【背番号3】 日本ハム時代の落合博満について
巨人としては、1997・98年は「原がまだ現役、落合残留」の上で清原を獲得していれば連覇できたのでは?
原は1999年には2000本安打、450本塁打を達成して引退。 >>517
原については他チームからの同情が多かったよな、当時。
広島の大野は「出ればまだ打てるのに」と。
阿部慎之助の引退に際し、自分は余力を残して引退した、と言ってるし、本人もあと4~5年はできる、と思っていたはず。
でも、世の中がマツイマツイの大合唱。
しかも、落合博満が中日時代後半からは想像つかないぐらいの復活と人間味をもろに出してのチームバッティングをしていて、落合信者が増殖し始めていた。
そんな中で原辰徳はアウェー感満載だっただろうな。
引退せざるを得なかった状況。 原も信者が増えるようなチーム打撃ができればよかったんじゃね? いやまず、左足首のアキレス腱痛めてたから一年通してスタメンは無理だった気がする
しかも長嶋監督からめっちゃ冷遇されてたし、落合や松井がいなくても限界だったと思うよ 長嶋自身も自分は「やれる」って思ってたのに辞めさせられた口だしね
だから原に対しても同じように仕向けた感じかも 長嶋はあのタイミングでやめとかないと通算打率3割を割りそうだったからよかったじゃん
原みたいな三下野郎はいつやめても一緒だけど いつかしゃしゃり出てくるだろうと思ったけどつべのチャンネルに信子出演したようだな
日ハム時代の話をいろいろ聞いてみたいけど…まだ先のことになりそうだ 日ハムに行くことになった時の話しは出てきたね。
野村とエーデ、どちらとも直接会ったんだな。 98年夏まで日ハム、半独走状態。
NHKで後半戦の予想特集。
藤田元司「さすがにパは日本ハムでしょう。優勝経験のなさからもたつくかもしれないですが、今は温存している落合がいますからね。いざとなれば4番落合で。安泰でしょうね。」 youtubeで落合が言ってたが1988年オフに日本ハムの近藤監督から
電話かかってきてトレードの話が有ったらしいな。
交換相手は津野で、星野仙一もトレードには賛成してた。
1989年からハムでプレーしていたらどうなっていたか そうそう
何故フロント会議の内容が一選手の落合の耳に入るんだよ?
トレード成立前に相手の監督が「お前、うちに来る気があるか?」なんて聞くわけがない
キチガイ大嘘吐き一家が
早く死ねばいいのに 落合は話盛るというか、その時の都合で設定変えるからな
何故ホームランが打てるのか?の問いに「信子が太れと言った」と「ファウルになりそうな打球をフェアにする打法にした」ってのを使い分けるし 片岡と小笠原が仲が良かったのは意外だったな
ライバル関係にある選手って仲悪い事多かったからyoutubeの共演はびっくりした ふたりともサードとファースト両方守れるのが大きいな
同時に出場できる 小笠原は新庄とは不仲。
小笠原までの世代と北海道に移転してからの新庄稲葉の世代とクッキリ分かれてるんだよな。 >>411
96年の横浜スタジアム。
ちょこんと当てたらライトスタンドにスレスレホームランってのがあった。
落合もちょっと驚いてた。 >>525-526
あの年のハムはVやねんだもんな マー君の威を借る安楽智大似事件?
女性が性暴力・いじめが原因でPTSDを発症し、
泣き寝入りして、苦しんでいます。
https://archive.is/rKT1h
https://xドットgd/j8AL6
https://kizuna.5ch.net/test/read.cgi/vcamera/1695083351/
逃げ得が無いよう永久保存、拡散をお願いします。 打って出塁ということだけじゃなく、当然それに伴ってフォアボールも取れなくなって出塁率なんかも酷かったんだろうと思いこんでたけど、ちゃんと打率より出塁率が1割ほど高いのな
目や厳しいボールをやり過ごす技術はまだあったのね >>538
日ハム1年目の落合はシーズン中盤から徐々に打率を落としていった感じだからな。
途中まではホームランは出ないけど打率はまあまあ良くて「落合」という名前で投手は嫌がってたよ。
勝負を避けることが多かったさ。
ちなみに阪神ディアーは打率1割の扇風機の癖にフォアボールだけはたくさん選んでたので出塁率は高かった。 連続シーズン20HR以上(MLB)
ディアー 8
フィルダー 7
マグワイア 7
カンセコ 6
グリフィーJr 6
ホーナー 3
ガルシア 3
大谷 3
松井 2 人格がってことではなくて何も無ければボケっとして見える感じが そもそもO谷とM原の関係はどのようなものなの?
ビジネス?友達?家族?いつから知り合ったの?きっかけは??
通常、金銭の扱いをも委ねる業務提携って公正証書などで契約書を作らないか?
金銭の授受や運用とか、ことによっては贈与税の対象にもなりかねないし。
特に、O谷なんか1,000億円レベルの契約だし慎重な契約が必要なわけだし。
それをM原が自由に出し入れして運用できる状況ってのは普通の関係じゃないぞ。
口座暗証番号もM原は知っていて、O谷も黙認てことか??
金銭管理ならO谷と家族がすべきだろうし、結婚したなら嫁もすべきだろうし。
胡散臭いな。二刀流ってしょっとして・・・・ウホッ!? ビッグバン打線が絶好調でも落合は蚊帳の外とか批判されてたな
その後失速
落合も引退 落合って野村並みに話を盛るからな
引退というか自由契約にしてもらってオファー待ったが無く仕方なく引退だし 1998年の成績ではなぁ
通算打率3割を割るまではまだ余裕があったんだっけ? >>546
>>547
チーム失速した時こそベテランの力が必要になる(なぜ俺を使わなかった)
って著書で上田監督批判してたな
それがきっかけで自分が監督になってもベテランの復調を待つタイプになった >>549
.311だからな。まだ余裕はあったよ。
ただ、あと2年規定到達やって.200だとスレスレになる。 まだ落合の97年の.262とか98年の.235はかわいいもんだな。
鳥谷だとか福留だとかランスの最晩年は福王並みの打率まで落ちたからな。 ※左から打率、出塁率、長打率
97 .262 .361 .320 113試合466打席
98 .235 .344 .309 59試合192打席
両年とも打高傾向のシーズンでこれはひどい 落合の成績を無理矢理褒める
・61四球は片岡(81四球)に次いでチーム2位
・出塁率.361は片岡と上田(ともに.383)に次いでチーム3位
・四球>三振なのはチームでは落合(61四球60三振)と片岡(81四球77三振)のみ
・3失策は100試合以上出た一塁手の中ではリーグ最少
・盗塁成功率100%(3盗塁) 97.07.21 前半戦最後の試合のスタメン
(中)井出 .304 4
(二)金子 .295 5
(三)片岡 .305 11
(一)落合 .266 3
(遊)田中 .269 15
(指)ウィ .266 22
(右)上田 .332 2
(左)ブル .272 9
(捕)田口 .191 3
97.08.22 開幕以来初めてスタメン落ちする前日の試合
(中)井出 .290 5
(二)金子 .281 6
(三)片岡 .295 15
(一)落合 .264 3
(遊)田中 .269 16
(指)ウィ .272 29
(左)ブル .277 12
(右)上田 .320 2
(捕)田口 .191 3 落合ファンとそうでない人との落合の評価が天と地ほど違うんだなってつくづく思う >>557
8月下旬まで4番で使い続けた上田は大したもんだわ ウィルソンとブルックスは元メジャーリーガーで、97年・98年はともに打っていたのに、
わけのわからんおっさんに四番を占拠されてプライドを傷つけられなかったのか >>560
上田は「ワシはあんたと野球がしたかった」って
落合獲りに参戦したから中々外せなかったんじゃないの >>561
ウィルソンとブルックスがキャンプで落合のもとに行って教えてもらってた映像があるよ。
とくにブルックスが落合にべったりだった。 10年以上前とはいえパ・リーグで三冠王三度だからな けっこういろんな選手が教わりに行ってたし、落合道場は有名になってたからね。
中日でも巨人でも教えてた。
真似て一番再現度が高かったのはゲーリーかな。
あと、手取り足取り教わってはいないが、少しずつ聞いてわずかなヒントと観察眼で自分のものにしたのが石毛。
あとは中村紀洋も塁に出て一言、二言アドバイスもらってたことで有名。
唯一、原辰徳からの要請は拒否した。
原のプライドを思ってのことだろうとされているが。 バカ息子がまだ学生だったという事情はあるにせよ巨人を追われてあの年齢であの姿で現役を続けているのを見るのは忍びなかった >>565
村田真一もかなり真剣に教わったと言ってるよな。
中尾孝義は落合に教わった時に中日の中で一番軸を使って打つことができていると褒められた、ってめちゃくちゃうれしそうに最近語ってたな。
中尾はたしかに良いバッターだった。 >>566
学生?
学生って大学生や院生のことだが?
そんなに大きい息子がいたのか? 細かい野郎だ…笑
まあ別に子供がいくつだろうがあれだけ稼いだんなら辞めたって問題ないから関係無いやろね 細かいのは文科省なんやで
小学校…児童
中・高校…生徒
大学…学生
常識として知ってた方がええで そんなレベルの話でマウント取るな
しかもスレ違い
バカじゃねえのこいつ YouTubeに日ハム時代の落合をまとめた動画があるけど、最終年は打球が上がらず明らかに衰えてちゃってるのな。
ヒットが出ても転がって運良く抜けていくのが多いし。
こりゃあ上田もスタメンでは使わないわ。
うまく編集してそのように見せてる、って部分もあると思うけど。 >>574
ラジオ解説してた近藤貞雄さんが「もう動体視力が衰えていますから」
と、冷たく批判してたのが忘れられない。 2年間とも長打率が出塁率を下回っているからな
芯に当たってもフェンス手前で失速する光景をよく見たわ 落合は守備に拘って、DHを打診されても頑なに断っていた
でも、落合の守備は本人が思ってるほど上手ではなかった
やっぱり打ってなんぼよ、落合は ウィルソンが、カブレラみたいに守らせろと迫るような選手じゃなくて良かったな
上田監督にどこ守れる?と聞かれてDHと答えたんだっけ >>577
巨人時代は頻繁にピッチャーのもとに駆け寄って励ましてたけど、日ハム時代はどうだったんだろうか?
槙原が守りの点でも落合の存在がすごく大きかった、いなくなるのは損失、と当時言ってた。
巨人の時は毎日テレビ映るし、優勝しようと思って来てたから頑張っちゃったのかな? ハンドリングが巧みで要所で投手に声かけをしてくれるよりも
単純に守備範囲が広い方が貢献度が高いという考えもあるしそこは好き好きだな 投手への声掛けって、人によっては嫌がることもあるからな
阪神時代の小林繁は、ピンチで内野手がマウンドに来たら
「あまり来ないでくれ」と言ってたそうだ
いかにも「今ピンチですよ」と言ってるように見えるから ランナーコーチや相手ベンチの決定的な動きを発見した等の技術的な情報でなければ
「落ち着け」「カッカすんな」みたいな投手の精神面に体する言及だからな
嫌な人は多そう 投手が嫌だと思ってても、客観的に見たら一呼吸置いた方がいい場合もあるし
投手側の意見だけでは良し悪しは決められない 監督が決めることだな
久保康友みたいに守備についての契約があれば別だが 96年は調子が良かったから、怪我さえ無ければまだまだやれたと言われるが、実は93年から長打力がかなり衰えている
91年 長打率.682 ISO+234 本塁打PF1.08(ナゴヤ)
92年 長打率.526 ISO+159 本塁打PF1.50(ナゴヤ)
93年 長打率.462 ISO+125 本塁打PF1.10(ナゴヤ)
94年 長打率.423 ISO+107 本塁打PF1.09(東京D)
95年 長打率.481 ISO+114 本塁打PF0.73(東京D)
96年 長打率.516 ISO+149 本塁打PF0.98(東京D)
97年 長打率.320 ISO+44 本塁打PF0.93(東京D)
98年 長打率.309 ISO+51 本塁打PF1.34(東京D)