「活かす」

開幕の巨人戦を指してヤクルト監督・野村克也は「135分の1ではなく、135分の135」と表現して試合の重さを説明した。巨人は補強に大金を注ぎ
込み、リーグ優勝した戦力の上に清原和博、エリック・ヒルマン、石井浩郎ら新戦力を加えていた。この大補強に野村は「これで監督が森(祇晶)
だったら怖いが」と言って、ライバル長嶋茂雄を挑発した。しかもヤクルトは開幕から巨人、広島、中日の順で当たる計9試合のスタート、開幕戦に
野村は総てを懸けたといっても決して過言ではなかった。例年なら思い切って捨て試合にしていたかもしれなかったが、オープン戦で一番調子の
良かったテリー・ブロスを相手エース・斎藤雅樹にぶつけてナインを鼓舞した。

大試合の主役は年俸3億5千万の斎藤でも、3億6千万の清原でもなく、広島を自由契約になりヤクルトに?移って来た年俸2千万の小早川毅彦
だった。あまりに有名な史上3人目となる18年ぶりの開幕戦での3打席連続本塁打だったが、先制、同点、中押しの3連発は全て違う球種を打った
ものだった。ミーティングでのデータは収集するだけではなく、活かして初めて意味を持つ事を小早川らヤクルトナインが改めて証明した。
小早川の活躍が目立つ勝利だったが、投手でも救援で廣田浩章と野中徹博のテスト生組が仕事を果たし、2戦目でも移籍2年目の田畑一也が8回
2失点の好投で勝利投手になった。

出鼻を挫かれた巨人は最後までヤクルト相手に拙戦を続け8勝19敗、今年は日本一と意気込んでいた長嶋だったが、敵将・野村にはデータと人を
活かすという点で大きく水を開けられた。ヒルマン、石井、ルイス・サントスが期待を裏切り、清原もAクラスすらも厳しくなった9月以降にようやく復調し
9本塁打で30発90打点クリアという様に額面通りの働きとはいえなかった。
総年俸にしておよそ11億円の差を知恵と人使いの妙で埋めた野村ヤクルトに対して、長嶋巨人は翌年以降も退任するまで高橋由伸、野村貴仁、
マリアーノ・ダンカン、ドミンゴ・マルティネス、上原浩治、二岡智宏、工藤公康、江藤智、高橋尚成、ダレル・メイらを次々かき集めた。FA、トレード、
逆指名ドラフトをフル活用する手を緩めなかった長嶋も球団にも、常勝を義務付けられているからか、資金力を頭脳獲得に活かす事に踏み切る
勇気は持てなかった。 (了)