「もう一つの戦い」

10月16日、125試合目でリーグ優勝を決めた阪神のもう一つの戦いが、個人タイトル争いだった。個人タイトルというよりは、ランディ・バースの
三冠王に焦点が集まっていたと言った方が適切だろうか。セントラル初の外国人による大記録への興味は、首位打者争いただ一つとなっていた。
優勝決定時は首位バースが.346、2位が岡田彰布で.345の1厘差。バース独走の本塁打、打点と違って打率は他球団の主力も加わる争い。
その中から、バースと岡田の2人が抜け出した。残り11試合時点では岡田が2厘差でトップに立っていたが、翌日にはすぐバースが抜き返す
デッドヒート。雌雄を決したのは消化試合の5試合で、バースが5戦全てに安打を打って2本塁打を含む14打数7安打、岡田はうち3戦での無安打が
響き18打数5安打。このシーズン事あるごとに「楽しくて仕方ない」と言っていた岡田の勢いをバースが振り切り、最終的に8厘の差がついてバースの
三冠王は成った。

最終盤の2連戦が巨人戦で、日本タイの本塁打記録が懸かっていたバースがほとんどの打席で歩かされたのも大きかった。しかし岡田が実質的に
諦めたのは128試合目の対中日戦、沢村賞投手・小松辰雄相手に4タコだった時で、対するバースは54号アーチなど2安打を放っていた。
岡田は日頃からバースのクセ盗みや配球読みの巧さを認めていたが、全日程終了後には「取りたかった」と溜息混じりに本音を呟いた。

ただ、この戦いは優勝翌日既にバースの勝利を予感させる出来事があった。前日の美酒に酔った選手たちが、16時前にナイターの行われる
神宮球場に到着しフラフラの状態で練習をこなす中で、バースは一人元気に打撃練習でサク越えを連発して首脳陣を驚かせていた。4時過ぎまで
浴びるように飲んでいたにもかかわらず、この日の試合でも53号の本塁打。バースは「グラウンドに入れば仕事をしっかりやる」と言ったが、
二日酔いの酷い優勝翌日でも、天王山と言われる試合でも同じ1試合と無駄にしなかった史上最強助っ人は自己管理の面でも超一流だった。 
(了)