98年の日本シリーズで、ハマスタの試合でマルちゃんをレフトで使わなかったのが
不思議でならない。黄金期の西武はデストラーデを左翼や1塁で上手く使っていたではないか。
マルちゃんを外しておいて、ナンバーで東尾は「うちの打線は一発の怖さに欠ける」などと発言し、
オフに日本シリーズで勝つためという名目で、マルちゃんを首にしたのは笑止千万であった。
そもそもこの年は優勝したといっても、貯金が9しかなく、パリーグ制覇は
余裕といった思い上がりが、99年〜01年に優勝を逃した下地になったと思う。