第三章 そんな時代もあったね、みいちゃん。

「初恋のことって、意外と覚えてるもんですね」
僕は熱燗を傾け、女将に全てを話していた。「いい店があるから」と誘ってくれた同僚はすでに帰っていた。

「素敵な思い出ですね」
女将は作業を止めて、話を聞いてくれていた。
色白な肌に、着物が似合っている。

「でも、なんで逃げ出しちゃったんだろうなあ」
「きっと可愛かったからですよ、その子が」
「そうだったかなあ…覚えてないや。今なら『みいちゃん』って呼んであげるのになぁ」
「じゃあ、呼んであげればよかったのに〜」

急に馴れ馴れしくなった口調に居心地が悪くなった。頃合いを見計らい、僕は勘定を払った。
店を出ようとすると、女将が引き止めた。

「お客さん、入る時はちゃんと看板を見ないとね」
「ん?」
僕は看板を見る。
『小料理屋みい』のプレートが白く光っていた。

「今、みいちゃんって呼んで」

(おわり)