同じく映画版ユアアイズオンリーの元ネタ原作
原題:危険 〜 Risico 1960年

―― 「この類の話は危険が多くてね」茶色い口髭越しに静かにこの言葉が出てくる。
鋭い黒い目がゆっくりとボンドの顔から、丹念に紙マッチを細かく破り棄てているボンドの手に移る。
マッチにはアルベルゴ・コロンバ・ドーロと印刷してある。ボンドは試験を受けているような気がしていた。
二週間前、エクセルシオ酒場でこの男と落ち合ってからずっと、こんな密かな試験のされ通しなのだった。
ボンドは、その酒場で独り、アレキサンドラを飲んでる口髭の男を探せと言われ来たのだった。
ボンドはその秘密の目印が面白く思えた。畳んだ新聞を小脇に挟むとか、衿に花をさすとか、黄色い手袋をはめるというような、スパイ同士の往年の目印より
トロリとしたご婦人向けのカクテルを目印にする方がずっと気が利いている。
それに頭を押さえられず独りで活躍できるというのも有り難い話だ。
クリスタトスと名乗る男はまず小さなテストから始めた。
ボンドは酒場に入って店内を見回したとき、客は20人程いた。口髭を生やした男はいなかった。
しかし店の奥のテーブルには、オリーブの実とカシューナッツの小皿に挟まれるように、クリーム&ウォッカのカクテルのグラスが立っていた。
ボンドは真っ直ぐそのテーブルに行き、椅子を引き出して腰を下ろした――――。