1997年のプロ野球 Part.2 [無断転載禁止]©2ch.net
>>160
その2チームが揃ってBクラスなら、この年以来のことになる。 知り合いから大矢は途中からお飾りで、選手が好き勝手やってると聞いたが
ちなみにそいつは権藤ファンだった この年巨人に移った清原だが、思うように打てなくて苦しんでいた
ところがこの年のオールスターでは猛打爆発 「お祭り男」の面目躍如であった
多くの巨人ファンに「そんなとこよりレギュラーシーズンで打て!」と逆に叩かれていた記憶がある 32本塁打 95打点なんだけどな清原
チームが低迷したから叩かれ具合もすごかった まあ帳尻で稼いだ数字なんて言われたけど
そういうこと抜いて考えても当時の清原はその程度の打者だったよな
パリーグよく知らん巨人ファンが過大な期待し過ぎたな
まあ当時はネット黎明期だし熱心なファン以外は数字よりも名前を
重視してたんだろう 前半戦終了時打率.218だぞ
叩かれないほうがおかしい >>106
説明しろ(eyplain)
と言うつもりが
文句言うよ(complain)って言ったみたいだよ >>166
オールスターは清原の嫌いな内角攻めが無いからなw
本当にわかりやすい奴というか・・・ >>170
この年の清原はグダグダだった印象しかないけど
前半戦の打率そんなに酷かったんだな 当時の週ベ読者投稿欄「何となく似てる」のコーナー
「シーズン終盤で打ち始めて出来高条件をクリアした清原と、3月に集中する公共工事」 8飯田
9稲葉
7ホージー
2古田
4土橋
3小早川
5池山
6宮本 >>173
スペルミスだ
explainです。
そら退場させられますわな >>165
そういうシーズンもたまにはあっていいよね 大阪と名古屋でドームが同時開業して、選手の新陳代謝も進んで新しい時代を感じさせた年ではあった。
台頭組
鈴木尚典
城島健司
谷佳知
井口忠仁
福浦和也
高木大成
大友進
高木浩之
Dマルティネス
Pクラーク
Lゴメス
Nウィルソン
石井一久
趙成a
三浦大輔
川村丈夫
澤崎俊和
黒田博樹
黒木知宏
石井貴
森慎二
豊田清
大塚晶則
岡本晃
没落組
落合博満
辻発彦
広瀬哲朗
松永浩美
Aパウエル
大豊泰昭
斎藤雅樹
今中慎二
紀藤真琴
西崎幸広
Eヒルマン
成本年秀
新谷博
山崎慎太郎 この年ドームに移転した両チームを比べると
近鉄は移転後もあまりチームカラーが変わらなかったのに対して
中日は2年目以降ガラッと違うチームになったよな すごくおもしろい嘘みたいに金の生る木を作れる方法
関心がある人だけ見てください。
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TYU47 「監督・星野仙一」としては初めての最下位だったシーズン ホージーのプルクラヘルメット懐かしい
歌も上手だったよね 本拠地が変わると93年のダイエー、97年の中日みたいに最下位と
低迷するケースが多いが近鉄は3位に浮上 広島は終盤に失速し3位
巨人が1978、1995、2001モードなら高い確率でBクラスだったと思うが… 辛うじてAクラスに留まってくれて良かったよ
何せ、翌年からはBクラスが延々続いたからね… 小早川三連発
桑田復帰
マイケル・ディミューロ
中日、対横浜11連敗
ごっつええ感じ >>192
いろいろあったセリーグに比べると、パリーグは印象が薄くなってしまう 昨日の西武の大逆転ゲームなど、大量点をひっくり返す試合をみるとこの年の近鉄を思い出す 巨人とホークスが低迷すると経済破綻に
陥るジンクスがあるが今年は駿河銀行か!? 「快足新記録」
選手たちにとって球宴の持つ意味合いは様々だ。ペナントレースでは出来ない事を試すもの、前半戦の力試しをする者、未知の勝負を楽しむ者、
自身の名を売るための場とする者など挙げだせばキリがない。一流へのきっかけを掴む登竜門にもなっている球宴だが、92年のヤクルト・古田敦也
は典型的で、史上初のサイクル安打を放ってMVPを獲得すると、社会人出の捕手ながら好リードと2000安打で大選手になった。古田といえば
盗塁阻止率の高さでも際立っていた名捕手として知られていたが、その古田から球宴の場で二盗、三盗を決めたのが西武・松井稼頭央だった。
遊撃手部門でオリックス・小川博文に約11万票の大差をつけて初の球宴出場をファン投票選出で決めていた97年の松井は、前半戦だけで39個の
盗塁に.318の打率といったように実力と人気を兼ね備えていた。“球宴デビュー戦”となった第1戦、全パの二番・遊撃で出場した松井はいきなり
魅せた。初打席はオリックス・イチローを塁に置いて三ゴロ併殺打、しかし二打席目に阪神・藪恵壹から初安打を放つとあっという間に二盗、三盗を
して見せた。「球宴だからアウト、セーフに関係なく走ろうと思っていた」という松井は5回裏の第三打席でも広島・澤崎俊和から中前安打して出塁
すると、ここでも二盗、三盗を連続して快速を披露した。1試合4盗塁は78年の第2戦に南海・藤原満がマークした3盗塁を19年ぶりに塗り替える
球宴新記録だが、松井は翌日の第2戦でも巨人・桑田真澄−古田のバッテリーから二盗を決めて、シリーズ合計5盗塁もまた68年巨人・柴田勲と
78年藤原の4個を更新する新記録だった。97年の球宴は前年にFA退団した清原和博に代わる西武待望のニュースター誕生の瞬間を生み、西武が
松井を筆頭に機動力野球へ転換した事を全国に轟かせた場になった。
盗塁を許した側の古田は当時「ベストの中でベストのものを出せないと刺せない。いい勝負かなと思ったのは2度目の二盗の時ぐらい、本当のトップ
レベルですよ」と脱帽するしかなかったが、再び相見えたその年の日本シリーズでは徹底研究で5戦1盗塁に封じて仕返しをした。古田は西武全体
相手でも3盗塁に抑え阻止率も5割、シーズン200盗塁超の相手でも物ともしないあたり流石はIDの申し子といったところだった。 (了) 阪神はこの年は5位だったが中日のナゴド移転が1年ズレてたら99年コースもあり得た… 中日は最下位だったけど翌年また2位になる所がすごいな まだ野球も凄い勢いがあった時代だったけど
92、3、5、7とヤクルトが隔年優勝するようになってから
段々暗い空気が漂って来た
阪神にはロートルの大豊がやって来て若手のホープ関川が出されるとか
段々今に通じる老害の雰囲気が球界に築かれていた。
そうやって変わって行く様をリアルタイムで見ていながらもはっきり分かって
もう野球に失望してる冷めた自分も居た
時代のスターと位置付けられた松井イチローも好きになれなかった人も多いらしく
興業の大部分はONがまだ担っていた >204
松井稼て凄いんだけど
持ってない雰囲気は当時から分かったね
4-0で屈した日本シリーズやこの連年の噛ませ犬シリーズなど
ヤッターマン石毛とは違って到底チームを勝たせられる選手じゃなかった
晩年まで矢張りwbcなどの大舞台とも縁は悪かった。
段々孤高で個人主義なタイプもこの年代から増えた 決して一人よがりではないんだけど
個人の成績の積み上げに終始してしまって大団円に至らないという傾向選手が増えた。
時代による悲しみだと思う。
顔は矢張り格好良く、youtubeなどで活躍する茶髪の神谷えりなが同じ系統と思う オールスター2戦目の始球式は広末涼子だった
パリーグの1番打者の落合に投げてたな
当時は広末と反町が出てたドラマビーチボーイズも見てたわ懐かしい >>218
そして、その後の試合で小早川の3連発
あれは痛快でしたw >>182
郭泰源と鹿取義隆の引退試合に
渡辺久信と和田一浩と柴原洋と松中信彦と井口資仁が出場していること >>221
よもや金融機関が倒産するなんて、考えられなかったもんね 西武もヤクルトも何となく優勝した感じ
生え抜き強力打線の広島が優勝してたら盛り上がっただろうな たけし、さんまの有名人が集まる店に中井美穂が永井美奈子と有賀さつきと
共に出ていたがさんまが中井に「将来サッチーみたいになる」「古田は将来監督に
なる」と言っていた ナゴド移転で恐竜打線大絶滅
評論家どもは、「山崎は飛距離が出るからそんなに本塁打数は減らない」とか開幕前言ってたが、
フェンスの高さを考えてなかったのか?20本も減ったわ! ナゴヤドームでチーム防御率リーグ5位
そりゃ最下位になる 「活かす」
開幕の巨人戦を指してヤクルト監督・野村克也は「135分の1ではなく、135分の135」と表現して試合の重さを説明した。巨人は補強に大金を注ぎ
込み、リーグ優勝した戦力の上に清原和博、エリック・ヒルマン、石井浩郎ら新戦力を加えていた。この大補強に野村は「これで監督が森(祇晶)
だったら怖いが」と言って、ライバル長嶋茂雄を挑発した。しかもヤクルトは開幕から巨人、広島、中日の順で当たる計9試合のスタート、開幕戦に
野村は総てを懸けたといっても決して過言ではなかった。例年なら思い切って捨て試合にしていたかもしれなかったが、オープン戦で一番調子の
良かったテリー・ブロスを相手エース・斎藤雅樹にぶつけてナインを鼓舞した。
大試合の主役は年俸3億5千万の斎藤でも、3億6千万の清原でもなく、広島を自由契約になりヤクルトに?移って来た年俸2千万の小早川毅彦
だった。あまりに有名な史上3人目となる18年ぶりの開幕戦での3打席連続本塁打だったが、先制、同点、中押しの3連発は全て違う球種を打った
ものだった。ミーティングでのデータは収集するだけではなく、活かして初めて意味を持つ事を小早川らヤクルトナインが改めて証明した。
小早川の活躍が目立つ勝利だったが、投手でも救援で廣田浩章と野中徹博のテスト生組が仕事を果たし、2戦目でも移籍2年目の田畑一也が8回
2失点の好投で勝利投手になった。
出鼻を挫かれた巨人は最後までヤクルト相手に拙戦を続け8勝19敗、今年は日本一と意気込んでいた長嶋だったが、敵将・野村にはデータと人を
活かすという点で大きく水を開けられた。ヒルマン、石井、ルイス・サントスが期待を裏切り、清原もAクラスすらも厳しくなった9月以降にようやく復調し
9本塁打で30発90打点クリアという様に額面通りの働きとはいえなかった。
総年俸にしておよそ11億円の差を知恵と人使いの妙で埋めた野村ヤクルトに対して、長嶋巨人は翌年以降も退任するまで高橋由伸、野村貴仁、
マリアーノ・ダンカン、ドミンゴ・マルティネス、上原浩治、二岡智宏、工藤公康、江藤智、高橋尚成、ダレル・メイらを次々かき集めた。FA、トレード、
逆指名ドラフトをフル活用する手を緩めなかった長嶋も球団にも、常勝を義務付けられているからか、資金力を頭脳獲得に活かす事に踏み切る
勇気は持てなかった。 (了) 1997 2007 2017
では2017が一番良かったし
黄金の90年代なのに2007にも勝てないのは不思議だろう。
野村克也と言うのがそれだけ暗い霊層を作っていた。
その力は強くそれが暗いと気付けず破れない人が殆どだった
だからあれだけ超戦力を有していながら連覇すら出来ず
ヤクルトに後塵を拝した長嶋は当時の人の通り批判されて然るべきだった
野村の暗い霊層と言うのが長嶋の持っていた霊層を分断させるだけの力があった
大阪に行ってからの野村はホームシックに掛かりその暗い力が出せなくなってしまった 2017はひょっとしたらあの1987にも勝るかも知れない
と言っても1987をリアルタイムで知る訳でもないのだが
87は高架道を走るフェスティバDCのCFイメージ曲・浜田麻里のFOREVER
で一気に垢抜けた 他にもTMNETWORKのGet WildやSelf Controlなど
B'z立ち上げ前の名うてのギタリスト・松本孝弘が一気に仕掛けた物だった。
当然それからの日本音楽界はデジタルロック一色になった
こう言う今に続く伝説的な起因を作ったのが1987と言う年であり
2017に人がどんな充実した日を過ごそうと勝とうはずがないと思っている。 >>233
コラムさん乙
巨人のfa補強はもはや代名詞か… >>224
西武はキヨハラがいなくなって皆、気分が良かったんだろ。 91年、92年、97年、98年と4回も優勝チームの胴上げを見させられている阪神 >>229
大豊は94年の本塁打王の年も38本中18本を広島戦で荒稼ぎしていた(ナゴヤ球場と広島市民)から既に危なかった
山崎は確かに飛距離は出てたけど、それまで低い弾道の弾丸ライナーが多かったからフェンスの高さは難敵だっただろうね
山崎自身のちに「ドームが打球を飲み込む怪物に見えた」らしくてそれでバッティングも崩れた >>240はただの馬鹿だな。俺が言いたいのはそれだけだ。それからもう俺にレスはするなよ。 >>241
でも山崎は楽天でよく復活できたわな…
オリ田尾楽天を挟まずいきなりノム楽天だと
大豊の二の舞になってただろうな そういってチャンスでゲッツー連発する打者ばかり育たなければいいが・・・ >>254
他球団のファンだったから、そのあたりのことはよくわからないんだけど、
パウエルはチャンスにゲッツー連発だったのね >>252
パウエル監督代行は流石にないかね?
昔レオン代行とかやった
オリックスじみた事はしないとは思うが… この年は、昨日亡くなられたノムさんにとって、最後のリーグ優勝・日本一だったな 開幕からラストまでずっと一位だったからなあ
あんな楽な優勝もなかなかなかっただろう 結果2位横浜と11ゲーム差開いて優勝したけど
8月下旬には横浜の猛追で2.5ゲーム差まで追い詰められてた 日本シリーズでのヤクルトの西武に対するレイプっぷりが凄まじかった