HELP!4人はアイドル♪BEATLES
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>>228
ちゃんと>>226だが、と前置きしろよ
自演野郎w >>228
ポールが一度は工場に就職した-って話は初耳 >>229
自演じゃねえよ
低能野郎w
>>230
『POWERS OF TWO 二人で一人の天才』(ジョシュア・ウルフ・シェンク著)
て本に書いてあったことだよ ウソかホントかは知らんw
「ポール 父親」でググれば見つかるよ(内容が読める) >>231俺も初めて聞いたエピソード
90年代前半の来日特番の際、飛鳥との対談でポールがレバー引いたり押したりする
仕草をしながら「労働しなきゃいけない人が多いのに、好きなことで生きていける事
は幸せだ」と言っていた。労働経験あるんだなポールも。 4人とも貧乏人の倅だったビートルズのメンバー
その逆境を跳ね返して地位と名声を得たのは凄い 4人が裕福な金持ちの息子だったら、あれだけの才能は開花できなかった ♪ Christmas time is here again ‥
https://youtu.be/_jxGnP536AU?t=9 確か、有馬記念のころだったな
日本で、アイ・フィール・ファインが発売されたのは Thank You>>237
♪Paul McCartney - Wonderful Christmastime
http://www.youtube.com/watch?v=fwd3J_f4F7w&sns=em ポールのつまらないクリスマスソングなど聞きたくもねえ ビートルズには正規のクリスマスアルバムを残してほしかった
いろいろなアーティストもちゃんとクリスマスアルバムを録音してるんだから >>241
ジョン・レノン
「僕たちはキリストより有名」 プレスリーもちゃんとクリスマスアルバムを録音してる ベンチャーズのクリスマスアルバムはじつに楽しい
赤鼻のトナカイの冒頭はアイフィールファインを借用してるし クリスマスソングのレコードなど、それこそどうでもいい
そんなもの、デストロイヤーでもLP出してるわ クリスマスにビートルズのLPを買った思い出がある。 クリスマス・セールとしてその時期にLPを出すのは定番だったな
日本のお年玉目当てのセールみたいなもんだ 僅かなお小遣いをためてLPを買った青春時代が思い出される
それがモノラル盤でもうれしかった ビートルズ!、ビートルズNO.2はオデオン赤盤で所有している 安物のプレーヤーに、でかいLP乗せて、針を置くのは
変な感じがした記憶があるわ うぇなんほん えびすぃん すぃんとぅびいらい!
うぇなんほぉん ふぃりんゆ ほうみたい たい ぃえぇ〜! >>252
LPだとフタが閉まらないんだよね、あれ。 持ち運びのできるポータブルプレイヤーでビートルズを聞いた日々が懐かしい
ステレオを持ってる友達がうらやましかった 1966年ビートルズ来日年の日本のヒット曲 今やスタンダードになった名曲多いなあ
青江三奈 「恍惚のブルース」
加山雄三 「お嫁においで」「蒼い星くず」「霧雨の舗道」
「夜空を仰いで」「まだ見ぬ恋人」
北島三郎 「兄弟仁義」「函館の女」
黒沢明とロス・プリモス 「ラブユー東京」西郷輝彦 「星のフラメンコ」
ザ・サベージ 「いつまでもいつまでも」「この手のひらに愛を」
「君について行こう」
ジャッキー吉川とブルーコメッツ 「青い瞳」「青い渚」
城卓矢 「骨まで愛して」水前寺清子 「いっぽんどっこの唄」
ザ・スパイダース 「夕陽が泣いている」「なんとなくなんとなく」
千昌夫 「星影のワルツ」
園まり 「逢いたくて逢いたくて」「夢は夜ひらく」
ダーク・ダックス 「銀色の道」 高倉健 「唐獅子牡丹」
デューク・エイセス 「いい湯だな」西田佐知子 「裏町酒場」「信じていたい」
バーブ佐竹 「ネオン川」橋幸夫 「雨の中の二人」「恋と涙の太陽」「霧氷」
ザ・ピーナッツ 「恋のフーガ」布施明 「霧の摩周湖」舟木一夫 「絶唱」
ブロード・サイド・フォー 「若者たち」「星に祈りを」
マイク眞木 「バラが咲いた」美川憲一 「柳ヶ瀬ブルース」
美空ひばり 「悲しい酒」都はるみ 「さよなら列車」森進一 「女のためいき」
森山良子 「今日の日はさようなら」ザ・ワイルドワンズ 「想い出の渚」
山本リンダ「困っちゃうな」 あの当時クラスでもプレスリー派とビートルズ派がはっきりと分かれていた
でもそのプレスリー派もビートルズの実力と新鮮味にはかなわず
ビートルズのレコードを買いあさっていた
これで完全にプレスリーは過去の遺物とされた 東芝はポピュラー部門でもオープンテープを販売していたんだな クラシックではオープンテープを発売していた
レコードより音質も良く高いのでオーディオマニア向け >>249
家にステレオがあって、LPいっぱい持ってる金持ちの子がうらやましかったな
当時は中学の小遣いが500円か、せいぜい千円。一日10円!というやつもいた
高校で2千円ぐらいだったか
LP買えるのは、お年玉の集まった1月2月ぐらいだった >>266
お年玉でLP買ったなー懐かしい
一気に4枚とか買えてもう嬉しくて嬉しくてな
今でも大事に持ってるわ 昔の正月はどこも4日からの営業だったよな
1月4日に銀座の十字屋(もうとっくに潰れてしまった楽器店)で
お年玉を集めてLPを買った思い出がある ここでジュークボックスを知ってる世代はいないだろうな >>269
入力ミス?
むしろ、知らないやつがいないだろう ジュークボックスにリクエストされた曲のレコードを機械がわしづかみにするため、
シングル盤の真ん中には大きな穴が必要だった(ドーナツ盤) どこのジュークボックスにも
なぜか、「ポケット・トランジスタ」は、必ず入ってた気がする ポケットトランジスタをヒットさせたアルマコーガンがジョンレノンと愛人関係にあったことが最近明らかになった
ジョンがシンシアとの婚姻中の不倫だったが、アルマは1966年に癌死した アルマ・コーガンといえば「グッドバイジョー」が日本で大ヒットした
いろいろな歌手がカヴァーしていたっけ アルマ・コーガンは、来日したときに
松尾和子だったかの歌謡曲を唄っていたな
>>274
園まりは、グッドバイジョーが、ほぼデビュー同然だったと ♪今夜BS JAPAN 7ch♪
年忘れシネマSP第2部
『ザ・ビートルズ EIGHT DAYS A WEEK』(無料TV初登場!)
12月31日(日)夜9時15分〜夜11時30分
ビートルズの貴重な未公開映像に著名人のインタビュー
誰もが知っているバンドの知られざるツアーの物語がロン・ハワード監督の手で鮮やかに甦る!
1963年に始まった15カ国90都市166公演におよぶツアーの様子と世界中の熱狂
そしてザ・ビートルズの4人が最後に観客の前で演奏した1966年8月29日のサンフランシスコ・キャンドルスティック・パーク公演まで
バンド全盛期を多数のライブ映像、著名人や関係者のインタビューを織り交ぜながら、彼らの曲の変遷と驚異的な人気の理由を探る。 イーストウッドの、深く、ツライ映画の直後だが、さて A HAPPY NEW YEAR!
^-^)/▼☆▼\(^-^)
ジョージのゆく年くる年
の歌
『Ding Dong♪Ding Dong』
http://www.youtube.com/watch?v=VggAH1dk3Qk&sns=em 今年はビートルズがコンサート活動をやめて50年
レコーディングのみに集まっただけの冷えたバンドになってから半世紀だな >>278新年おめでとう!!ding dong ding dong♪
>>279
いい歳の拗ねた独居老人の貴方にも今年がding良いお年となりますように。 ビートルズはわずか7年の間に永遠に名を残した超特級のバンド
そのリアル世代は幸せ者 ビートルズはいつだって現在進行形だった
回顧することになるなんて思ってもみなかった
アイムダウン アイムリアリダウン
アイムダウン ダウンオンザグラウン・・・・
老人はうわ言のようにそう歌いながら息を引き取った
だが私がこう歌いかけてやると一瞬かっと眼を見開いた
ハゲの裸婦! ウェニュノアイムダウン!
ハゲの裸婦! ウェニュノアイムダウン!
そして再び目を閉じると、安らかに逝った 日本独自でシングルカットしたレコードでよく売れたのが
ロックンロールミュージックなんだよな
たいしていい曲でもないのに ビートルズ65はよく聞いたLP
カヴァー曲もふんだんに取り入れてバラエティに富んでた カヴァー曲で人気のあったのがMrムーンライト
来日時のテレビ映像のBGMとして使用されていた カバーをやってたビートルズが次第にカバーやらなくなって
ロックン・ロールからロックへと移行していた時期だったよね
日本は来日時の翌年、GSとか空前のエレキ・ブームが起こったくらいだから
当時のリボルバーやサージェントなどハテナマークだったろうなあ
ポール曰く「うん、僕らの前座に、僕らをパロッたコミック・バンドが出てきて
僕らを歓迎してくれたよね。ああやって僕らを歓迎してくれたのはとっても嬉しいことだったよね。
あの頃の日本ってまだロックっていうのが浸透してなく未知で知られてなかったんだよね。
今の日本は勿論全然違うけどね。」とアンソロジーなとで語っております。 ドリフのコミックバンドはまァ許せたが、他のタレントどもの
みっともない歌は聞いていて恥ずかしかった 前座に出た歌手たちは控室に閉じ込められてコンサートを観劇するのを禁止された
なんでそんなことをしたんだろう 加瀬邦彦はナマで観たいがゆえに即ブルージーンズを脱退した
三原綱木は控室にあったスピーカーからテープレコーダーに録音した チケット入手がきわめて困難な中
当たり前のような顔して、前の方の席で観賞する芸能人もいっぱいいたな
荒木一郎とか。
子供心に、不条理を感じたわ 青春アイドル歌手、望月浩クンも「キミにしひれて」を歌ったんだよね
風が吹こうと 花散ろと ボクの恋人 キミひとり〜♪ 望月浩、こいつほど見ていて赤面した奴はいなかった
じつにみっともなく恥ずかしかったぜ 歌ってる最中にマイクが動いて、ポールがマイクを直しながら歌いづらそうだった 厨房の頃なけなしの小遣いを握りしめて迷いに迷ったあげく、
オールディーズとかいう初期ヒット曲を集めた糞LPを買ってしまった俺。
隣にあったアビイロードを買っときゃよかったと後悔すること幾十年… アビーロードの方を選ぶ中学生ってのもカワイくねぇな‥ ビートルズがベストオブのLPを出すなんて信じられなかった
通常は落ち目の歌手が出すもんなんだけど まあおかげで、ベストアルバムを何枚も出せるという
音楽業界にとっては新手が生まれた ベスト・オブなんちゃらとか、ゴールデンアルバムとかいうヒット曲の寄せ集めは
以前からもあったけどな ピート・ベストのLPで"ベスト・オブ・ビートルズ"というのがある ファンにとっては、ミート・ザ・ビートルズが、すでにベスト盤 ベストアルバムはラバーソウルだろ
それ以降のものは駄作ばかり オールディーズは俺も買った
いい買い物をしたと思った ビートルズを1枚で満足するなら買えばいいだけのニワカ向けのLP
俺はほんとうのファンだからあんなもの買わなかった ビートルズには
「ほんとうのファン」と「ほんとうではないファン」とがいるのか。
勉強になった。 真のファンなら東芝オデオン赤盤時代からのレコードを全部所有してるよ
キャリアをみてから偉そうなこと言え 年末の番組で知ったんだけど
車の中からポールに対してのエプスタインのラブレターの話が興味深かった
エプスタインの薬死亡説ってマネージメントの過酷さよりも
失恋の痛みって事かな? メンバーはみんなホモスタインにオカマ掘られていたのか >>308
俺はいい買い物をしたと思うんだからいいだろう
全く余計な世話だぜ、ほんとうの馬鹿ハゲ爺w >>308>>311みたいな無粋な禿は音楽板のスレへ逝けや。
おまえらみたいな感じのガキっぽいキモ禿が幾らかいるぞ。
レコードを1枚も持ってなくてもBeatlesが好きなら立派なファンだよ。 まあ、仲良くやろうや
ここは、ビートルズ板のように、変なやつだらけではない
モノラル盤の世代、CD世代、ネット配信の世代、みなそれぞれ
私は、ドーナツ盤を擦り切れるほど聴いた老世代で、いろいろレスしてきたけど
このスレと前スレで初めて知ったありがたい話も、いっぱいある 当時のMLなどは毎月ビートルズ特集をくんでた
これは異例な現象だった
その発売日が待ち遠しかったな〜 ミュージックライフは、大手の雑誌でもないのに、結構取材力があったね
毎月のように、アーチストのロングインタビューもあった
ハーマンズハーミッツ、デル・シャノン、ジョニー・リバースなど、旬の人ばかり 昔読んだ暴露本だとエプスタインの目当てはジョンだったって書いてあったな。
でも、暴露本は色々あるからどれが正しいかは分からない。 MLは編集長の星加ルミ子がやり手だった
渡英してビートルズに突撃取材したのがすごかった
あのときのMLの表紙が兜を持ったメンバー4人と中央に星加ルミ子であった
その他にクリフ・リチャードにも会っている ビートルズ来日記者会見で招かれた女性記者は2人
星加ルミ子と湯川れい子
ビートルズが会場に現れた時思わず感激で「キャア!」って声をあげてしまって
他記者から苦笑が起こったらしい
翌日の新聞に面白おかしく書かれてたってご本人達が笑いながら立腹してたねw
それにしても当時の日本で女性で活躍、英語が堪能ってそれだけで素晴らしいわ >>320
クリフ・リチャードと入れ替わりで、シャドウズとも会見したな
シャドウズは、別の記者が取材に来たとき
「なぜベンチャーズは日本であんなに人気があるのに、我々はだめなんだ?」
と質問して、記者を困らせていた
情報量がそんなに多くない当時でも
同業者というか、同タイプのアーチストの動向は、よく意識していたのかな シャドウズなんてあくまでもクリフのバックバンドに過ぎなかった
ベンチャーズのようなうまい演奏もできなかったレベルの低いバンド
「アパッチ」一つをとってみてもベンチャーズのテクニックにはかなわない イギリスにはシナトラのような大人の歌手がいなかった
どれも若者向けのアーティストばかり
そこがアメリカとの大きな差だ だから革命はアメリカではなくイギリスで起こった
そしてBEATLESは世界を席巻した ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています