22-衆-法務委員会-23号 昭和30年(1955年)06月18日
法務委員会委員長 世耕 弘一(世耕弘成参院議員の父)

○小泉純也政府委員

神近先生(社会党)がおっしゃいましたように、日本に住まいたい者を住まわせて、韓国に帰りたい者は返す、こういうふうに参りますと事は最も簡単で、いろいろの難問題が漸次解決をするのでありますが、問題はそう簡単でなく、極端かもしれませんけれども、
六十万と推計をせられる朝鮮_人のうち、日本から母国に帰りたいという者は一人もいないといっても大した言い過ぎではない。
一方向うからは、入れれば、それこそ手段方法を選ばず、命がけでも密航をして、方法さえつけば怒濤のごとくどんどん入ってくる。そしてこちらから強制送還をしようといたしましても、
韓国の政府がこれを容易に受け付けないというところに、人道問題だけでは解決しない大きな国と国との外交問題と申しますか、
もう入国管理局だけでは手に負えない大きな外交問題となってここに横たわっておるのは、私が申し上げるまでもなく、御理解をいただいておると思うのであります。

命がけでも密航をして、方法さえつけば怒濤のごとくどんどん入ってくる。
命がけでも密航をして、方法さえつけば怒濤のごとくどんどん入ってくる。
命がけでも密航をして、方法さえつけば怒濤のごとくどんどん入ってくる。
命がけでも密航をして、方法さえつけば怒濤のごとくどんどん入ってくる。
命がけでも密航をして、方法さえつけば怒濤のごとくどんどん入ってくる。
命がけでも密航をして、方法さえつけば怒濤のごとくどんどん入ってくる。