【核弾頭】 高木豊 【豊ファール】
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ユタカユタカ かっ飛ばせ豊 ユタカユタカ それかっ飛ばせ豊 俺は孝行球児いない方が良いわ。
アイツらいるだけだったもん 桜坂のほうで一緒にやってるヘンな女もくびにしてほしい 野球経験者だし絶妙にいいポジションでトークしてたのになあ 正直言って邪魔だった、豊さんだけで十分。
つーかあの程度で今後芸人として食っていけるのか心配になってしまう。 片岡チャンネルは独自色を出すべき。
金村とのコラボも視野に。 女性関係が原因で奥さんと別れてたのか
これで2度目だよね
ほかにも婚約破棄の一件もあったし
年取っても女癖の悪さは治らんね ベストナイン企画の「キャッチャーは古田さんですね」に対する「谷繁もいるじゃない」のゴリ押し >>164
それって、★週刊新潮おとくいの妄想★である可能性高いんだが
息子たちがJリーガーである高木豊が「離婚」していたら、他メディアも普通に報道するわけだが
どこも後追いしておらず
そもそも例のヨタ記事自体、見出しがでっちあげ的で、どこに「銭ゲバ」ってのがあるんだ?
どう見ても、高木豊を告発している爺さんこそがカネクレクレだろうにw
週刊新潮のチエオクレライターだから、「内ゲバ」と間違ったとしか思えんのだがw 高木豊離婚が単独で記事になるほどニュースバリューあるか? 長年横浜ファンだった知人に言わせると、高木はいい選手だったけど
チームを強くするにはいらない存在だったとか。 3割を維持するために途中交代したとかがいらない存在と言われる所以なの? ユタカさんかなり好きで田代屋舗ヒロカズレオンも好きで
大洋ファンだったが
ベイスターズになって優勝した時、やくみつるが優勝記念本だしたときに
豊を酷評していて(成績はのこすだけどプレーが勝手だとかそういうの)
えーそうだったの?と初めて知った 豊さんプレー時は俺が子供だったから
わからんかったのかな。いい選手だったよねえ。
ちなみに俺昭和50年生 衣笠祥雄の著書で、肉離れした高木豊が名古屋から帰京してマッサージ受けて
すぐ名古屋に戻ってまでシーズン全試合出場を果たそうとする姿勢を称えてたが
今思えば契約更改でゴネる為の材料として全試合出場したかったのかと思ってしまう >>174
当時ライブで見てたファンなのに「初めて知った」ってちょっと頭が残念な方かな? 90年に県営あづま球場で全盛期の斎藤雅樹から打った決勝ホームランには痺れた 中山ラマダの漫画でボロッカスに書かれていなかったっけ?
探しても見つからない あの時代の中日大洋ヤクルトのレギュラークラスは個人成績しか目標なかったろ。
自分勝手なプレーが増えるのは仕方ないわな。 でも当時豊と加藤はお調子者で信用できないやつだと地元横浜では評判悪かったけどな >>172
そこまで深刻だったか?
実は四球も多いし出塁率も高いから、1番として機能していたと思う。 何というか屋鋪は初球を簡単にポップフライをあげる傾向あり
高木は点の関係ないところで走る
全く役割は果たせてなかった
本人も頑張ってそれぞれ優秀な選手なんだろうけど
優勝するためには不必要な選手だったと思う
その辺でも石井や進藤とは違う 高木を含め当時の主力メンバーが自己中心的な人が多かった
という面もあるかもしれないけど、チーム運営じたいがグズグズで
一貫性のある指導方針とか評価体系が根付かなかったことも一因かと。
高木とかも引退して指導者になってから気づいたことなども多いのでは? あの頃の大洋なんて個人成績しかモチベ無いでしょ。
小学生で細かい部分が分からなかったから、同級生とゲームだと能力値が高いのになんで実際は弱いんだろ?
とか言ってたわ。 マシンガン打線とか数年前の日本シリーズ出場したシーズンは例外で、
各自が自分勝手にプレーしてBクラスというのがノーマルモードのチームなんだな。
それでBクラスのころの文化をしっかり引き継いだ1人が高木豊。 高木がいた80年代90年代の大洋は首位打者とかのタイトルホルダーは沢山出すけどそれが成績に結びつかない不思議なチームだった。 チームにそれぞれにまとまりがなければ勝てないんじゃないの?
例えばそれぞれの役割をこなすチームが強いのは
V9や西武見ても同じ
具体的にいうと接戦のゲームを拾って勝ち星を重ねるか
弱いチームの特徴は打つには打つけどそれがない話
大型補強しても勝てなかったミスター時代の巨人見てたらわかるじゃん >タイトルホルダーは沢山出すけどそれが成績に結びつかない不思議なチームだった
もうどこからつっこんでいいやらってレベルのオツムやね 菊池がアホなのはプロ野球選手にはセフレを紹介してくれる人がいて、チームの仲間も普通に地方ごとの彼女がいるってことを匂わせて公然と言っちゃってること。
そりゃセフレが美人局で高額の手切金を要求してきて困ったのはわかるし裁判するのもいいけど、世間的にはセフレとか遊びのオンナってのを公言するのはタブーだから。
ファンが見るのを意識してプロとして演技して会見しなきゃいけないのに常識がズレすぎてて周囲のドン引きに全く気付いてないアホ。 日本人で30発打てる奴が田代以来ずっといなかったよね
ハマスタは当時としては広いなんて言われてたがちょっとフェンスが高いくらいだし
なんであそこまで長打打てるのがいなかったんだ?
てか日本人30発って田代〜2003辺りの多村までゼロか? >>193
多村が30発、40発打った時はさかんに田代以来と言われてたもんだ。
長打打てる選手が出てこなかったのはスカウトの好みなんだろうか。
足が速いかアベレージヒッター優先みたいな。
佐伯なんかも入団当時は期待の和製大砲みたいに言われてたけど
結局は中距離打者だったもんな。
しかし近年は外国人も含めてだけど
当時の長打力不足がうそのようにホームラン量産だわねw 駒田獲得資金捻出の為の大量斬首がなければ、2000本安打打ってたのかも知れないね
実働14年で1700安打はかなり凄い どうだろね。横浜最終年はだいぶ力が落ちてたからあのままいてもあと2、3年だろう。
1900本ぐらいで終わってたかも。 ユタカ自身も篠塚呼んだ時に話を聞いて
「俺は練習が足りなかったんだ」
と言ってるようにやっぱ少し意識が低い選手だったね
確実に一流ではあるんだけど 当時の横浜では意識が低かったとしても不思議ではないな。
高木自身も現役時代はそれに気づかず、引退して他のチームを取材して
自分は練習が足りなかったことに気づいたというパターンかもしれない。 松原がいた頃の大洋は練習量ではどのチームにも負けなかったらしい
本人が言ってたから信憑性は分からんが
何故ぬるま湯体質になった? 松原や平松あたりはな
いい加減な努力で残せる成績でもないだろうしな 個々でストイックに練習する選手はいたのかもしれないけど、
チーム全体で勝つための準備が足りないという点でぬるま湯体質だったのかもね。
あと実態はどうか知らないけど、評価形態も杜撰で
チームプレーが評価されずホームランとかわかりやすい指標しかないとか。 >>200
カープが強くなって完全にBクラスのチームに落ち着いてしまった事が原因かと。巨人の星だとあれでも一応巨人阪神に次いで3番手のチーム扱いだったんだっけ? 田代が引退後に「ほんとうにうちは練習が足りなかったのか?」と
長く抱えてた疑問を解くべく自腹で11球団をまわったけど
殆どの球団は変わらなかったと言ってたな
おそらくあの時期だから「殆ど」以外ってカープだろうけどw ドラフトが導入されてある程度月日がたち、FAがまだない頃だから、各球団の選手の素材はほぼイコールコンディションの時代だったね。
そこで差をつけるには戦略と練習だが、練習もただ量をこなせばいいというものではない。
質の高い練習とはなにか、強いチームを作るには何が必要かと言う事を大洋と言うチームは考えていなかったのだろうね。 80年代はバッターは悪くなかったんだよ
とにかくピッチャーが絶望的
遠藤と斎藤だけだろ 野球に限らず長年成果が上がらないだめな組織にいると、
その中にいる人間は手を抜かず真面目に仕事をしていても
外の人間からすると全然見当違いなことにエネルギーを費やしている
なんてのは珍しくない。
これを解消するには、プロアマ合同の研修とかで成功例を共有するとか
他のチームで効果的な練習を実践してきた人を招くとかだろうけど、
よそ者への抵抗感が強い組織だとなかなか浸透しない。
で、よそ者は追い出されて効果のない練習を続けて成績は上がらずとなる。
当時の横浜の組織文化がどうだったかは知らないけどね。 よそ者ところか身内同士でも険悪なんだろ
ソースは長崎本 >>207
80年代は環境そのものが打高投低ってイメージがある カエルの生煮えって言葉がよく出るじゃない
カエルは熱さを感じないから湯の中に入れてもじっとして茹で上がるまで気がつかないってやつ
緩んだ組織でも中にいる人間にはそれが当たり前になっちゃう
山一證券でも日本興業銀行でも、一人一人はいい大学出て優秀な人ばかりなのに気がついたときには手遅れ
シャープでもオリンパスでもみんなそうだよ 長崎は阪神コーチ時代、
球場着いた瞬間に中止のアナウンスが流れたら
そのまま帰ってしまうような奴だからな
本当に中止か確認するとか
中止でもコーチとして何らかの仕事もあるだろうに >>197
>「俺は練習が足りなかったんだ」
ただ、高木豊の場合は体が大きくないから、余り練習しすぎると故障してたかもしれない
立浪は自分に必要のない練習はしないようにしてたって話だ
小柄でレギュラーの選手は、抜くところは上手に抜いてシーズンを乗り切るんだよね >>212
悪貨は良貨を駆逐すると言うしね。
一部ちゃんと考えて行動している人がいたとしても、組織に浸透しなければ
何にもならない。
特にプロ野球みたいに2部落ちがないリーグだと、反省せざるをえない状況に
追い込まれることもない。 当たったら終わりだという緊張感を持つために
ヘルメットに耳あてはつけなかったと言ってるな。
これくらいぶっ飛んでないとプロで成功しないんだねやっぱ 下柳も日ハム時代によく分からない小さな金額が球団から振り込まれてて
何かと聞いたらグッズの売上の選手の取り分だと説明されてふーんと思ってその後阪神行ったら
その金額が100万単位になってビビったと話してたな 年間エラー2個のNPB記録は化け物
間違いなく横浜最高のレジェンド プロ野球の頂点に立って表彰を逃した高木豊の憂鬱/プロ野球20世紀・不屈の物語【1987年】
https://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=097-20200406-11 大洋は高木豊が在籍した13年間で代理を含め8人の監督
土井、山根(代理)、関根、近藤貞、古葉、須藤、江尻、近藤昭 藤浪やらボロクソに言うわりにめちゃくちゃ近くで話してるもんな 片岡がああなってすぐに、「俺は接触してない」というあたりが世渡り上手な高木らしい。 【超難問 野球マニア検定】あなたは10問中何問正解できるかな?高木豊を越えてみろ!
https://www.youtube.com/watch?v=IqNmXCvK6F4
近藤昭仁監督のことが余り好きじゃないのは分かった
口が悪かったらしい youtuberの野球芸能人って感じだけど 普通に現役時代の実績凄いよな、この人しかも走攻守ハイレベルでそろってる
現役にもっとこだわってたら2000本も行けたかも >>238
実力あったのか?
そうは見えないところが面白い 当事はBクラス常連チームのヒットメーカー、今で言うなら中日の大島を内野守備出来る様にした感じかなあ。 >>239
めちゃめちゃ実力あったよ
毎年3割打つ巧打の選手で、足も速くて、守備も上手かった
運悪く首位打者争いはしても、首位打者は取れなかったのと
チームが弱かったので印象が薄くなったのかもしれない 本人も言ってるけど
1番打者としてトップクラスだったんじゃないのかなー
出塁率高い、選球眼がいい、ファールで粘れる、球数を多く放らせられる
左ピッチャーも苦にしない、セーフティーの構えをして揺さぶる
安定して3割打てる、アヘ単ではない程度の長打もある、足も速い(ただし盗塁成功率は低め)
まさしく理想を絵にかいた1番打者 14シーズンほぼフルスタメンでやって通算打率297 通算出塁率378 は立派だな とにかくファールで粘りまくるというイメージがあった。
ファールを最も打ったバッターかもしれない、そういう数字って残ってるのかな。 >>238
主に二塁手・遊撃手やっててプロ入りの遅い大卒だと2000本は厳しいな
しかも当時は130試合制で今より1割近くも試合数が少ない
この条件下で大卒14シーズン36歳で1716本はよくやった方だろう 試合数が多ければ逆に早めに疲弊していた。
高木豊の世代は、ポジションを問わずに二千本安打がいやしない。
ひ弱なんだよ、原辰徳に象徴されるように。 >>216
真中満もそうだったらしい
真中満は打撃センスもさることながら要領の良さも天下一品
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/273602
現役時代は要領の良さも天下一品。練習は効率重視で、自分のやることをパッとやったら、
それ以上はやらない。無駄な動きはしない、というのが現役時代の印象です。
一般企業でも「自分の仕事は終わったけど、上司がまだ残っているから帰れない……」
ということがあるでしょう。これはプロ野球にもある。キャンプなど、先輩が居残り練習を
していると帰りづらく、結果、だらだら時間を潰す羽目になりがちです。真中は短時間で
集中して練習し、終わったら誰が残っていようがさっさと帰る。そうした姿勢が一切ぶれ
なかったのは凄いですね。 森藤恵美が高木豊氏の結婚報道を巡りSNSで否定「私ではありません」 (2020年8月7日掲載) - ライブドアニュース
https://news.livedoor.com/topics/detail/18697506/ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています