>>389 つづき
ハイゼンベルクは「霧箱における電子軌道の観測」がもたらす存在の問題と「量子力学をめぐる数学」がもたらす存在の問題とを、新しい理論でつなげようとした。これが有名な「ハイゼンベルクの不確定性原理」になった。

そのほか師であるボーアそしてアインシュタイン、ディラック、プランクなど量子力学の創始者たちと繰り広げられる対話・討論が本書の読みどころである。前期量子論から量子力学創成期の貴重な記録だ。
他書では「解説」ですまされるところが本書では創始者たちの生々しい会話として再現されている。

25歳のハイゼンベルクが47歳のアインシュタインを説得しようと初めて議論を挑んだのは1926年の春だった。アインシュタインは納得せず翌年10月にブリュッセルで行われる第5回ソルヴェイ会議での歴史的なボーアとの討論(激論、闘論?)に持ち越される。

量子力学を巡るアインシュタインとボーアの戦い、その真の勝者は・・・【山椒読書論(301)】 http://enokidoblog.net/sanshou/2013/11/9927

特にボーアは生涯を通じてハイゼンベルクとの関わりが深かった。量子力学をめぐる対話だけでなく、親しい友人として家族同然の付き合いをしており、レジャーや旅行を通じて親交を深めている。その後、第二次世界大戦が二人の関係を引き裂いたことは「原子爆弾 1938〜1950年: ジム・バゴット」に詳しく書かれていて悲痛に思っていたが、本書ではそのことにほとんど触れられていなかった。

「原子の安定性」といえばボーアの量子条件が思い当るが、ボーアとハイゼンベルクの対話の中でボーアが主張していたのは「化学反応の安定性」だった。同じ条件で化学反応は全く同じ結果になる。これは原子が安定していることを意味するのだと僕は気づかされた。

行列力学や不確定性原理を発見したときのことは、比較的詳しく書かれている。しかしノーベル賞受賞のことは書かれていのが物足りなかった。また不確定性原理以外にもハイゼンベルクは強磁性、場の量子論、原子核が中性子と陽子からなるという理論を発表、S行列の理論、宇宙線理論、超伝導の研究など、さまざまな功績をしているのだが、これらについての記述も本書には書かれていない。
項目だけなら記述可能だが、詳しく書こうとすると本書のレベルをはるかに超えるし、分量的にも無理があるということなのだろう。

つづく