プロ野球史上唯一の記録・人物 [無断転載禁止]©2ch.net
>>291
じゃあ「嫁の存在が原因で二度も監督をクビになった男」でいいな 選手監督として南海、ロッテ、西武、ヤクルト、阪神、楽天に在籍
このうち最初と最後に在籍した人物は唯一 あと選手としても監督としてもそれぞれ三球団以上在籍
にもかかわらず選手としての球団と監督としての球団が一切重複していない(南海で兼任はあるが) 平成時代(1989年1月8日〜2019年4月30日)の最多勝利記録(1,053勝)監督でもある。 丸佳浩って4年連続ポストシーズン4連敗で終わった唯一の選手じゃね?
リーグ戦でも4年連続4連敗(以上)って殆どいないと思う >>12
一人じゃないぞ。
2000年6月に五十嵐章人がやってる。 岡田源三郎(名古屋金鯱軍)
唯一の19世紀生まれのプロ野球選手 今プロ野球が消滅したら唯一の記録になることはあるのかな? >>313
令和の時代の記録なんかだと、該当するものが多そう
(例:令和唯一の日本一…ソフトバンク) >>297
ベーブ・ルースの遺体はヤンキー・スタジアムで安置されファンに公開された 死因は不明な選手がゴマンといるから唯一とは断定できない ホームレスになった人いたよね
あの人最後どうなったんでしょうね 打撃三部門いずれもキャリアハイの年にはタイトルを逃し、
そうでない年にタイトルを獲得したのは、青田昇だけ
ちょっと微妙なのは山本浩二
1977年に44本塁打113打点(いずれもキャリアハイ)でタイトルを逃し
翌年44本塁打、1979年には113打点でタイトルを獲得
打率はキャリアハイの1980年.336で3位、1975年.319でタイトル ウーゲット・ウービナ(Ugueth Urbina)
イニシャルがU・Uである唯一のメジャーリーガー
ミドルネームを含めるとUgueth Urtain UrbinaでUUU 日本の著名人で思い浮かんだのが宇野ゆう子
反則気味ではあるがw >>325
打撃三部門で無冠ということなら2005年のヤニキもそう
(2004年に打点王になったことはある) >>328
タイトルも三冠取ってないとそんなに珍しくならない気がする 珍記録
昭和初の天覧試合勝利投手
巨人 藤田元司
平成最後の勝利投手
阪神 秋山拓巳
歳の離れた高校の先輩後輩 五十嵐(ロッテオリックス)
全ポジション守って全打順で本塁打 現段階での「史上唯一の○○」
涌井あたりはたくさん持っていそう >>27
今は規則が変わって、
全く同じことが起こっても勝星かセーブのどちらか(たぶん勝星だと思う)片方しか記録されないんだよな。 北京五輪の野球日本代表&東京五輪の野球日本代表:田中将大
もっとも、五輪が去年予定通り行われていれば、田中は日本代表になっていなかったんだよね オリンピック金メダル
WBC優勝
ワールドシリーズ優勝
このウルトラワールドベースボールグランドスラムを達成した野球選手はいるのだろうか >>339
アメリカが金ならロバートソンが達成していたんだけど 高校野球優勝
プロ野球日本一
MLBワールドチャンピオン
WBC優勝
これは松坂だけだけど次の達成者が出るのは相当先になりそう イチローと大谷両者のチームメイトになった唯一のメジャーリーガー…ジャスティン・ボーア 外木場
完全試合1回
ノーヒットノーラン2回
日米でも居ないだろう ノーヒットノーランでいえばノーラン・ライアンの7回も多分唯一無二 >>339
サッカーでいうと五輪金メダルとW杯優勝と欧州CL優勝が該当するかな?
最も惜しかったのは五輪だけ銀メダルだったプジョルとシャビで
現在はメッシとネイマールにも可能性はあるが・・・ >>345
ドジャースのコーファックスが
完全1回ノーノー3回 >>344
ルイス・バルブエナ
2008年 マリナーズ
2018年 エンゼルス >>269
宮崎敏郎だろうな。
盗塁どころか、企画すらない。 >>347
サカ豚って聞かれてもいないのにすぐ球蹴りの話題ブッ込むよね 巨人のショート強肩河野和正?は19741試合三回三塁打を打ってるけど
これってメジャーでも無い記録かも知れないよ >>356
園川から全打順本塁打達成弾を打っただけだよな 「いや、僕一人で全打順打たれたわけじゃないですし」 国鉄とか大洋とかがやってそうな気はするが作業量多すぎて調べる気にはなれない 初年度の楽天でさえも、1回だけ同一カード3連戦3連勝はやっているからね
しかも交流戦で >>361
マジかそんなに遡るのか…
仮に初じゃないとしてもヤバイ記録なことに変わりは無いな…
>>362
コロナ禍で日程やルールが特殊で3タテしにくいっていうのはあるかもしれんけど他はやってるわけだから言い訳にならんわな >>361
オレもそういった理由だから聞きにきたのに…
そこをなんとかオナシャス!! >>364
令和から平成元年くらいまで遡って力尽きた
昭和の分を誰か頼む >>360-365
その手の記録は2リーグ分裂直後の暗黒球団から調べるものだろ
ざっと2689web見た限りで見落としあるかもしれんが
1950-52年の近鉄と1950-51年の大洋、広島が該当
1950年大洋は勝率5割超えて同一カード3連勝なし
1954-59年に6年連続最下位の大洋(洋松)は1955-58年に同一カード3連勝あり
1959-61年に3年連続90敗した近鉄は1960-61年に同一カード3連勝あり
(103敗した1961年でも同一カード3連勝2回) >>10
違うよ
戦前の選手で戦後の混乱期に殺人を犯した選手がいたってさ >>366
弱体化してからのロビンスとかどうだろう 1967年のカープ
3タテ王手をかけたのが7回あったが全敗
これを含めて3連戦の3戦目の勝敗が9-21-3.300
この年のトータルが.362だからかなり酷い 今年はセもパも、2年連続リーグ最下位→リーグ優勝だった
こんなこと、おそらく二度と起きないと思う 問題
本田美奈子のヒット曲「1986年のマリリン」にはJRAのとある調教師が登場するが、それは誰か? 辻本賢人
NPB在籍経験のある選手としては唯一となる「昭和64年生まれ」 あとは、亀田3兄弟(ボクシング)の次男だったか三男だったかも
昭和64年生まれだったはず 三上枝織という声優もそうだったはず
ちなみにAKBの元メンバーは梅田彩佳 マリアノ・リベラ
通算0安打で米国野球殿堂入り(選手として) 二年連続でチームの初優勝に貢献したのは、マニエルだけ?
永尾もだった。 >>396
平成生まれでの完全試合達成者、現時点では佐々木朗希が唯一だよ
ただ、この先2人目の達成者が出てくる可能性はあるよね 平成は30年間ちょいだから、完全試合が今の周期のままだと二人目が出るかどうかだな(次が令和生まれの可能性も)
むしろ佐々木の二度目のほうが確率高そう 途中出場で1試合3本塁打…石橋貢のみ
連続打席本塁打なしの1試合3本塁打…佐藤輝明のみ それって、1打席目・3打席目・5打席目で本塁打を放った
ということ? >>405
Yes
ちょうど1年前の5月28日だな >>404
>>406
ちなみに、石橋の3本塁打も5月28日の出来事だった
(こちらは1988年) >>405
ある意味2001年のワールドシリーズと似てるな >>410-426
>>390のような荒らし野郎の成れの果てなんだろうね 日米で「ダブル2ケタ(本塁打&勝利)」…大谷翔平
ていうか、今後もまず出てこないだろうよ ドミニカリーグで両軍継投でノーノー達成(スコアは2-0)
NPBでは山部と竹下が二軍でやったことでも有名だけど、世界でも公式戦では例のないとか
紹介されたこともあったの見たから、とりあえず唯一ではなくなった。 それ言い出したら、このスレにあるほとんどの記録が世界のどこかのマイナーリーグで達成されていることにならないか? 3球団で最多勝の涌井、楽天から中日へトレード
4球団で最多勝成るか 50代の投手が現れることなんて、そうそう無いだろうからね 2009年&2023年のWBC世界一メンバー:ダルビッシュ有 金田正泰は選手に暴言吐いてぶん殴られてやめた唯一の監督かな 選手を殴る監督は大量にいるが、
監督を殴る選手は権藤正利くらいでは?(乱闘で手を出すケースを除く) 通算100勝以上で消息不明のことこそ史上唯一かもしんない ジェイソン・ケンドール
現役最終年に二桁盗塁した捕手
多分唯一 >>454-455
生死も不明なのか
これだけの元選手がもし逝去していたのなら、新聞に
訃報として掲載されてもおかしくないよね 涌井秀章はこのままローテ守れば最多敗はほぼ確定
「4球団で最多勝または最多敗のいずれか」となれば多分唯一 清原は高卒ルーキーでの規定打席到達者で唯一の3割打者というのも
何気に凄い記録。 原巨人はたくさん日本シリーズに出ながら5戦終了が一度もない
4戦終了 3回 1勝2敗
5戦終了 0回
6戦終了 2回 2勝0敗(どちらもハム、なお現役時代もハムに同じパターン)
7戦終了 2回 0勝2敗 イマイチ名将感に欠ける成績だな
原因は何なんだろう? >>463
何だかんだ言っても、日本シリーズで「同一カード8連敗」を喫したことで
名称(失笑)の化けの皮が剥がれた感じよねw セリーグ連盟歌「ビクトリー」で細川たかしのバックコーラスとして各球団から1名ずつ出て
ヤクルトからは荒木大輔(当時19歳)が参加
10代でレコーディング経験したのって荒木ぐらい? >>59
これって他の投手はバッターで本塁打打ってるって事? >>468
200勝投手は昌以外は全員打者として本塁打を記録している
日米通算200勝だと野茂は本塁打あり、黒田は本塁打なし >>462
ちなみに選手時代も無し
巨人5戦終わりは77と96でどちらも長嶋監督で敗退だが、77は入団前で96は引退翌年 川崎球場時代の大洋に入団し、横浜ベイスターズまでプレーを続けた唯一の選手
斉藤明雄 石井貴の2004、日本シリーズでの勝利数がレギュラーシーズンの勝利数を上回ったのは史上初めて
これってどれぐらい達成が難しいの? 日本シリーズでの通算安打数が公式戦通算安打数より多いぐらい難しい 松本君のように、レギュラーシーズンの勝利数がゼロの場合なら、日本シリーズでの勝利数が上回ることは多いケースになりうると思う
なぜなら、シーズンゼロ勝のピッチャーに中継ぎでも救援でも、シリーズで1つ勝利がつけばいいわけだからね
(それでも稀だと思うが・・・)
石井貴君の場合は、レギュラーシーズン1勝はしていて、シリーズ2勝していること
さらにレギュラーシーズンも日本シリーズも先発登板であるということ
これはかなり稀だと思う
シーズン0勝〜1勝のピッチャーが、シリーズ先発・中継・救援でもいいから
最低2勝はあげないと同記録到達したことにはならないとは思う いそうで思い当たらないのが警官や自衛隊を辞めてプロ野球選手になった人
逆は割といる。引退後警視庁に入った大田阿斗里など
永射は給料が安かった時代に身分を隠して陸上自衛隊でバイトし、有能だったので上官から引き留められた際に実は自分プロ野球選手ですと白状して「現役のプロ野球選手が自衛隊の認識番号を持っているのは君が初ではないか」と言われた
元公務員の選手というところまで広げると高木由一が市役所の野球部出身 ソロムコは駐留米軍兵士として日本に来た後阪神に入団だな
レオ・カイリーらと違うのはソロムコは除隊して軍と無関係になった後阪神と契約している 1994年の郭泰源
勝率1位(.722)かつ防御率最下位(4.98) >>459
結局、昨年は規定投球回数には到達していないが、13敗はリーグワーストだった >>483
現在の規定とは異なりますが
勝率1位、防御率最下位は1967年のパ・リーグ石井茂雄(阪急)が記録済ですね。 >>486
懐かしいですね。2試合とも二死からだったんですね。
当時、2試合連続サヨナラ本塁打が長嶋清幸選手以来と報じられていたのは覚えているのですが、
長嶋選手は1試合目は逆転ですが2試合目は同点からのサヨナラだったのですね。
デシンセイ選手、当時の選手名鑑の抱負欄では、
自身の技術を長嶋一茂選手に伝えるような事が書かれていたと記憶しています。 >>487
記録の話から離れてしまいますが特にこの神宮での巨人戦のサヨナラは劇的でした。
当時話題絶頂の呂外野手のグラブにわずかに触れながらもスタンドインしたんですよね。少しの差でこの夜の主役が入れ替わりました。
映像でも言われていますがこの試合は終始ハラハラで見所盛りだくたさんの面白い試合でした。
ぜひまた全編観たいです。 >>481
お相撲さん辞めたあとにプロ野球選手なったのはロッテの市場がいたけどな >>481
元中日の川崎貴弘や元ハムの荒張はプロ野球→消防士 デシンセイとか長嶋清幸とか懐かしいな
あの頃は二軍選手まで覚えたもんだ
今そこまでの情熱は持てないな >>483
>>485
勝率1位で防御率最下位って、いろんな偶然が重ならないと出来ないよね