暗黒期の阪神ってどれだけひどかったの?
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>>200
そのやる気に欠けているのが暗黒根性が染み付いていた
金本が来てからプロに入った鳥谷はそんな舐めた事は無かったからね 一塁空いてて田村リリーフ→右打者代打→敬遠→次打者右打者→交代 ブクブク太った中込と、これまた太りだした
バルセロナ銀腕・郭李の微笑む2ショットを見て
なんか障碍者手帳5秒前みたいな印象を受けた俺。 2000.5.17対ヤクルト 0−0で9回表・一死一二塁のピンチ
打者岩村は詰まった当たりのセカンドゴロ これを「星野」が後逸
まさか打球が飛んでくると思っていなかったライト「桧山」は三塁を狙った一走を刺そうと送球するがこれが暴投
今度は本塁突入を狙った一走を刺すためサード「ハートキー」が送球するが今度は大暴投
一走に続いて打者走者まで楽々ホームイン
これが世紀のトリプルエラー 星野って星野おさむ、か。
関西でひらがなでおさむに改名するってもはやギャグにしか見えなかった >200
岡田が個人的に嫌ってただけだろ。
今の選手だったら山田のプリンとかマザコンの御嶽海貴景勝とか
どうなるんだよ
確か同じ監督に二度首にされると言う仰天の事態が起きた 同じ監督に二度首にされるwww
ま、悲劇の故障で挫折・・・と
認識させたほうがイイからな。 岡田と浜中って同席の機会とか
あんのかな?
けっこーきついものがあるよな。 >>191
そのときの檜山は
すでに立派に他球団にも恥ずかしくないほどの打者に成長してたしな パチョレック、郭李、オマリーの外国人枠2人問題、通称PKO問題 92年のV逸から長距離砲獲得に走り出したよな
元メジャーの4番とかメジャー通算○○とか
触れ込みはでかくなるけど、どんどん酷くなって行ったw
グレンクールボー→パウエルコールズ→ハンセンハイアット…
93、4年と周り道して結局元の亀新が良いと言うことで
95年負広が再び二人に託し正常化したかに見えたが…
また狂ったように外人獲得に乗り出したな .220 20本 80打点 暗黒
.290 15本 80打点 2003
今の阪神でも2003桧山の方が欲しいだろう >>206
大洋→日ハムと行った先々で合わない近藤貞雄が来た金沢みたいだな (二)和田
(右)亀山
(中)新庄
(一)オマリー
(左)パチョレック
(三)松永
(捕)山田
(遊)久慈
黄金期の西武さながらのオーダーをイメージしてたはずが
亀山が故障し、パチョレックが一気に衰え、松永には一年で逃げられ・・・ そう言えば、オマリーはなんでヤクルトに移籍したんだっけ?
金でスッパ抜かれたわけじゃないし >>212
92年からではなく元々一塁はバース→ウィン→フィルダー等外人長距離砲の席だよ
V逸の原因は新亀が代表する若手の大失速と衰えきったベテラン野手陣の影響が大きかったし
そこで松永を獲得したトレード自体は正解だったと今でも思うんだけどねえ…
あと誤算は八木が翌年から打てなくなったことだな
掛布の後継者とされて長距離砲らしい貴重な存在だったのが
代打屋稼業に落ち着いたのは痛手だった >>218
オマリーは起用方に文句を言うようになって
打率を下げたくないから欠場したいと言い出すなど
首脳陣の手に余るようになったので放出
ヤクルトでも1年目は首脳陣の言うことを聞いたが
2年目はやはりワガママ癖が出てその年限りで解雇
日本最終年となった96年もまだまだプレーできる成績だったのに
拾い手がつかなかったのはオマリーの性格を知っている日本球界は
どこも手を挙げなかったためと言われている >219
例のホームランの影響か
あんなことが勝負の綾になるとは 他の球場なら入っていたのに バースとフィルダーとパリッシュ以後機能していない長距離指定席 >>219
>松永を獲得したトレード自体は正解だったと今でも思うんだけどねえ…
野田とのトレードだろ。あり得ないわ。
あれで投手陣もローテが崩れたし、松永はクソだったし、
野田はオリックスで活躍して日本一になったし、
阪神はトレード下手くそ まあマイク仲田が劣化したから、野田が残って居ても優勝は無理だろうけど、オリックスのポンコツ集めが暗黒を長引かせた >>219
若手中心の層の薄さが露呈していたな
ヤクルトはベテランがそこそこ活躍していた 野田は困ったらフォークという感じで
セの打者には見切られてる感があった。
92年7月は4完投3完封と確変したが、
阪神時代は調子の波が大きく頼りない
イニングイーターだった。
オリ初年度は相当気合い入ってたのと
パの打者が全体にセより思い切りがよく
野田のフォークにも慣れていなかったから。
2年目からは概ね実力通り。
松永とかいう人との年齢差や性格考えると、
それでもありえんとは思うがな。
ただいくら偏屈野郎でも故障しまくった上
1年で出ていくとは誰も予想出来なかったw
その松永とかいう人もダイエーで1年しか
働けなかったし、その後仕官の口もないw
本来は仲田ー藤井で下交渉したけど断られ、
浮いた存在の松永ならwとなったそうだ。
結果論だが仲田ー松永ならよかったかもなw
野田の分は嶋尾が進境著しくアテにしていたが…
バルセロナ銀腕郭李も先発は務まらず、
安達智次郎はフォームが狂い130qも出なくなり、
穴埋めの石嶺も守備負担が衰えを早めたのか早々と
フェイドアウト。左翼への往復すら辛そうだったw >>219
ウィンって当時の野球ゲームで守備力Aだったがそんなに守備上手かったんだろうか う〜ん、俊足のふれこみだったが
あんま覚えてないな。
メインがウインでオマケがオマリー
だったが、ウインは上手くいかず、
オマリーにノイローゼになるくらい
いじめられてたとか聞いたことある。 >>217
場所は奪い取るもの
若手にそういう意識がないのは悪しき伝統 結局長距離砲取って
打力が劣ると思われる亀山や八木を無条件で外すみたいなことしてたけど
この時代の和田亀山関川のミート型は頼りになったと言うことだ
やっぱり92を根幹にした打線をずっと組んでいればな
星野のような強奪が出来ないんであれば >>227
チームメートが餞別で癖を教えてくれてそれを直したのが大きかった。
ヤクルトにはフォークの癖をガッツリ見抜かれてた。 92年に優勝を逃したのは最終盤で大きく負け越したから
でその負け越しは優勝へのプレッシャーで全然打てなくなったこと、
打撃力が劣っていたのは否めないが、仮に打撃力があっても
あのプレッシャーの中で阪神の選手、首脳陣が戦えるだけの
精神力を持ち合わせていなかったから無理 でもオリックスはヤクルトと名勝負を繰り広げたが阪神はただただやられるだけだった >>235
神宮決戦2試合は
見ごたえがあった好ゲームだと思ったけどな >>224
FA権選手になった松永を引き止めてればサードで苦労することもなかったと思うんだがねえ
なんせ怪我で離脱してる時以外はきっちり結果残せてたし >>226
杉浦、角、八重樫
ヤクルトには主力の広澤、池山、古田、飯田に隠れた秦って選手がいたんだが
これが成績以上にいやらしい選手だったのを覚えてるよ 秦はノムに早々と保守失格
言われた奴ってイメージ、
そこそこパンチがあった。 88年にデストラーデ獲得の計画があったらしいがファーストを守らせる予定だったんだろうか
日本シリーズでのファースト守備はかなり酷かったが オリックスは、次のオフにはFA制度が導入されそうという中、地元福岡に帰りたがってる松永をトレードに出したわけで、その辺の事情を考えていなかった阪神がだめすぎるだろ >>234
92年の終盤戦、阪神も優勝を知る真弓や岡田のベテランの経験を生かす手もあったが、
新庄、亀山が舞い上がってしまって統率が取れなかったね
特に岡田は前半に干したから、若手も「今更岡田?」という感じでチームの一体感が
生まれなかった。
対するヤクルトは荒木の復帰を上手く祭り上げて指揮を上げた印象が強かった。 杉浦、角、八重樫なんかを上手く使ったヤクルトとの差が出たな 9 真弓
3 金森
6 高橋慶
4 岡田
5 古屋
8 立花
7 中野
2 吉田博
1 藤本、西川、中田、久保 、中西
92年に働かなかったベテラン打線
これだけ抱え込んで何故いぶし銀的に仕事をする選手がいなかったのか >>233
何でそのクセを同じチームだった時に教えてくれんのよw 94年にやっていたラスタとんねるずで
憲王が毎回負けていて阪神にだぶったなぁ
本戦では1勝7敗(最終回特番で2勝7敗)だっけか
あの入場曲も悲壮感があって格好よかったなぁ グラスホッパーのウボンバ
よゐこ濱口が意外な働きをしていたのも小さい阪神の選手の反骨心に近かったのかも
94はとんねるず、亀山と全盛期で明るくいい時代だったなぁ >>247
ほんまそれ。教えたの和田やったかな。
意味わからんよな。ノムにも「考えて
そうな顔して考えてないのが和田」って
言われてたよな。いくらシフトひかれても
判で捺したように右打ちしてたしw
>>248
いつもの亀山ファン意味わからん。 >249
それしか出来ないんだろ。
引っ張りが出来ない 流してチョコンなんて振り遅れで
一番最低の打撃
最近の右打ちゴロ進塁打信奉も低レベルの表れ さすがになくなって来たのかな >>245
日本ハムからトレードできた角盈男もそれなりの活躍していたからな 月刊タイガースの薄っぺらな
内容と遅っそい記事。
グリーンウェル活躍の記事書いてたのが
締切直前に帰国してしまい、書き直しが
面倒くさかったのか絶賛長文の最後に
「でも、もういない…」とか付け加えて
やっつけ仕事してた。
漫画もNICOのやつは超適当だった。
巻末のポエムおくるやつとかも噴飯w ルパート・ジョーンズ
バース解雇の後に来た外国人だが、バースとは雲泥の差で全然使えなかった 当時の阪神て外人からカモにされてたんじゃね
ちょくちょく向こうにもスカウト行ってたからメジャーのチームからも
バカにされてたんだろ
「日本の阪神て言う弱くて幼稚な球団があるが
あそこは何もしなくても入団金だけで馬鹿みたいな金を出すぞ。お前も駄目になったら
あそこへ行け。あそこはクレイジーだ。クレイジータイガースだ」
相対的にグレンクールボーはよく働いてたものな
その後開幕数試合で去るのが常套になって
「本物の4番」ブロワーズも始めからもうやる気すらなかった 眼鏡とカメラをぶら下げて
皆一斉に同じ物に飛び付く
そう言う間抜けな日本人像を象徴した球団だったな まあ小林繁が
「負けてもなんとも思わないようなカス選手ばかりで、
俺はこんなところじゃ何年もできないだろうな」
って言ってたからな 暗黒では成功した部類のグレンクールボーがいた年ですら最下位だから本物の弱さだった >>256
のわりに94年あたりまでは
むしろ北米外人が孤軍奮闘してくれたんでね?
キーオ、フィルダー、パリッシュ、オマリー、パチョレック
ジョーンズは支配下登録ギリギリのあの時期じゃ仕方ない。大麻が解禁されてたらブライアントが獲れたかも知れんが
96〜2002になるとそもそもハンセルしか名前知らないけど >>262
現状では横浜の方が希望があるけど、阪神には希望は無い 暗黒期とは言っても
選手は好き勝手やれていたし
ファンもそれなりに楽しげだったし
成績悪いから、年俸上げなくていいし
誰も損はしていない 当時WBCがあったら阪神から0人だったんだろうか(2006年まで3年に1回開催だった場合) 藪は防御率は良かった年があるからもしかしたら選ばれていたかもしれん FAの時の片岡に土下座した人知ってるが
入団直後は英雄だったがその後は黒歴史になってた
ほとぼり冷めたと思ったら今度は打撃コーチで大失敗
高くついた土下座だったわと苦笑いしてる >>265
まだ亡命選手が少ないキューバに負けまくってキューバの選手を獲得しまくったかもな 片岡も03優勝に貢献したから一応の成功例と思うがなぁ
FA移籍時はなんというか日ハムの四番打者!という報道ばかりが先走って
片岡のことをまるで3割20本100打点のクラッチヒッターとばかりに在阪マスコミが持ち上げてたからな >>259
グレンがサヨナラホームラン打っているのをテレビで見ていて喜んで大騒ぎしたファンが
それがうるさいと言う隣人と喧嘩になって殺されたことがあったな KEOUGHと書いて
キーオっていうんや。へえ〜
と思った記憶。
あんま関係ないけど
JOHJIMAとか
HOJOHとか
TAIHOHとかの
OH表記もあんま好きやないな。日本独特。
SHINJYOなんてのも。
ローマ字習うときそんなん教わってないで。 >>264
> ファンもそれなりに楽しげだったし
阪神はフロント、現場、ファン、マスコミみんな勝利への執着心が無い
フロントは2位で十分、ファンは最下位でも拍手で応援するし
二流の試合でどんちゃん騒ぎするバカの集まりだ 和田とかいう暗黒時代象徴する地味な選手が割と監督で成功して阪神にしては黄金期を築いた金本が大失敗に終わるとはな
矢野も絶対ダメだろうな そんな大差ないだろう
どっちも優勝はしてないんだから まあ、近年、阪神の新監督は
だいたい4位スタートだから、矢野も来年は4位だろ また原の犬にならなければいいな。
矢野も漢民族系の顔だから将軍気質の原に対抗出来るかも >>273
チュッチュの頃に新戦力が台頭しなかった所為でヤニキが割を食った形に見えるわ。 まあいいんじゃないの
今の制度に優勝なんて意味無いの原爆が証明してくれてるし
3位まで入ったら日本一になったもどうぜん >>272
>阪神はフロント、現場、ファン、マスコミみんな勝利への執着心が無い
それなんだよな、小林繁が阪神に来てそれで衝撃受けたらしい。
巨人は遠征先で負けたら誰も飲みに行くような選手はいなかった、
とてもそんな雰囲気にならなかったらしい。
ところが阪神は負け試合でも平気で誘われる、
小林は最初は断っていたが、「あの野郎気取りやがって」
という冷たい視線に耐えられなくなり、
しまいには自分から誘うようになって節制しなくなったとさ。
「あのまま巨人にいたらもっと現役は長かっただろう」と小林は言ってた。 結局小林は早死したから
彼の考えは間違いだったとってことだろうな >>282
? 何が間違いなんだ?
巨人にいたら引退後はコーチになって安泰だっただろ。 >>281
秋山幸二が西武→ダイエーに移籍した時のダイエーも似たような感じで
秋山は驚いたらしいね >>284
「あの性格」って具体的に説明してくれんかな?
本人が巨人にいたらコーチになってたと言ってたんだが。 本人の意向だけではコーチになれない
のが一般常識なんだけど >>282-283
小林繁は引退後近鉄の投手コーチで梨田近鉄の優勝に貢献しただろ
防御率リーグ最下位での優勝だったけど、逆にいうとやりくりで何とか優勝させた >>285
秋山が西武からダイエーに行った時、試合前の雰囲気に全然緊張感が無くて愕然としたって言っていた
西武ベンチは試合はピリピリしていたのに、ダイエーベンチでは呑気に将棋さす選手が居たというからね >>285
ファンが甘くてぬるま湯でそこそこ稼げるなら、
必死こいて練習して優勝する必要ないからな
だいたい、真面目に練習しても、技術が上達するかどうかも分からんし 96年は開幕戦で斎藤雅にあわや完全試合されそうになったけど当時(全盛期)の斎藤雅って打てなかったの? このスレですら暗黒期の阪神をバカにされると若干ムキになってる奴いるからな
居心地いいだろうあの頃の阪神は >>291
斎藤雅自身が良い投手だったのもあるけど笑えるくらい阪神打線は打てなかったな >>291
斎藤雅自体いい投手だったけど、当時のセリーグには左の強打者が居なかったからね
パリーグならブライアントやデストラーデとか居たけど
ちなみに、97年開幕戦はヤクルト移籍の小早川が斎藤雅から3発打って勢いに乗って優勝した 1985の日本一について小林繁氏のコメントは
まるで他人事だったからな
この人の野球人生ってなんだったのかね 小林の最期は福井県福井市の
愛人マンションで首吊りやったしな。
公式発表は病死やったから日本中で数人
しか知らんけど。守秘義務なんやけど
看護師っておばはんやから言わずには
おれんわな。晩年つーか現役時代から
借金苦で死ぬまで気の休まるときは
なかったろう。恰好つけの権化だしな。 掛布は小林の言動にブチ切れてたからな
正直小林自身にも問題はあっただろう 最期まで“江川事件”に苦しめられた、
巨・神のエースの知られざる素顔
ttps://gendai.ismedia.jp/articles/-/160?page=2
「あの“悲劇のトレード”に際し、小林には慰謝料ともいうべき、巨額のカネが支払われていた。
億単位だったと聞いています。そのカネと人気を目当てに怪しげな連中が群がり、
小林を青年実業家に祭り上げた。結果、巨額の借金を抱えるハメになったんです。
しかも、小林が裏書した手形が出回ったため、取り立てに追われる毎日。
引退会見の時も、借金取りが会場に張り込んでいた。黒塗りの車が数台、待ち構えていたんです」 掛布もそうだけど
下手に金持ってるほどつまんないところに投資して爆死するんだよな
米スポーツ選手の年俸5億以上貰ってた選手の75%が後に
自己破産してるというデートを聞いて唖然としたわ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています