<集団ストーカーと糖質について>
仮に集団ストーカーなるものがあったならば、そのつきまとい行為をしている人たちは
自らの行為によってその存在を知ることになる。(動作がともなった認識は変更が難しい)

日常行為に”かこつけて”人に働きかける(法的根拠を発生させない)ゆえに、他人の
特に働きかけた相手の日常行為の多くが自分に対するもの見えてくる。程度がひどい場合
不特定多数の日常行為が自分と関連がある”なにか”に見えてくるかもしれない。

たしかに、人が人につきまとい等の行為をした場合、やられてる側はそれが不自然な何かで
あることを察知することはできるだろう。
しかし、働きかけた人(たち)は上記の事から、いわゆる被害妄想といえる程度に危険な状態に
陥る可能性がある。

そして、被害を被っていたはずの人物が彼らにとっての加害者的な存在に変化する。
被害を受けている人は彼らの行為をただ黙って見ていれば、いずれ彼らは報復されてる
と勝手に思い被害者が恐怖の対象となるだろう。(腹にやましい気持ちがある人はその人物の
顔も見れなくなる)人は恐怖を怒りで塗りつぶす傾向にあるので、この辺りで怒り始める。

ただ、ここでつきまとい行為をしてた人(たち)は彼らの主観的な報復に対して報復で返す
だろう。故にこの状態に陥ると延々と終わらないつきまとい行為が発生する。恐怖で行為を
続行できなくなった人は別の人物に頼むことになるだろう。

集団ストーカーをしている人たちこそが精神を蝕むことになり、被害妄想等によって
次々と新たな人物へ”煽り”つきまとい行為をはじめるのである。