートが流行った時代が懐かしい ケーシー浅沼さん、チキチキマシン猛レースの人だね
小坂さん自身がプレスリーとかのロックンロール系の曲は
自分の声質に合わないからあまり歌いたくないと言っていたような
やはりカントリーの人だからね >>275
パット・ブーンやコニー・フランシスは、評判よかったね
小坂一也といえば、ライフルマンの主題歌 仕事欲しさに愛人を殺した克美しげる
カヴァー歌手の末路は惨めでブザマだったな 青山ミチはヤクで何度もパクられた出来損ないのアイノコだった ポール・アンカは16、17で自作の曲がヒットして調子こいてしまったのも無理はない
歳をとってから若い頃のことを反省している発言もしている
フランキー・ライモンみたいな一発屋で破滅した短い生涯のような
悲惨なことにならず長く活動できているのは良かったね
ジーン・ヴィンセントの来日も好評だったんじゃない?
東京以外でもツアーやったみたいだよね
兵役の時にけがをして日本の病院に入院していたこともあるという噂もあるけれど
あれは本当なのだろうか?
ジーンの日本語カバーは、雪村いづみの「ビー・バップ・ア・ルーラ」と
スリー・ファンキーズの「ミスター・ロンリネス」くらいだろうか
平尾「ジザベル」ゆかり「月あかりの下で」あたりはジーンのオリジナルではなかったし
英語で歌っているのなら他にも存在しているね ニール・セダカも来日しているんだよ
ポール・アンカとはダンチのお行儀の良さだった ボビー・ヴィーも来日している
そのとき同行したのがドンとボブ二人だけのベンチャーズ ジーンよりも先にワンダ・ジャクソンが来日しているんだよね
本格的なロカビリー歌手が来日した最初だと思う
ジーンとワンダは同じレコード会社に所属していたし、ワンダの
フジヤマ・ママのヒットがなかったらジーンの来日もなかったのかもしれない
今なら大炎上するような歌詞の楽曲が若いロカビリアンにも歌い継がれる
スタンダードナンバーになっているんだから皮肉なもの ボビー・ライデルも来日しているぞ
当時のアメリカで人気のあった青春歌手だった ボビー・ライデルはヒナヒナした感じのヤサ男だったな
でも声量があった
フォー・ゲット・ヒムは全米5位にランクインされた彼最大のヒット曲 言うまでもなく日本での代表作は「ファンキールックのお嬢さん」
競作だったけれど、中島潤まで歌ってたとは!
マイウェイの訳詞でお馴染み
「青春スインギン・スクール」「星空の花売り娘」・・・懐かしい カントリー&ウェスタンから転向して流行歌手になったのが北原謙二と城卓也
それぞれ一発屋で終わったが 北原謙二のカヴァー曲では「北風」がいいね
オリジナルはモノラルだけど、北原のはステレオだし カバーでも歌謡曲でも1発も飛ばせない人が
いっぱいいるんだからどっちか当たれば大成功 パパはニュースキャスターではじめて見た藤木
コメディ路線の人だと思っていた ジェリー藤尾なんていう歌手もいたっけ
坂本九とよくテレビ、映画などで共演していた
二人とも故人になってしまった >>307
亡くなったのはジェリー伊藤でしょ。伊藤さんと英語であそぼで共演してた
ミクも若くして亡くなったけど。 とん平のヘイ・ユウ・ブルースはミッキーさんのプロデュースだったのか 紅白出場歴のある
島崎雪子、河野ヨシユキの誕生日
鹿内孝の77歳の誕生日でもある >>314
'50s〜'60sでもなければカバーポップスでもない 平尾さん=作曲家、音楽スクール、審査員など
ミッキーさん=プロデューサー、俳優、落語家など
二人は業界で生き残るためにいろいろやっていたけど
敬ちゃんは自身が歌う以外に何か副業とかやっていたのだろうか
歌だけでは食っていけなかったと思うんだけど カヴァー歌手から演歌歌手、俳優、タレントに転向して食って行けた人はマシ
そのまんまで消えた人、人殺しに落ちぶれた奴もいた そんな克美しげるの命日がやってくる
聖者になんかなれなかったけれど行進しよう 紀本ヨシオなんていう歌手を知ってる人は相当な年配だぞ 紀本ヨシオって
♬海に行こうよ サマーホリデー の人か? 「サンキューダーリン」をカヴァーしたカヴァー歌手だよ 「シェリー」のフォーシーズンズの映画、今やってるよ
当時のポップスファン必見ですね 尾藤イサオもプレスリーのカヴァーで売り出した歌手
TVのスパークショーでワンナイトを歌っていた 健康そのものの尾藤さん、目の病気だったんだね
今は元気だからいいけれど、衰えてヨボヨボになった尾藤さんは見たくないなぁ 和製プレスリーの佐々木功はまだ生きてるのだろうか? 大脱走マーチがCMで使われているから紀本さんを思い出すね 乾杯トークそんぐで北風歌っている映像あった
倒れる少し前だよね
胸が熱くなった >>326
ジャージー・ボーイズはもう何年も前の映画だよ
ブロードウェイでその前にミュージカル化されていたし
日本で舞台化もされている
今年も再演があるよ
当時の日本には和製フランキー・ヴァリのような人は
いなかったね
シェリーのカバーも九重、ピーナッツ、伊藤アイコなど
女性歌手だけだった サザンオールスターズ「いなせなロコローション」に
フランキー・ヴァリが出てくる
オールディーズ讃歌 アストロノウツの「太陽の彼方に」に歌詞をつけて歌った藤本好一というヘンな歌手がいたな 田川譲二の「太陽の彼方に」はアストロノウツの演奏にそのままヴォーカルを
のせるという暴挙だったっけ。 藤本好一はお行儀の良い青春歌謡歌手っぽかった
田川譲二はかなりのワルだったようだね 伊藤素道とリリオリズムエアーズというコミカルなコーラスグループがいた
リトル・ダーリンをカヴァーして面白おかしく聞かせてくれた
忘れられないのがローハイドにおける鞭の効果音にスリッパを使って笑わせた >>340
Tボーンズの「真っ赤な太陽」にも、歌詞がついていた
この手の曲は、英語の元歌詞があったのかどうかも、よくわからない >>344
「夢見るシャンソン人形」の「た」を「ら」で唄ったのもその人たちだったかな
わらしのうらは、誰でも聴けるわー
みんなわらしの すがらも見えるわー ザ・ヒットパレードの映像、残ってるのもあるんだね
後期のミコちゃんの人形の家、画質悪かったけれど
貴重なものが見られた
当時の映像がきちんと残ってたらなぁ
さすがに生まれてないからリアルタイムでは見ていない ワンマン社長だったくせにいい人扱いして持ち上げ過ぎだった うちの地方にフジ系のテレビ局ができたのが69年の終わり頃で、その時は
まだザ・ヒットパレードやってたんだね。見た記憶がないから、ネットされて
なかったのかもしれないが。 系列局で遅れて放送されるときはダビングしたビデオを送っていたらしい
地方局に捨てられず残ってないもんかねえ 中尾ミエ、園まり、伊東ゆかりの三人娘のなかでは
やはり園まりがいちばん可愛かった 鈴木やすしは愛嬌あるキャラで役者としてもうまくこなせた 勝ち抜きエレキ合戦の司会をしていたのが鈴木やすしだった
外人バンドに対しても英語で対応していた 鈴木やすしが単身で訪米したときのエピソード
ヘンな場所に迷い込んしまったとき、数人の不良アメ公に囲まれてしまった
とっさに「俺は空手を教えにアメリカに来たんだ、なんならお前らにも教えてあげようか?」と身構えたら慌ててアメ公たちが逃げて行った
その当時から空手は知れ渡っていた 救いようのない青山ミチを、いつもかばっていたのが
後輩ハーフの泉アキだったな
ヒロシーーーーー オンリーと呼ばれていた女性たちだね
シナトラの「オンリー・イズ・ロンリー」も、この頃の曲だったかな 白人や黒人の混血児はすぐ分かるが、朝鮮人との混血は分かりづらかった
でも、ブサイクな顔と言動ですぐ分かった ノーキー・エドワーズ、死去
上の方でボビー・ヴィー来日の話が出てたね
ノーキーも含めたベンチャーズが来日したのは1965年か
wikiより
初来日は1962年のことで、ドンとボブの2人が東芝音楽工業(のちに東芝EMI)のイベントに参加し、
ベースとドラムは日本人が担当した。ボブの回想によると、ベースはなんとウッドベースで、
「とにかく何もかも滅茶苦茶だった」とのことである(ほとんど演奏できなかったために結局ドンと
ボブ二人だけの演奏にすぐ切り替えたという)。ちなみに同時に来日したのはボビー・ヴィー
(後に共作のアルバムをリリースする)、ジョー・アン・キャンベルであったが、観客のほとんどは
日本側の出演者であったスリーファンキーズのファンだったという。
当時のアーティストの来日なんてこんなものだったんだろうね
そして、ジョー・アン・キャンベルが来日してたとは、びっくり! 追記
当時四人ではなくドンとボブ二人だけの来日となった原因は、日本側が用意したギャラが
二人分しか用意できなかったためである。
そういえば、ジョニー・アリディが昨年末に亡くなっていたことをつい先日知った
日本で当時カバーされたのは「甘い暴力」平尾昌章くらいかな
フランス語や日本語はロックとは合いづらいものだったのを、先人たちが苦労したことが
今に受け継がれているんだよねぇ プレスリーから影響を受けたリーゼントヘア
当時は不良扱いされた CD化されていないカバーポップスでCD化してほしいものを
教えて下さい 敬ちゃんの発売当時の「恋の片道切符」はCD化されてたんだね
知らなかった
B面の「褐色のブルース」はされてないよね
このカップリングは平尾さんと同じだね「恋の片道切符/黒のブルース」
ミッキーさんは雪村さんとのデュエットでB面が
「おゝキャロル」
これは当時のニール・セダカのシングル盤と同じカップリング >>376
そんな呼ばれ方、ほんとにされてたの?
共通点がほとんど見当たらないけど
「悲しき願い」と「朝まで待てない」では、落差がありすぎる 命日命日とうるせえ野郎だな
人間は年をとるとみんな死んで行くんだよ
しつこすぎるよ、てめえは ああやってアップすることでカバーポップスが再評価でも
されればいいけれどそんなこともないし
ただの自己満足だよね
必死にコレクションした人間にとっては、本当に不愉快 ただただ文句を言わずに自ら話題を出す
そうしないとただの終わったスレになる
題名のない音楽会で「カバーポップスの音楽会」というのを
やっていたね
https://twitter.com/i/web/status/974858304324161537
50〜60年代は日本に欧米の音楽がドッと入ってきた時期
クラシックがベースになった曲も結構あるんです!
クラシックベースのカバーポップスってどんなのがあっただろう?
有名どころだと、ピーナッツがカバーした「情熱の花」
麻生京子の「ハンガリア・ロック」なんてのもあるね カヴァー全盛時代は才能ある作曲家がいなかったし
アメリカンポップスをコピーしてたほうが楽だもの 元々は、渡辺プロ社長のアイデアからブームになったんだね
結果的にカバーポップスは、日本のポピュラー音楽が成熟するまでの、つなぎ役をはたした
まあ、今の音楽の現状を見て、成熟しているかどうかは、意見が分かれるけど ♬
シロシロシロシロ クインシロー
月火水木金土日〜 エブリデー毎日飲んだら
やがて色が 白くなってきて
当時は、肌色差別の商品CMがいっぱいあった
ロゼット洗顔パスタとかも
当時のカヴァー歌手でまともな英語が話せたのは雪村いづみだけ 雪村いづみ、「火の玉ロック」含む4曲入り7inchアナログ発売
https://natalie.mu/music/news/266335
雪村いづみ「火の玉ロック〜ゴールデン・ロッキン・フィフティーズ Ep」収録曲
SIDE A
01. 火の玉ロック(Great Balls of Fire)
02. フジヤマ・ママ(Fujiyama Mama)
SIDE B
01. セブンティーン(Seventeen)
02. 恋人になって(I Want You To Be My Baby)
雪村いづみ「火の玉ロック〜ゴールデン・ロッキン・フィフティーズ Ep」
[アナログ] 2018年2月28日発売 / 2160円 / クリンクレコード / NJS721
こんなの出てたんだね これ、レコード盤なの?
だとしたらレコードプレイヤーのない人は聞けないじゃん ホームセンターとかでも普通に売ってるよ、レコードプレイヤー
レコードからデジタルに変換みたいなのも色々とあるし ジミー時田も英語が堪能で訪米したときに日系アメリカ人と間違われたぐらい
流暢な英語を話せた 「ドレミの歌」は言うまでもなくペギー葉山が訳詞して歌ったものが有名だけれど
いくつかの訳詞がある
岩谷時子訳で歌ったのが、宮城まり子
九重佑三子も歌っているが、これもまた別の訳 ラジオ深夜便でカヴァーポップス歌手特集を聞いた
ピーナッツ以外はまだ存命中なので驚いたよ ラジオ深夜便
曲目リストがあった
ロマンチックコンサート ジャパニーズ・ポップス:懐かしのポップス・ヒット・カヴァー
バルコニーに坐って 山下敬二郎
ステキなタイミング 坂本九 & ダニー飯田とパラダイス・キング
月影のナポリ 森山加代子
パイナップル・プリンセス 田代みどり
ルイジアナ・ママ 飯田久彦
恋の片道切符 平尾昌晃
悲しき少年兵 藤木孝
G.I.ブルース ささきいさお
ロコモーション 伊東ゆかり
レモンのキッス ザ・ピーナッツ
可愛いベイビー 中尾ミエ
ヘイ・ポーラ 梓みちよ & 田辺靖雄
霧の中のジョニー 鹿内タカシ
ミスター・ベースマン 九重佑三子 & ダニー飯田とパラダイス・キング
ヴァケイション 弘田三枝子 藤木孝と鹿内タカシは俳優に転向して新境地を見出した
悪役専門だったけど >>401
リアル世代で、しかもあまりマニアックでない人が選んだみたいだね
あとの世代の人だと、こうはいかない ダイアナ、24000、シェリーを外したから
ちょいとだけ変化球 藤木孝の歌いながらのいやらしいアクションが印象に残ってる
ツイスト1、24000回のキス、アダムとイヴの物語などね 選曲を言い出したら、キリがないけど
ヒットの度合いなら
悲しき雨音、ビーマイベイビー、アイドルを探せは入れるべし 悲しき雨音はやっさんヴァージョンが一番好き
ちょっと効果音がオーバーだけれど 「ワシントン広場の夜は更けて」は元々はインストルメンタルだが
日本では歌詞をつけてカヴァーされた
日本人好みの曲だったしね 「アカパルコのお転婆娘」ってオリジナルは誰なんだろう?
あれもなんとなくインストに歌詞をつけているように思える
「若さを唄おう」もベルト・ケンプフェルト楽団のインストで
1番の歌詞の一部分を2番の歌詞の最初に持ってくるという
ワシントン広場と同じパターン使ってるね
どれも漣さんの訳 いしだあゆみは数曲カバーポップス歌っているけれど
その前に「石田良子」名義でもいくつかソノシートで楽曲を残しているんだね
ヘレン・シャピロの「夢見る恋」「子供じゃないのよ」
コニー・フランシスの「かわいいベイビー」「大人になりたい」などなど
聴いてみたいものです ソノシートの世界は奥が深いよね
聞いたこともないような歌手の名前がぞろぞろと出てくる そういえば梅木マリって歌手いたよな
チャールストンでキッス >>414
雑誌で、よく通信販売してたね。4枚200円ぐらいで。
一回だけ買ったことがある
ルート66とかが入ってた レコードを買えなかった貧乏人はソノシートで我慢するしかなかった 東京ビートルズの7inchも出るね
こんなつまらないもの出すなら未CD化の音源を
もっと復刻させてほしいよ ビートルズ公演の前座の内田裕也のアニマルズの歌は意外と良かった
トラブル、とかあの手のタイプの曲だと幾分かマシに聴こえるんだろうね CMソングなら、シルヴィ・バルタン
♬ドライブウエイに春が来りゃ イエエイエイエイ ↑
命日だの誕生日だのにこだわるこのバカ、しつこい ヴァケーションやワンサカ娘と同様の季節ものなら
カレンダーガールに春の日が出てくる
上を向いて歩こうにも春の日が出てくるけど
夏秋とあって冬はないんだね
映画でのみ冬の日という歌詞も歌われている 恋のパーム「スプリング」ス
この胸のときめきを ダスティー・「スプリング」フィールド
春はホント、思いつかない ヴェルヴェッツの「スプリング・フィーバー」は名曲だと思う
誰かにカバーしてほしかった
A面の「夢のお月様」は紀本ヨシオがカバーしたけれど 四月ならなんたってパット・ブーンの「四月の恋」だろ 春はエロの象徴でもある
売る春もあれば、春歌とか春画なんてのもあるし
シルヴィの「アイドルを探せ」も春というワードが
効果的に使われていて、処女喪失を思わせるような内容になっている
日本語のカバーは綺麗な言葉で綴られているけれど あの有名な映画の「太陽がいっぱい」って日本語でカバーされたのだろうか? 旗照夫がまだ存命だとは驚いた
日本におけるジャズシンガーの草分けだった 戦前からジャズはあったんだから草分けではないんじゃない?
存命のジャズ歌手の中では最高齢なのかな、84歳
もっと上の人いそうな気もするけれど
カントリーだと、大野義夫さんとかウイリー沖山さんとかがいる ジャズといえば、当時のふつうの日本人は
洋楽全般を、ポピュラーとは言わず、ジャズと言ってたね 小坂一也が初めて三波春夫に会った時に「ジャズの方はお洒落な服来てますね。」
と声を掛けられたと言ってた。カントリーなのにね。 タモリがフジヤマ・ママとルイジアナ・ママを
かけ合わせたパロディソングやってるけれど
春の歌になっている 戦前からアメリカの洋楽は十把一絡げでジャズといっていた
フランスだけはシャンソンそのまんまだったけど グッチ裕三がNHKの番組でボビー・ダーリンの「Beyond the Sea」
を歌っていて、ジャズ歌手のボビー・ダーリンと紹介していた
ジャズ歌手とよぶのはちょっと違和感あったね
ジャズもレパートリーにはしていたけれど
この曲はラ・メールだから元々はシャンソンだね
ボビー・ダーリンのカバーはいくつかあるね
日本語カバーだと、九ちゃん「おんぼろ汽車ポッポ」
平野こうじ「初恋の並木道」スリー・ファンキーズ「電話に御用心」
尾藤イサオ「匕首マッキー」とかかな
英語カバーだと、ミコちゃんの「マック・ザ・ナイフ」
鹿内タカシ「ビューティフルベイビー」とか エディ・コクランの「バルコニーに座って」
当時のロカビリー三人男がそれぞれ音源を残している
山下敬二郎(渡舟人・訳詞)
平尾昌章(音羽たかし・訳詞)
ミッキー・カーチス(英語詞、実況録音盤)
当時の歌手でエディ・コクランの音源を残しているのは
この曲だけかもしれない 甲本ヒロトが「コクランのズンタ・タッタ」紹介してたとは!
日本盤のB面は「サマータイム・ブルース」
50年代にはこの曲の日本盤って出てなかったんだね
ヒロト 「みんな元気だったかな?甲本ヒロトです。ここからは僕がやります。
まずは一曲 聴いてください。エディ・コクランで、『コクランのズンタ・タッタ』」
コクランのズンタ・タッタ(CHERISHED MEMORIES)/ EDDIE COCHRAN
ヒロト 「エディ・コクランで、『コクランのズンタタッタ』でした。リズムの感じが、
ズンタタッタ、ズンタタッタなので、『コクランのズンタ・タッタ』という邦題をつけた、
担当者に拍手です。原題は『チェリッシュド・メモリーズ』直訳すれば、大切な思い出。
別にこのまんまでも良かったと思うんですけれど、『コクランのズンタ・タッタ』の方がずっと楽しいです。
愉快な邦題といえば、他にも、リトル・リチャードの『あたしゃカックン』なんかも人気だし。
この番組では、ランデルズの『ゴキゲン火星ちゃん』とか、ジョナサン・リッチマンの
『ヘイ、可愛い昆虫さん』とか、色々紹介してきました メリー・ホプキンの「悲しき天使」や
ジリオラ・チンクエッティの「雨」
このあたりが、カバーポップス最後のヒット曲になるのかな
クリフの「しあわせの朝」や「コングラチュレーション」のカバーも聴いてみたかった 11PMの朝丘雪路さんがお亡くなりに
いくつかカバーポップスも残している
初期の音源をCD化してほしい 内田正人という名前に既視感があったのは
キングトーンズか
この人も日大出身なんだね
脳梗塞で倒れてからも活動していたけれど、最近は表舞台から遠ざかっているようだね
昨年愛弟子の新しいボーカルを入れてCD出していたとは 中尾ミエさんの、「おじさまとデイト」は
あれ、日本の曲だったんだね。カバーとばかり思っていた
ザ・ヒットパレードでも唄っていた気がするけど 微妙に時期が遅れるが、雨の御堂筋
一夜限りの昭和歌謡特集
次回 | 8月25日(土) 18:00〜18:30 放送
MUSIC FAIR【よみがえる昭和歌謡の名曲たち】
懐かしいメロディーを秘蔵映像で「恋のバカンス」「ルビーの指環」「時の流れに身をまかせ」「雨の御堂筋」「長崎は今日も雨だった」「また逢う日まで」他
https://www.fujitv.co.jp/MUSICFAIR/ コニーフランシスの「夢のデート」 は 当時伊東ゆかりで聞いた記憶があるんですが、
レコードで出ていたんでしょうか?誰か教えて! >>460
うちの姉がよく唄ってたけど
レコードが出たかどうかまでは
コニー・フランシスのカバーなら
日本人歌手は大体出してると思うけど 「フジヤマ・ママ」がヒットしてしまった60年前の日本・・・
ヒット曲「タキ・タキ・ルンバ」で「長崎のように爆発しそうな尻」 日本法人「誤解を招きかねない」と指摘
世界的なヒット曲「タキ・タキ・ルンバ(原題Taki Taki)」に「尻が長崎のように爆発する」という歌詞があり、
配信するユニバーサルミュージック日本法人の指摘を受けて、歌詞を変更していたことが13日、分かった。
「タキ・タキ・ルンバ」はスペイン語と英語で歌唱されている楽曲。仏出身の米ミュージシャン「DJスネイク」が
9月28日から世界各国で配信しており、歌手のセレーナ・ゴメスらも参加。「ナガサキ」のくだりはスペイン語で
歌われており、原爆の被害を軽視しているとも受け取られかねない内容になっていた。日本法人は配信後に
「日本では誤解を招きかねない」と歌詞の変更を依頼。国内での宣伝活動を見合わせた。
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10月9日発表のミュージックビデオでは「ナガサキ」という歌詞が「サキサキ」に変更されており、今後、
インターネットの定額音楽配信サービス上でも差し替わる予定という。
原爆をめぐっては、人気韓国男性グループ「BTS(防弾少年団)」のメンバーが原爆を描いたTシャツを
着用していたことが批判を呼び、テレビ朝日が9日夜放送の音楽番組「ミュージックステーション」への
BTS出演を見送っている。 すっかり過疎ってしまいましたね
第1回日劇ウエスタンカーニバルから60年
U.S.A.が話題になっても元祖であるカバーポップスに注目が当たることも全くありませんでした それでもクリスマスの季節になると、漣さんなどが訳詞をした
クリスマスソングが歌われたりと、楽曲はひっそりと残り続けます
今年のレコード大賞では山下達郎のドゥーワップCDが賞をもらっていました
当時流行していたロカビリーに反旗を翻すように始まったレコード大賞第1回の
大賞受賞曲が、ポール・アンカの「君は我が運命」を下敷きにした曲だというのは
なんとも皮肉です 伊東ゆかりは一通り復刻されましたが、その中に
「夢のデイト」がないということは、当時は音源を残していなかった
と考えるのが妥当かと思います
この曲の訳詞は当時コロムビア専属の浜口庫之助が担当し、
コロムビア所属の丘優子が歌っています
コニー・フランシスの日本語盤もハマクラさんの訳詞で歌われています
伊東ゆかりの曲を編曲された森岡賢一郎さんや、一緒にお仕事をされていた
前田憲男さんなどカバーポップスの編曲家の方々の訃報もありました ロカビリー映画「女は抵抗する」がDVD化されたことは
今年良かったことでした
ぜひ「檻の中の野郎たち」などもと思います
これからもいろいろと復刻されますように >>460, 461, 463, 466
夢のデイト、丘優子のがつべにありました。懐かしいですね。 「悲しき願い」は、尾藤イサオのカバーが有名だけど
鹿内孝の歌詞が、いつも気になっていた
♬誰のせいでもありゃしない みんなおいらが悪いのさ
の部分が
♬みんなおいらが悪いのか そんな話があるものか
になり、最後は
♬誰のせいでもありゃしない みんなお前が悪いのさ
とくる
どこかで、もう一度聴きたいな 最近ユーチューブでカバーポップスハマって聴いてるんですが、星野みよ子はここで大丈夫?
好きな声で凄く気に入ったのに全然情報が無くて寂しい。
CDも出てないんですかね?
しかも検索したら娘さんのブログで亡くなられたってあるし。 梓みちよさん
有名なのは、「こんにちわ赤ちゃん」や「二人でお酒を」だけど
ここの人たちにとっては、田辺靖雄とマイカップルで唄った
「ヘイ・ポーラ」や「けんかでデイト」が思い出深い曲だと思います
ご冥福を ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています