>>155 何故?

先ず
びぜん よしお
18歳5ヶ月での開幕戦勝利は、現在もプロ野球史上最年少記録
ただし
1952年に創設3年目の広島カープに入団。当時の広島県内の有力選手は
影響力が強かった広島球団後援会の援助をプロ入り前から受けており
大田垣も「他のチームに行ったら承知しない」と脅されていた
1957年に20勝している
やまもと かずゆき
広島県出身の山本は広島入団を切望していたが、同年のドラフト1位で
阪神タイガースに入団(後に監督となる中村勝広は同期)。
1982年15勝8敗26S防御率2.61 トータル116勝130S
余人曰く「個人主義で"阪神の変わり者"」
かじもと たかお
タイトルや記録にこだわるような性格では全くなく、シーズン終盤
最多勝を獲らせるために勝ちゲームでのリリーフ登板を監督から
促されたこともあったが、「他人の勝ち星を奪うようなことは
勘弁してください」と登板を断ったことがある。同様に自身の勝ち星にも
こだわりがなく、現役最後の年に自身の通算勝利数が通算敗戦数を
上回らせるためにリリーフで登板する事を監督が打診しても拒否
したという。雑誌のインタビューで「10-0で勝つより0-1で
負けたほうがいい。勝った負けたより、内容のあるピッチングを
したかどうか、そのほうが自分にとって大事だった」と語っている。
通算254勝は、最多勝利のタイトルを獲得していない選手としては
歴代最多である。

三人とも個性的だけどなあ