広岡達朗/廣岡達朗 その8 [無断転載禁止]©2ch.net
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選手時代はわがまま、お嬢さん野球。
監督就任後は一転管理野球でヤクルト・西武を初優勝に導く名将ぶり。
日本球界初のGMとしてはボビー・バレンタインを招聘&解任し、
有る意味2005年マリーンズ日本一の陰の功労者とも。
そして、解説者としての正論・毒舌ぶり。 とても魅力的な広岡さんについて語りましょう。
過去ログとかリンク集は>>2-10の辺りに。
■前スレ
広岡達朗/廣岡達朗 その7
http://wc2014.2ch.net/test/read.cgi/meikyu/1380019217/ 広岡さんは試合中ベンチでニコニコしている時が多かった気がするのだが さすが殿堂板!
広岡はヤクルト時代も西武時代も全然むっつりじゃなかったよね!
むしろ反対でホームランうちゃ喜ぶし、ピンチ抑えりゃはしゃいで喜ぶし、結構好きな監督だった。
西武末期からクビになったあたりからなんか堅物なイメージでてたけど、そんなことはない。
対照的に川上哲治はいつも貧乏ゆすりのイメージ笑 すごくおもしろい嘘みたいに金の生る木を作れる方法
関心がある人だけ見てください。
グーグル検索⇒『金持ちになりたい 鎌野介メソッド』
6NPPU >>768
いしい漫画だとマスコミの前ではクールだが一人になると
大笑いしてる所あったのはそっから来てるのかな 今日から1か月スポニチの我が道は伊東勤
広岡の話が載っていてオープン戦でバント失敗したら一打席で
交代させるという話が載ってた 1981年 10月21日
日本ハム対巨人 日本シリーズ第4戦 日本ハム成田文男を貶し杉だ 元ロッテのエースで1970最多勝利20勝 73年最多奪三振ベストナイン・ゴールデングラブ賞
1969・8・16ノーヒットノーラン
広岡さんは、この試合は成田を投入したからあわよくば勝てば良いとか口が悪すぎる
厳しいだけじゃなく、人の悪口を公共の電波しかも日本シリーズの解説者で云えば、嫌われるわ…
元々嫌われるわれてるのに更に嫌われるわ >>773
>>773
> 1981年 10月21日
> 日本ハム対巨人 日本シリーズ第4戦 日本ハム成田文男を貶し杉だ 元ロッテのエースで1970最多勝利20勝→訂正25勝 >>773
金田と喧嘩してロッテを出たあとの成田は、投手としてはもうとっくに峠を越して下り坂
それももうすぐ下り切る寸前で、シーズンではせいぜい谷間の先発が関の山だった
なので広岡氏の評論は決して間違っていない
てか、さすが翌年からライオンズの指揮を取るだけの事はあって、的確に日ハムの戦力を分析している >>776
> >>773
金田正一とのケンカの原因は何ですか? 口の悪い人は別に広岡さんだけではないからそれは別にいいんだけどさ。
この人は気に入らないと平気で捨て試合をしたり気に入らない人を平気で蔑ろにしたり
それ以外でも人間的にちょっと問題があったんだね。 >>778
>捨て試合=若手のお試し起用
>気に入らない人を平気で蔑ろにしたり=期待の現れ
気に入らない人を平気で蔑ろにしたりして、田淵とか東尾とかその後も起用してるし
確かに誤解されやすいけどそれで干したりすることはあまりなかったのでは? >>777
まあ喧嘩と表現したのは少しオーバーで、衝動とかぶつかったと言った方がよかったかな
つまり、成田文男は野球センスの塊みたいな選手で、投げるのは勿論のこと、守っても打っても素晴らしかった
しかし肩肘を痛め、自分の思うような投球が出来なくなったところへもってきて、例によって金田から(得意の)罵声を浴びせられて、完全に白けてやる気を失いロッテを退団したってことだよ
その後は、事情を知っている日ハム(大沢)が拾い(形はトレード)、敗戦処理から谷間の先発に起用という流れ
なので、シリーズ登板時の成田は全盛期のそれとは全くの別人になったと言っても過言ではなく、広岡氏の解説は的を得ていると思う 個人的に采配や選手起用には割と情を感じるんだが
それを消し飛ばすくらい選手への言動に気を遣わないってイメージ
あとやっかみ屋だよね
西武時代は当時解説者だった野村が慕っていて割と仲が良かったが
その野村がヤクルトで結果出すと途端に口撃しだして疎遠になった >>781
>その野村がヤクルトで結果出すと途端に口撃しだして疎遠になった
どれくらい前だろう?広岡がラジオ日本で日曜の夕方レギュラー持ってた頃
そのラジオの放送で、当時の広岡の活動?なんか各球団に出向いて
現役選手の守備をチェックする?なんか今考えるとよく解らないことやってたんだが
広岡曰く「普通、私なんかが出向くと各球団の監督嫌がるんですよ、
そしてチェックしたいと言った所で1軍半の選手をよこすんですが、野村監督いいところあるんですよ
私が出向いたときに、宮本をよこしましたからね、僕はうれしかったねえ〜」
って言ってたの覚えあるけど そして当時の内野守備コーチだった水谷新太郎、広岡ヤクルト監督V1時代のレギュラー遊撃手が
広岡の耳元で「すいません、宮本は守備に関してかなりプライド高いですからね一筋縄ではいきませんよ」
とか言って現役時代水谷が出来た3つのことを宮本にやらせたら1つ出来なかったと。
それでも宮本が食らいついてくるからうれしかったねえ」と。
そして後日にレギュラーだった岩田暁美さんが宮本に話聞いたら
「いや〜広岡さん守備だけならまだ現役で出来ますよ」と。 野村が阪神の監督になった年(1999年)にラジオ番組を、持っていて
聞いてる方が驚くぐらい野村を罵倒してたよ ついでに森もw 野村は理屈ばかりで選手を全然鍛えないと酷評してたな >>784
要は1998年までのヤクルト監督時代のどこかまでは仲良くて
どこかからか阪神監督時代の1999年にはすでに仲悪くなったってことかな? そのラジオ番組は青田さんのが亡くなった後、その後続としてやっていた番組で
NHK解説(1994年まで)⇒ロッテGM(1995〜1996)⇒青田さん死去(1997)
しばらく解説者離れGMやっていたから、その頃ヤクルトの野村をどう評していたか
分からないんだよね
でも1999年阪神の監督になった最初の年は完全に批判的になっていたから
ヤクルト後期にはもうそうだったのかもしれない。 >>782
優勝した時に「関根さんの遺産で優勝しただけ。野村自身はヘボ監督ですよ」
と痛烈な毒ガス撒いてたのは見たな >>788
関根さんとの間柄はまだ広岡がコーチとしてかけ出しの頃に寝業師と恐れられた根本陸夫さん監督の元、打撃コーチと守備コーチの間柄で同じ釜の飯食べてるからね。
この頃の広島ってチームとしては弱かったけどちょっと時代は前後するけど阪急を日本一連覇させる上田とか広島日本一監督古葉とか後々のプロ野球の歴史を作る監督がコーチとして多数修行してるからねえ 広岡の回想によれば、当時の広島の選手は本当に下手だったらしい。広岡が教えた
選手もとても下手で、教えるのに手間がかかって苦労した。
教える難しさを経験したから、広岡をはじめ、当時の広島から優れた野球指導者が
輩出されたのかも知れない。 >>783
宮本がゴールデングラブ賞を獲得したのが入団3年目の97年だから
エピソードは、97年か98年の出来事ではないかな?
だとしたら、ヤクルト野村監督時代の終盤 当時の現役の遊撃手をどう見てたのかね?
そのラジオは巨人寄りなんでどうしても巨人の選手中心
元木 「守備はセリーグで5番目ですかねえ」
当時のセリーグは、確かヤク宮本ベイ石井琢朗広島野村阪神久慈?
中日が井端じゃなくて李鍾範
川相、当時ラジオで好プレーの実況をもう1度聴く企画で
「やっぱり上手いですよ。そりゃあ李鍾範と比べると肩足は劣りますよ
でも今のプレイなんてこれしかアウトに出来ないってプレイですよ」
二岡「下手ですね。球を最短で獲りにいかないで遠回りして獲りに行ってる。
横(サードかセカンド)で元木が笑ってますよ」と。
案外、二岡より元木は買ってたみたい 元木は江川も評価していた
2000年ごろの著者(スカウティングレポート)では「打撃センスはイチローに匹敵する」とまで書かれていた
さすがに言い過ぎだと思ったし結果的に開花することもなかったんだけど、プロが見れば素人にはわからぬポテンシャルを感じていたということか 元木って流し打つと決めてるときに思いっきり引っ張ってファウル打ったりするよな 高橋「元木さんほどセンスある人を見たことがなかったし、
元木さんほど練習しない人もみたことがなかった」 >>785
森さんの事も同じ事を言ってたよ。
どうも喧嘩別れした人の事は良く言わないねこの人は。 親分とは結構ウマが合ってたな。サンデーモーニングなんかでも楽しく談笑してたな。 星野監督の前で遅刻する → 殴られる
上田監督の前で遅刻する → 一日中走らされる
広岡監督の前で遅刻する → 選手生命が終わる
広岡さんは兎にも角にも自己管理には厳格だったので。
あの遅刻魔の松井であっても絶対に許さなかっただろうな。 >>798
しかしその後はやっぱりというか
広岡達朗が「大沢親分に喝!」訣別宣言
https://ci.nii.ac.jp/naid/40006687156
2005年という時期から推測すると、OBクラブやマスターズリーグの運営方針で衝突したのだろう 自己管理を要求する広岡の方針には、2通りの反応があったと思う。
1つは、「選手には自己管理を要求するくせに、自分は美食して通風になって
いるじゃないか?」という、江夏のような意見。
もう1つは、「広岡監督の教えを守ったおかげで、30年近く現役をできた。
感謝している」という、工藤のような意見。
若手、中堅には広岡に感謝する意見が多いと感じる。
ベテランでは、山崎が広岡を尊敬していた。 まあそれは引退後しばらく経ってからの感想だろうけどね
選手のメンタルケアは一切しないお人だったから
その山崎も引退を決めた理由はねぎらい一つなく
代打を出されたことを挙げていた この広岡って、プロの指導者を広島でスタートさせたけど
同球団の黄金時代(75年〜)の下地を作ったというわけではないのかな >>804
広島、ヤクルト、西武と現場に関わった球団はみんな攻走守そろった野手が多いというチームカラーを作った。
根本や潤三の力もあるけど、最大の功労者は広岡じゃないかな。 そういうチームにしか行かないというか。
闘志を掻き立てる要素が西武にはあったんだろうね。オーナーの熱意に魅力を感じたとは
思う。 オーナーというより根本だろう
監督要請のとき、「おまえがいくら鍛えても、へこたれない選手を揃えた。そして、最高の設備が備えている」と言われて引き受けたと聞いた 山本浩二がどこかで書いてたな。
今でも広岡さんを見ると緊張して直立不動になってしまうと。 >>805
流石に赤ヘル黄金時代作った最大の功労者が広岡はちょっと無理がある
山本も衣笠も出す名前は根本、ルーツ、古葉あたりだし
もちろん守備を鍛えてもらったことには感謝してたけどね 森さんと喧嘩しちゃうわ根本さんと喧嘩しちゃうわ野村さんと喧嘩しちゃうわ親分と喧嘩しちゃうわで。
しょうがないな広岡さんも。みんな広岡さんの良き理解者じゃん。 広岡さんて、強烈なアンチを集める資質だけなら
野村・落合なんかとは比較にならないレベルなのになぁ
現役時代は無理としても監督時代を知る層が高齢なせいか・・・ 川上さんがよく広岡さんに参らされたって話をよくしてたけど。
でも川上さんも最後は広岡さんにエールを送ってたね。
広岡さんを一番気にかけてたのは川上さんだったのかなとも。 森ありきじゃ無いところを森抜きで監督やって見せて欲しかった 85年はそうだったね。若手色が強かったのはいかにも広岡さんだとは思った。 穴だらけの秋山の事を広岡さんが全然悪く言わないのが不思議だった。
太田卓司なんてそれこそ広岡さんそれこそボロクソだったので猶更だった。 85年は岡村の所に外人を入れたかったのを根本さんに聞き入れて貰えなかったので
広岡さん怒っちゃったとは聞くけど。その程度の事で怒るかなあとも。
根本さんも広岡さんがやめるときはさっさと出てけといった感じで広岡さんを睨んでた
のが残念だったな。 森さんと喧嘩したのは森さんも色々とスキャンダルがあって仕方なかったかなとは
思ったけど根本さんとは何とか上手くやって欲しかったなとは思うね。そこが広岡さん
なんだろうけどさ。 >>817
穴だらけでも若手を一流に育てるのは指導者の務め
うだつの上がらないベテランとは扱い方が違う 若手を悪く言わない代わりにベテランはボロクソ言ってましたね。
その矛先が大田に向かったのがよく分からなかった。向かうなら田淵だろうとは思ったけど
田淵の事は寧ろ大事に扱った。ちょっとよく分からない人だなとはその時思った。 若手は伸びしろがあるから広岡の思うがままに余裕をもって調教できる
ベテランは即戦力として機能しなければ辞めてもらうしかないので、手段を選ばず奮起させる必要があった ベテラン貶すやり方に反感持たれてたのか、太田が活躍して
これじゃあ若手に出番与えられませんねと嫌味を言われた際
「これは嬉しい誤算と言うんだよ」と切り返したのが実に広岡らしい 田淵はオーナーのお達しで弄れない。だったら誰を。そうだ東尾を弄るか。
しかし東尾に叩くだけの穴が見当たらない。うーん誰を叩くか・・おおそうだ大田がいた。
太田を見せしめにいびるぞ!!
そんなノリで仕事人をファームに叩き落としたんですね。トンでもないですw 反発心を煽り立てるのには打ってつけだったろうしね大田も。
気が強い人だからね。だったら同じく東尾ももっと煽っても良かったかも。
そんな事をしたらマウンドで打者を本当に殺しかねないなw
田淵はいびるとちょっとしゅんとなっちゃうタイプかもね。 福岡時代の選手を大量に放出する中で大田を残したのは、必要戦力とみなされたということ
田渕に対しても「ここには相撲部屋にいるような人がいる。そんな体型ではダメだ」と早々に苦言を呈しているし、
東尾には試合中盤で制球を乱して失点するケースが頻発したため「あいつは八百長をしているのか」と激怒した 秋山は世間からはボロクソ言われて広岡さんは何も言わないので何とも奇妙でしたね。 若手がエラーしても厳しく責めないんですよね。あれが不思議でした。
若手がエラーして試合を落としても広岡さんは厳しく責めないのはどうかと思った。
もっと星野さんみたく厳しく雷を落として欲しかったですね。 巨人阪神OB戦で江夏は広岡さんだけに手を抜かないのが笑えた。
広岡さんも苦笑いしてたね。 広岡時代、秋山は根本陸夫が見ているところでミートに徹したバッティング練習をしていたら、根本が「あんなバッティング教えたの誰だ」と怒ったらしい >>831
責めるべきは指導者
若手選手は監督コーチが手がけた作品であり、作品の不具合は作者の指導法に起因する
もちろん怠慢によるミスはこの範疇外であり、広岡は当然烈火のごとく叱責した 広岡って工藤やナベQや伊東や他の西武時代の教え子達から今になってすごい感謝されているんだよね
「監督が広岡さんじゃなかったら今自分は野球界にいない」って口を揃えて言っている
この人のいう事はやっぱり間違えてなかったんだろうな 秋山がサードでヘマしても何も言わないんだもん。
一方で黒田が送りバント失敗したら、何年野球やってんだこの給料泥棒が!!と怒っていたので
このギャップは何なんだかと思ったよw
秋山は世間ではもっぱら力はあるけど変化球を投げればカカシのバッターとボロクソ言われてた
けどこれも広岡さんは言わなかった。打順6番固定もそれだからなんだろうけど気楽に打ってもらう
ためとしか言わなかった。 広岡さんは秋山をセンターにやる構想はなかったのだろうか。
もっとも守備位置を変えるの嫌う人だったからな。
根本さんがコンバート好きなのを批判してたな。 秋山が若手で1軍1年目の売り出し中の頃、
スタメン前半はサード、後半はセンターって感じだったな。
どういう意図なんだろう?って思ってたらセンターコンバート。
>>826
>秋山がサードでヘマしても何も言わないんだもん。
一方で黒田が送りバント失敗したら、何年野球やってんだこの給料泥棒が!!と怒っていたので
このギャップは何なんだかと思ったよw
こういうの秋山に限らず、投手でも野手でもあるよね
しかし身体能力の差なのかね?
黒田にいくらお教えしたところでトリプルスリー出来る程の身体能力無いからお前はしっかり送りバントぐらいは失敗するなよ
みたいな感じで叱咤激励ってか逆に黒田に対しての愛情を感じるけど。 秋山は経験不足ゆえの失策
黒田は百戦錬磨にもかかわらず凡ミス
黒田が厳しく叱責されるのは当然だった 黒田は森退団後のバッテリーコーチだった(選手兼任) 広岡が西武監督を辞めるのが数年遅かったら、若い清原をどのように教育していたのか興味がある
清原に関しては堤オーナーが後に「清原の教育に失敗した」と発言していたし、人間教育は大事だと思う >>841
高校時代から有名な不良でヤンチャだった渡辺久は
広岡氏に教育してもらわなかったらどうなってたかわからないと言ってる。
遊び狂って問題起こして大成せずに退団してたかもしれないな。
そうなればのちに監督にもなることはなかったわけだ。
清原も広岡氏に教育されてたらいまごろ西武監督だった可能性が高いね。
グランドで結果さえ出せばやってたらなにをやっても許されるという
驕り高ぶった価値観を若いうちに壊すことが大事だった。 長池打撃コーチが秋山を指導するにあたって課した練習メニューは、
それを見た広岡が厳しすぎないかと心配するくらいだったとかいう記事あったな >>842
エモやんみたいになってたかもねw
野村さんが江本だけは教育しきれんかったとボヤいていたね
えもやんその横で南海ホークス記念館に名前がないんですよこの人はとからかってたw 清原は意外とちゃんとした人間
全ては巨人で野村貴仁と関わった事が凋落の切欠だった。 上田さんが西武の監督になることが決まっていたのだが上田さんが急遽阪急に戻って広岡さんが
西武の監督になった。
広岡さんや森さんではなくて上田さんが西武の監督になってたらどうなってただろうね。
秋山ええで〜清原ええで〜ってニコニコ笑う上田さんもいいかもねw AKいいで〜世界一や〜と乗せに乗せられて凄い成績を残したろうなw こんなチーム負ければいい
広岡さんがチームが低迷するとよく言っていた
これ正直嫌だった
幾ら何でももっと言い方を考えて欲しかった 清原の場合オーナーが自らブラックカード渡してんだから
広岡が監督だったとしてもどうにもならんだろ 楽天
三木谷+星野+山崎OR大久保
この環境下だったら清原は鍛え抜かれて凄くなるだろうw 清原は自主的によく練習する人だったので。
両親が厳しい道徳的な人だったので人としても意外としっかりしていた。
やはり巨人で野村貴仁と関わった事だな。あれで全てが変わってしまった。 PLと西武と縦社会の厳しい所に身を置いたのも逆にいけなかったかなとも。
あの人は寧ろ花巻東や日ハムのような風通しのいい所で育ったほうが成長したと思う。
清原が日本シリーズで達川に「お前生意気だなぶつけて殺すぞ!!」と打席で脅されてから
こんなキャラになってしまったと話していたのは満更嘘でもなさそうだ。 PLと西武で先輩から壮絶なイジめを受けて巨人では外様に対する壮絶なイジめを受けた。
そこへきて野村の甘い誘いが・・
そりゃああなっちゃうよ。
両親がいい人だっただけにちょっと残念だね。 >>853
ほんとそれな。
清原は誠実で一生懸命でさ、それだから周りは安心してたの。
清原に任せてたの。 清原容疑者 西武時代のマウイキャンプで大麻事件
ttp://www.tokyo-sports.co.jp/sports/baseball/505609/
【薬物逮捕でアウト!番長の転落と闇(8)】
覚醒剤取締法違反(所持)容疑で逮捕された元プロ野球選手の清原和博容疑者(48)が
薬物に手を出したのはいつなのか。
巨人時代という指摘が多い中、本紙は西武時代の米国ハワイ・マウイキャンプで、
ある騒動に関する貴重な証言を複数の関係者から
入手した。同容疑者が1次キャンプ地のマウイ島で薬物騒動を起こし、
現地警察に“一時拘束”されていたというのだ。
「1995年か96年(2月)のマウイキャンプ中にキヨと数人のチームメートが
現地で騒ぎを起こして警察沙汰になったことがあった。
警察が駆けつけると彼らが大麻を吸引していることが分かり、
一時拘束され大騒動になった。知らせを聞いた当時の球団本部次長、
通訳らが何度も警察と交渉を行いこれをもみ消した。
事後処理は現地駐在の西武グループ関係者が行い、
公に知られることはなかった」 清原なんて不祥事のたびに球団にもみ消してもらってただけなのに
トキオの山口メンバーと同じで発覚したら転落人生へ >>814 >>816-819
おじいちゃん、早朝覚醒だったんだね 日本シリーズ第5戦 西武(東尾)×巨人(桑田)(1987年、解説:広岡達朗・大石第二朗)
https://www.youtube.com/watch?v=O4sSJ5AUEYw&t=1220s 82年の天王山での永射の奇襲登板はさすがにビビった。
上田監督もさすがに面を食らったようで動揺を隠せないままに一方的な試合になって
しまった。 ロッテ時代に選手全員がソックスを上げてプレーしたのは意外と選手からもファンからも
好評だった。しまった感じが良かった。 イチローもWBCからだったかソックス上げてプレーしだしてずっとそうしてるね。
まあ組織・集団を率いようと思えばうるさいことも言わなきゃいけないんだよな現実的なこととして。
自由そうな雰囲気の藤田巨人だって、実際は門限とかうるさく厳しかったようだし。 あのストッキング上げるやつってイチローみたいな体形の選手だと似合うんだけど
(メジャーでもMVPとった背が低い選手とかもそう)
ピッチャーや背が高い選手がやるとなんかコレジャナイ感があるんだよなぁw ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています