>>476
目が覚めた。
 茜は夢をみていた。
 日の暮れた薄暗い雑木の中で佇んでいた。
 時折蝉が、寝言の様に短く鳴いた。
 しつこく群がっていた藪蚊は寄り付いてこなくなった。
 身体中に負っていた痣は跡形もなく消えて、元の白い美しさを取り戻していた。
 茜は足元を見た。
 藪蚊が群がり、身体中に痛々しい痣が刻まれた、かつての自分の身体があった。
 半分開いた前歯の隙間からは野鼠の長い尾が覗き、萎んで乾いた眼球には蝿が数匹とまっていた。
 そんな変わり果てたかつての自分を認めても、惨めな感情等は微塵も沸いては来ずに、むしろ軛から解き放たれた解放感に満ちていた。
 
 遠く犬の鳴き声が、湿った空気を伝って聞こえてきた。
輪郭が滲んだ月が梢を照らし、梢を漏れた月光が、かつて彼女であった遺骸に射した。
 夢を思い出した。
芳しい香りと生暖かい感触が、唇に残っているような気がした。
 あの生々しくて不埒な行為を思い還すと。最早稼働しているはずの無い心の音が、俄に高まり熱くなるのを覚えずにいられなかった。