>>208 つづき

ところで、疑問の後半部分はまったくの誤解です。 平衡への接近の問題はきわめてデリケートで、エルゴード性を認めても解決はしません。 これは 4-1-6 節をよく読めばわかるはずです。
そもそも、エルゴード性で保証される緩和時間は異様に長く、実際問題としての意味をなさないという点があります。
さらに、エルゴード性というのは、あくまで初期値について(平衡状態の測度で測って)測度 1 で成り立つ性質なので、エルゴード的にるるまわない例外的な状態(の集まり)がつねに許されます。
そのような状態を初期値にとれば、平衡への緩和は(宇宙年齢をはるかに越える時間が経ったとしても)おきません。

では、より真面目な問題として、「平衡状態への緩和はミクロな力学に基づいて理解・導出できるのか?」が気になるでしょう。 4-1-5 節で触れたように、これは現段階では理論物理学の困難な未解決問題の一つであると言っていいと思います。
実は、ぼく自身もかつて「量子系の一部分での物理量の期待値が長時間の後にはカノニカル分布の期待値に一致することを量子力学だけを使って示す」という無茶な(といっても、内容は数学的にしっかりした)論文を書いています。
そこでも、系の初期条件について、物理的に自然だが何故そうなのかは決して自明ではない条件を課した上で、平衡への緩和を証明しています。 ぼく自身は、「平衡への接近」を力学のみから導出するには、

・古典力学でなく量子力学を用いる
・系の初期状態について何らかの仮定を置く

ことが必須だと感じています。 特に二つ目の点は、「マクロな量子系での安定な状態とは何か?」という重要問題とも深く関わっていると思っています。

つづく