救急隊の到着によって薄い幕は今、完全に破られた。水色の作業服の男二人がオレンジのクーラーボックスのようなものを肩にさげ走って此方へ向かう。
男は救急隊に殆ど何の澱みもなく事の経緯を話した。
「食事中に突然倒れて、持病はありません。ですが時折眩暈と頭痛薬がすると言って居ました。」
だいたいこのようなことを話した。
僕は手持ち無沙汰なままただ目の前に展開している出来事にドラマの中へ迷い込んだような錯覚を起こした。
あとからきたもう1人の隊員がストレッチャーを広げ、その場の救急隊員全員で姉をストレッチャーに載せ運んでゆく。
僕はテーブルの前に立ち尽くしている。
すると男が、「俺はここ払っとくから病院行け」と肩を叩いた。
僕は黙って首を縦にふるとストレッチャーについて行った。
「病院の場所、LINEしてくれ」
背後から男の声が追いかけた。
僕は振り返って頷いた。
曇った酸素マスクだけが、姉の生存を知らせていた。
無論モニターにも数字は跳ね上がり踊って克明にあるが、それ自体が姉のものであるという実感が、あまりわかなかった。
救急車は酷く揺れた。
「バイタルは正常。脳出血、くも膜下出血の疑いあり。只今から其方に搬送する。」
無線で怒鳴っていた救急隊が額の汗を拭ってこちらを振り返り、「千葉大学付属病院に搬送します」と言った。
「お願いします」
僕はそう答えてからだらんと下がった姉の白い手をとって握った。
ストレッチャーはリノリウムの床、
消毒液の香りがする病院を真っ直ぐに走る。
隊員は肩から下がってくるバックを直しながら緊急治療室へ駆ける。
治療室の前にあるベンチで僕は男に搬送された病院を教えた。
するとすぐに向かうと返事が来た。
僕は息を吐いて扉の先に居る姉を想った。
「だから早めに病院行けばって」
男は隣でどんより重たいため息をついた。
暫くたってから独り言のように僕は、「そんな前から」男は頭をかいて直ぐ「・・・ああ」と言ってまた黙り込んだ。