【専門書】数学の本第75巻【啓蒙書】
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数学書やその周辺の話題について語りましょう。 荒らしや煽りは禁止。 見ている人を不快にさせる書き込みはひかえてください。 人としての基本的な礼節を守って、皆で楽しみましょう。 前スレ 【専門書】数学の本第74巻【啓蒙書】 http://itest.5ch.net/rio2016/test/read.cgi/math/1511085768 >>309 素人が思いついた問題みたいですよね。 一言でいえば、つまらない問題です。 訂正します: 例えば、こんな問題です: X を集合、 P(X) をその巾集合とし、 P(X) の元 A, B の関係 R を、 A ∩ B ≠ φ で定義する。 1. R は、反射律をみたさないことを示せ。 2. R は、対称律をみたすことを示せ。 3. R が推移律をみたすための、 X の条件を求めよ。 1. φ ∩ φ = φ 2. A ∩ B = B ∩ A 3. #X ≧ 2 とする。 X = {0, 1, …} A = {0} B = {0, 1} C = {1} A ∩ B = {0} ∩ {0, 1} = {0} ≠ φ B ∩ C = {0, 1} ∩ {1} = {1} ≠ φ A ∩ C = {0} ∩ {1} = φ ∴R は推移律をみたさない。 #X = 0 or 1 ならば明らかに R は推移律をみたす。 >>307 唐突に質問だが ある集合A,Bについて A⊆B かつ B⊆A ならば A=B についてどう考えますか? 現在この反対称律を否定するような書き方が 新井『基幹講座 数学 集合・論理と位相』 小森『集合と位相』 であります A⊆B かつ B⊆A は A = B の定義ではないでしょうか? >>313 そうですか 定義してしまうのですね A=Bを仮定して A⊆BかつB⊆Aは導出できない というのが私の意見です その場合、 A=B ⇒ (A∈C⇔B∈C) を公理に追加する必要がある これが外延性公理の代わりになる >>315 なるほど でも公理主義的に数学をやっている人なんてほどんどいないから なんか悲しいですね 同じものを代入した結果も同じになる というのが「等号」に期待される性質であって、その性質を実装するための工夫に過ぎない なので、よっぽど基礎的なことを考察したいのでもなければ、等号の定義なんて気にしなくていい >>317 そうですか 順序関係との整合性で反対称性があった方が美しいと感じていたもので 束論的にもね その書き方は 「自演であってくれると見下せる対象ができて嬉しい」 というチンケな性根をさらけ出してるようなものだぞ 質問者の特徴 ・本当になにも解けないボンクラ高校生 ・ぐぐればわかる程度の大学数学の内容をよく理解せずに書いてるウンコ脳 ・話題についてこれない馬鹿が孤独を紛らわすために同じ質問を繰り返すだけの廃人 解答者の特徴 ・イケメンのエリート東大生・東大院生 ・数学を生かしてバリバリ働いてるビジネスマン ・高額納税者 >>312 「反対称律を否定するような書き方」 はどこに書かれているのでしょうか? ↓これは明らかでしょうか? 確かに簡単といえば簡単ですが、演習問題の解答で何も断りもなく この事実を使うというのはどうでしょうか? A, B, A', B' を有限集合とする。 A ⊂ A' B ⊂ B' #A' = #A + 1 #B' = #B + 1 A は B' の真部分集合 B は A' の真部分集合 とする。 このとき、 A = B または A' = B' が成り立つことを示せ。 斎藤毅著『集合と位相』を読んでいます。 「自然数全体の集合 N の順序 ⊂ は、全順序であることを示せ。」 という問題が載っています。数学的帰納法の練習になりますね。 アマゾンのレビューには、松坂和夫さんの本のほうが易しいと書かれていますが、 斎藤毅さんの本のほうが易しいように思います。 >>322 > ・話題についてこれない馬鹿が孤独を紛らわすために同じ質問を繰り返すだけの廃人 こいつは、「大学への数学の宿題は難しいですか」と定期的に書き込むニートだろ。 もうこのスレはだめだね。当分の間放置して自然浄化されるのを待つしかない。 このスレは、馬鹿による雑談スレになったから、ワッチョイ付きの「数学の本スレ」を立てればよかろう ワッチョイ表示されるスレの立て方は知らんが。 斎藤毅著『集合と位相』を読んでいます。 斎藤毅さんの本のダメな点は、たとえば、自然数について完全に説明していないにも かかわらず以下のような問題を出題する点です。 明らかなことなのか証明すべきことなのかの区別がつきません。 自然数の定義は、 0 := φ n + 1 := n + {n} みたいに定義します。 このとき、自然数 m, n に対し、 m ⊂ n と m + 1 ⊂ n + 1 は同値であることを示せ。 その解答が、以下です。 m ⊂ n とする。 1. より、 m + 1 ⊂ n + 1 でなかったとすると m ⊂ n ⊂ n + 1 ⊂ m + 1(かつ n + 1 ≠ m + 1) である。よって m = n となり矛盾である。 m + 1 ⊂ n + 1 とする。 2. より、 m ∈ m + 1 ⊂ n + 1 ⊂ P(n) だから m ⊂ n である。 1. とは「自然数全体の集合 N の順序 ⊂ は、全順序である」ことです。 2. とは「自然数 n に対し、 N ∩ P(n) = n + 1」であることです。 自然数全体の集合 N の順序 ⊂ は、全順序であることは明らかではないでしょうか? 0 := φ 1 = 0 ∪ {0} = φ ∪ {φ} 2 = 1 ∪ {1} = φ ∪ {φ} ∪ {φ ∪ {φ}} 3 = φ ∪ {φ} ∪ {φ ∪ {φ}} ∪ {φ ∪ {φ} ∪ {φ ∪ {φ}}} … なので、明らかです。 0 := φ 1 = 0 ∪ {0} = φ ∪ {φ} 2 = 1 ∪ {1} = φ ∪ {φ} ∪ {φ ∪ {φ}} 3 = φ ∪ {φ} ∪ {φ ∪ {φ}} ∪ {φ ∪ {φ} ∪ {φ ∪ {φ}}} … のようにして自然数は作られていきます。 ですので、 m, n を自然数とするとき、 より早く作られた自然数はより遅く作られた自然数に含まれるのは自明です。 自明であるといって済まさない。 かといって、公理から自然数の理論を説明しているわけでもない。 非常に中途半端で害悪さえあるといえる書き方ではないでしょうか? ヴァン・リント&ウィルソン 組合せ論 上 神保 雅一 固定リンク: http://amzn.asia/aOfSE26 こんな翻訳本が出版されますね。 斎藤毅著『集合と位相』を読んでいます。 「包含写像 φ → Y は、空集合から Y へのただ1つの写像である。」 と書いてあります。 これはなぜなのでしょうか? 空集合から Y への写像がただ一つ存在するというのは分かりますが、 それがなぜ包含写像になるのでしょうか? >>347 空集合はYの部分集合だからだろ 部分集合ということは単射 単射ということは包含写像ってことだ >>348 ありがとうございます。 単射であることはどうやって証明するのでしょうか? 空集合が Y の部分集合であるということからなぜ単射であると言えるのでしょうか? >>350 自然な単射だから証明はいらないよ 自然なって言うのは自明なとは少し違って自然変換のことをいう まあ単射と全射が自然に起こるというのは写像の基本 今日まだ誰もこのスレに書いていないようだが、 本物は最近解答していないと思うよ。 読んでますの奴は質問スレにマルチしてたな。ほんとこれからはそっちに書き込んでくれればいいんだが。ここは質問スレじゃないってことに気づいてくれ。 基底には無理無理、ずっと前からスレタイかまわずマルチしまくり 「気づいてくれ」 正論でなんとかなると思ってるあたりが、お人好しというか、交渉下手というか…人生経験の不足を感じるね 人生経験があっても誤答爺さんのように嬉々としてレスしてるボケ爺さんもいるが(笑) >>359 >>358 はお前さんに対してのレスだから、本来は他人を利用せずお前さん自身で>>358 を始末すべき。 皮肉を込めたレスをする人間とか、趣旨が読み取りにくい人も中にはいる。 そういう人物にはマジメな直接的レスが通用するとは限らない。 そもそも、必ずしもレスの内容が書いた本人のボケているかどうかの問題に直結するとは限らない位気付けよ。 第一、数学で交渉なんて後回し。 >>350 空集合Φから空でない集合Aへの単射 f:Φ→A が存在するとする。 単射の定義から、f(x)=f(y) を満たすようなΦの点 x,y が存在して、このとき x=y となるから、 Φに属する点が存在することになる。しかし、これは空集合Φの定義に反し矛盾する。 従って、背理法により、空集合Φから A≠Φ なる集合Aへの単射 f:Φ→A は存在しない。 >>362 おめーが>>350 を始末しないから、片付けた。 >>361 >>363 は「>>362 (私)」ではなく、「>>361 」宛てのレスな。 タイプミスをすることとかがあるということだ。 >>362 背理法ってゴミだな それに偽の命題から導出される真または偽の命題は真の命題 というのは愉快だね 偽の命題に偽の命題を重ねることもまた真なり この場合に背理法は使えません そもそも存在を否定する背理法は数学として汚い >>365 単射の定義に従って考えるといえる。 もはや、定義の問題。 >>368 偽の命題を矛盾していると言ってしまうことは 数学の終わりを意味する ID:zAqmJ+Axが誤答爺さんという人なんだろ >>370 復習で調べたら f:Φ→A はいつでも単射であると同時に全射と見なすそうだ。 だから、やはり、結局定義の問題に帰着する。 >>371 全射のわけがない それに自分では単射の存在を否定しているね ID:zAqmJ+Ax は誤答野郎ってことか わざと誤謬を混ぜて偽の命題がつくりたいか? 誤謬のセンスがねえよ とりあえず定義が間違ってるから話にならない 一層深刻なのは、それが文章の読み間違いというよりは、論理的な読解力の欠如が原因と思われること >>372 全射は導かれるが、 f:Φ→A はいつでも単射と見なす。 結局、定義に帰着。 >>374 現代数学概説Tでやったことを忘れてしまったw まあ、これはそこらの集合論の本とは書き方や中身が違うだろうけど。 空写像が全単射なんて久しぶりに頭の悪い偽の命題をみたなあ 自然現象について宇宙人を仮定して議論している物理学者って感じ >>377-378 坊や達にとっては間違えるに至った理由は分からんだろ。 ID:zAqmJ+Axに依るとすべての濃度は0らしい >>362 > 単射の定義から、f(x)=f(y) を満たすようなΦの点 x,y が存在して、このとき x=y となるから、 ここは間違いです。 写像 f: X→Y が単射であることの定義は「もしも f(x)=f(y) を満たすような X の点 x,y が存在するならば x=y でなければならない」というだけであって、 f(x)=f(y) を満たすような X の点 x,y が存在することは単射の定義からは保証も要請もされていません。 従って、特に X=Φの場合は、それらの点 x,y が空集合Φには存在し得ないので、単射の定義の前提の部分(「〜」中の「ならば」の前の条件)が偽になるので 結論部の「x=y」の成立・不成立と無関係に任意の集合Aに対して写像 f: Φ→A は単射の定義を満たすことになります。 >>371 > 復習で調べたら f:Φ→A はいつでも単射であると同時に全射と見なすそうだ。 これも間違い。 写像 f: X→Y が全射であることの定義は「domain X の f による像がcodomain Y 全体を覆う、つまり f(X)={ f(x) | x?X }=Y である」ということなので、 Xが空集合Φの場合は集合 A も空集合Φでない限り、写像 f:Φ→A は決して全射にはなり得ません。 いや空写像の全射は考えることはできる 集合Aの任意の元に対して空集合の元は択べない したがって偽の命題から空写像の全射を言える Aが空集合でなくても全射を言えるというのは不思議だが ただ言ったところで何に使えるのかは不明 ただ全射の場合 写像f:X→Yについて 任意のy∈Yに対してx∈Xがf(x)=yをみたす ☆ ならば fは全射 とこう解するとき☆をみたさないすなわち偽の命題であるとき 全射であると言えてしまいすべての写像が全射であると言えてしまう 数学が論理に負ける所だなあ P⇒Q, ¬P から Q が導きだせると思っているのか? 任意のy∈Yに対してx∈Xがf(x)=yをみたす ☆ ならば fは全射 ☆☆ ☆☆が偽だとしても論理的に真すなわち全射だ 数学はこれを無理矢理全射でないと言っているに過ぎない >>388 PでないことからQを直接導出することはできないが Qが偽でもPならばQは真の命題だろ 空集合が形式上の概念だってことが理解できないバカは消えろ。サイトウツヨシも含めて。 否定命題と真偽命題の混同があるね 写像f:X→Yについて 条件 任意のy∈Yに対してx∈Xがf(x)=y 条件をみたす場合を真 条件をみたさない場合を偽 結論 fは全射 fが全射を真 そうでなければ偽 こう書くとほとんどすべてのものをいうことができる ∀(x1, y1), ∀(x2, y2) (x1, y1), (x2, y2) ∈ Γ ⇒ (y1 = y2 ⇒ x1 = x2) Γ = φ のとき、これは正しい。 したがって、空写像は単射である。 これはあっていますか? 包含写像 i の定義は、 i = (Γ, X, Y) = (X × X, X, Y) である。 X = φ のとき、 Γ = φ × φ = φ よって、 空写像 (φ, φ, Y) は包含写像である。 訂正します: 対角集合 Δ_X := {(x, y) ∈ X × X | x = y} 包含写像 i の定義は、 i = (Γ, X, Y) = (Δ_X, X, Y) である。 X = φ のとき、 Δ_X = φ よって、 空写像 (φ, φ, Y) は包含写像である。 「包含写像 φ → Y は、空集合から Y へのただ1つの写像である。」 >>397 は合っていますか? 空写像とか単なる言葉遊びに過ぎないように思うのですが、何かの役に立つんですか? http://www.ma.kagu.tus.ac.jp/ ~abe/sub6.html 「「定義域が空集合の写像(関数)は存在しない(定義できない)」 と思い込んでいる数学者が多い」 ↑これって本当ですか? 斎藤毅さんの『集合と位相』のような入門書にさえ書いてあることです。 まともな数学者で↑のような人はいるんですか? ttp://www.ma.kagu.tus.ac.jp/~abe/sub6.html >× 「定義域が空集合の写像(関数)は存在しない(定義できない)」 >と思い込んでいる数学者が多いのですが、実は >○ 「定義域が空集合の写像(関数)は唯一存在する」 >ことは公理的集合論における定理です。(この元を空写像(関数)とよぶ。) >>401 空写像など知っている必要はないということを意味するのですか? >>401 おっと、同じリンクが既に貼られていたか。失礼。 >>406 やっぱりそうですよね。 何かの役に立つようにはとても思えません。 >>407 君は空写像の存在性を認めた上でその有用性を疑問視しているに過ぎないのであって、 一方の ID:hN/cqREW は空写像の存在性そのものを否定しているので、 君と ID:hN/cqREW は相容れない立場にある。 空集合は空集合と同じ濃度を持つが、だからと言って元の無い空集合に対応は存在しない。 >>409 それは対応という言葉をナイーブに捉えてるからだよ 一旦厳密に定義した後で改めて存在するかどうか考えるのが常道 極端なケースとして定義域が空集合である写像も許容されるし、圏Setの始対象を定義するためにも空写像が必要 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
read.cgi ver 07.5.5 2024/06/08 Walang Kapalit ★ | Donguri System Team 5ちゃんねる