6月21日(日)
指導教官から「(博士論文の)章立てが変わるのであれば、論文本体と同時に
概要書の修正も必要」と、メ ールがきた。
どんな事務作業が必要になるのかではなくて、科学論文としてどちらの章立てが
適切かの論文指導がほしい、と思った。

6月22日(月)
指導教官からコメントが送られてきた。科学的内容の指導ではなく、
論文の形式の点だけ。
前回送った草稿は、指導教官に博士論文の修正の内容がわかりやすいように、
もともと英語で書いてあったものを日本語で書き直した。
指導教官に病院でお会いした時に、「日本語で書く選択肢もある」と言われたからだ。
ところが今日のメールには、「私は英語で書くべきだと考えております」と書かれていた。
二度手間になるなら英語のままにしておけばよかったな と後悔。
論文の指導は形式のことだけだったのに、審査については「理研での結果があるので、
厳しいものになる」と書かれていた。博士論文を書いてから3年後の出来事が、
当時の博士論文の審査に影響するなんておかしい。
そのことを、博士論文の指導をする立場の先生たちがおかしいと思わないなら、
もっとおかしい。 でも我慢しなくては。我慢だ。我慢、我慢。