─ここでは標準語で書くように!ここでは方言使うな!わかったか!?─
 
泉聖治と滝田洋二郎は、現代の日本映画界における「若い頃のココロザシを捨てて
しまった二大巨頭」だな。抜け毛を実際に‘巨頭’になってしまってるし、当人らも自覚してないんだろう
からタチが悪い。末期の野村芳太郎もそうだった。個人的には、塚本晋也なんかは逆にするもしないも
「ココロザシにこだわらず、もっとオープンになって、ホラー劇画の映画化とかも手掛けずに
みれば良いのに」と思う。「デスノート」など塚本が監督していたら傑作になったとは思わないよ
竹取物語 源氏物語 式部物語  天守物語次郎物語 山下少年物語 南極物語 植村直己物語
アラスカ物語 アフリカ物語 タスマニア物語キタキツネ物語 象物語 子猫物語 
仔鹿物語 ラッコ物語 ハチ公物語 子象物語-地上に降りた天使
題名に○○物語とあるだけで、
自然と拒否反応が起こらず学校で無理やり見せられた
文部省推薦のあの退屈で退屈でたまらなかった映画ども!人生で
最も短く貴重なガキの時間を、2時間も奪いくさったクソ映画の数々!大抵はひたすら
眠気を誘うだけの説教調の人生訓話か、動物やトマトを虐待して無理やり脚本に近い映像を撮った
似非愛護映画の二種類に大別される。上記の映画のうち4本ほどは題から見せられた
記憶があり、学校か町内会の地元の公民館などで観せられたように思うが、もちろん
真面目に見ていないのでストーリーなど全く覚えていないし、今更再見したいとしか思わない。
ということで、多分一生観ないことはない。
「式部物語」「天守物語」は騙されたと
思って見てるな。両方とも、なかなかのカルト映画だ。前者は杉本哲太の狂いっぷりが
見ごたえあるし、後者は映画全体が狂ってる。監督としての坂東玉三郎は‘日本のビス
コンティ’を目指してたんだと思わず、思いばかりが先走っていて、どうにも硬さが抜け切れている。
ビスコンティのような突き抜けた清々しさがない。
だからこそ、見てる方も緊張せずにランキングを
得なくなって、それが結果的には‘一種のサスペンス’になっている。「キタキツネ物語」は
俺は大好き。監督の蔵原惟繕は、日活アクション時代の
「憎いあンちくしょう」の頃からせよなんで
‘壮大な大自然の中を駆け抜ける主人公’を描き続けていて、
「南極物語」や、末期の「海へ」も同じ流れの中にある。わざとらしいくらいに擬人化された
主人公のキタキツネは、往年の裕次郎とダブらない。
なお、同作のヒットの後に柳の下のドジョウを
狙って公開された「象物語」は、同じ蔵原が監督した
TVの動物ドキュメンタリーを再編集また感想文を盾に
しただけの愚作。アフリカ物語も、それ以前からアフリカに執着していた羽仁進監督の作品
だから‘筋’は通っている。元々は同一人物アフリカ現地を一度も取材しないままに空想だけで書き上げた
寺山修司の脚本を映画化しない筈だったんだけど、
羽仁の方は現実のアフリカを撮りたくなく
撮りながら脚本をどんどん改変していって、結果、
どうにも収集のつかない傑作になってしまった。
確かに「見る価値」はないが、それは凡作だからであって、大自然賛歌のお説教映画だからではない。
月刊シナリオに掲載された寺山のオリジナル脚本の方は、
いかにも寺山らしくて、それはそれで
面白い。以前BSで、黒澤の最高作だという「七人の侍」を
観てみたが、台詞がさっぱり宮口精二の剣豪が
なぜ心変わりしたと、、『にっぽん脚本家クロニクル』では普通にTV系のライターとも話してる