>>356 つづき

その数学的構造を簡単に述べれば、
>>326より)
Uの部分集合U_dにおいて、代表数列rで
 r= (r1,r2,r3 ,・・,r_d-1, r_d,r_d+1 ,r_d+2 ,・・)
 一方、任意の数列s∈U_dは
 s= (s1,s2,s3 ,・・,s_d-1, r_d,r_d+1 ,r_d+1 ,・・)

ここで、前半の(s1,s2,s3 ,・・,s_d-1)に注目すれば、これはd-1次元のベクトル空間だ
s_d-1が、r_d-1と、一致する確率は、1次元ベクトル空間の1点を当てる確率と同じ(=0)
(s_d-2,s_d-1)が、(r_d-2,r_d-1)と、一致する確率は、2次元ベクトル空間の1点を当てる確率と同じ(=0)
(s_d-3,s_d-2,s_d-1)が、(r_d-3,r_d-2,r_d-1)と、一致する確率は、3次元ベクトル空間の1点を当てる確率と同じ(=0)
 ・
 ・
と考えて行くと、Uの部分集合U_dにおいて、決定番号がd以外の値を取る確率は0であることが分る

さて、U_dにおいて、dはいくらで大きく取れる
1億、1兆、1京・・・、1京^1京、1京^1京^1京、・・・

有限の範囲で、dはいくらで大きく取れる。が、それでも可算無限に較べれば、その比は=0だ
だから、” D >= d(S^k) を仮定しよう.この仮定が正しい確率は99/100,そして仮定が正しいばあい,上の注意によってS^k(d)が決められるのであった”という記述が

数学的に不適切だと分るだろう
言いたいことは、そういうことで

「当たる」、「当たらない」という文学的表現は、
こういう数学的構造の重要性に比して、軽い話だよ

以上