『看板に偽りなし』

第一章 違うんだ、わかってよ、みいちゃん。

女子トイレの空気は少し軽い感じがした。男子トイレと構造は変わらないはずだが、なぜか明るい。
小池が目の前にいたからかもしれない。
「何してんの、ここ女子トイレやで」
小池は言った。ハンカチを持った右手が強く握られている。
「あ、ごめん。間違えた」
僕は女子トイレから出ようとした。
振り返ると、女子数人の声が近づいていた。まだ顔は見えない。
突然、小池は僕の手を引っ張った。個室の中へ連れ込まれた。

女の子の話は長い。どうでもいいことを延々と喋り続ける。
その間、僕と小池は黙っていなくてはならなかった。
「ごめん、助けようと思ったんやけど」
小池が耳元で囁く。僕は首を振る。
まだギリギリのところで窮地には陥っていない。
そう考えると、悪くない状況に思えた。
肩が触れ合うたび少し離れて、再び僅かな感触がする。
「小池、髪切ったんだね」
「それ、だいぶ前やで」
「ああ、そうごめん」
「それより、何で女子トイレ入ったん?」
「ぼーっとしてただけだよ」
「おや、ホントかな?実は隠しカメラ持ってたりして」
「持ってないよ」
僕は両手を上げる。小池は「冗談やって、別に疑ってへんよ」と笑った。

「先、出ていきーや」「サンキュー、助かったよ」
女子グループの声がなくなり、小池が外を覗くと、もう誰もいなかった。
僕は教室に戻った。遅れて小池も入ってきた。
女子グループは噂話をしている様子はなく、いつもと変わらない。
小池は自然を装いそのグループに近づいた。二言三言、言葉を交わしてから、僕にうなずいた。

(つづく)