「運命はこうやって扉を叩く、か…」

窓の外の大きな満月を眺めながら、男はつぶやいた。

「何ですか?それ(笑)」
「かのベートーベンの言葉だよ。あの第5交響曲の冒頭のジャジャジャジャーン♪の意味を問われたときに言ったらしい」

女の問いかけに男は得意気に答えた。
2人の手にはワイングラス。白ワインで2人は乾杯した。

「君とこういう関係になったのも運命かなと思ってね。そしたらこの言葉が浮かんだのさ」
「あらやだ。交友関係じゃなくてもう恋愛関係でしょ」
「それはダジャレかい」
「ウフフ」

2人は軽いキスを交わした。

「まあ、こんな美しい戦争未亡人がいたら誰も放っておかないだろうからね。僕はラッキーだ」
「でも、コブ付きだけど(笑)」
「そんなの構わないさ」

そして2人が2度目のキスを交わそうとした、その時…

トントントントン…

「えっ…?誰…?」

まさに、運命のノックが響いた。

ガチャッ

鍵をかけ忘れていた玄関の扉は次の瞬間には開かれていた。
そこに立っていた人物を見て目を丸くし呆然と立ちつくす女。言葉も出ない。
その視線の先には、軍服姿の大柄な男が立っていた。

「ただいま」

軍服の男はそう言って、まず微笑んだ。

軍服の男は帝国空軍所属の大岡大佐。実は、この女の夫である。

5年前、世界大戦がようやく終結に向かおうとしていた頃に、大佐は戦死したとの報が女の元に届けられた。
女はしばらくの間は哀しみに暮れていたが、戦争が終わってしばらくしてから別の男性と知り合い、恋に落ちた。
それが今のキスの相手、フランク長濱氏である。

―未完のまま―