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(抜粋)
5 圏論のご利益

圏論が役に立つことがあるのか?と問われると,なかなか答えに窮しますが,数学の中で
役に立つことと,数学外の分野で役に立つこととを分けて考えるのがよいと思います.

圏論が数学の中で役に立つ側面としては,さまざまな数学分野に繰り返し現れるパターン
を横断的に特徴付けるという圏論の役割があります.例えば,群には部分群・正規部分群・
商群,環には部分環・イデアル・商環,ベクトル空間には部分空間・商空間といった,よく
似た構造があり,群論・環論・線形代数のどの理論でも準同型定理と呼ばれるそっくりの定
理が成り立ちます.準同型定理はどの理論でもほぼ同様のルーチンワークで証明できます.
また,いま挙げたどの理論にも直積と呼ばれる構造があって,直積の一意性は同様のルーチ
ンワークで証明できます.圏論は,こういったさまざまな理論に見られる相似構造を抽出し
て,まとめて面倒を見ることができます.

また,圏論を使うと,異なる数学理論の間の関係を一段高い視点から見ることができます.
例えば,位相空間論と群論は別の理論ですが,ホモトピーは位相空間の圏から群の圏への関
手だと言えます.位相空間の一つ一つの点が群の一つ一つの元と対応しているわけではない
ので,ホモトピーは位相空間から群への写像ではありません.けれども,ホモトピーは関手
だという視点に立つと,位相空間の世界と群の世界とが連動していることがよくわかるので
す.元のレベルでone-to-one 対応はしていないけれども,元を束ねた空間とか群のレベル
でmany-to-many 対応している様子を関手はうまく捉えるのです.「木を見て森を見ず」
という言葉がありますが,圏論は,まさにその逆の「木を気にせず森を見る」ような視点を
提供してくれるのです.

つづく