ブレーンワールド(その9)
食事時にストーカーの話はまずいと思ったのか、ねるが別の話題を振った。
「この間の質問タイムの先生のお話はちょっとぶっきらぼうな感じがしました」
「ああ、あのセンセ、超常現象なんかは疑似科学であるといつも切り捨てている。パラレルワールドなんて論外」
「パラレルワールドの存在は信じていらっしゃいません?」
「俺がどうかってこと?個人的には信じていないな。あったほうが面白いだろうし、地下室民の尊厳のためにはあったほうがいいだろうけど」
「チカシツミンってなに?」とウザ女が訊いた。
「この間、ねるさんがアイドルオーディションを受けたと知ってちょっと興味が出て、2ちゃんのアイドルのスレッドを覗いてみた。
そしたら、あるアイドルのスレッドにすごい罵詈雑言が書かれていて、その原因となる行動の動画もそこに貼られていた。
何かよっぽどのことをやらかしたんだろうと思って見てみたが、仲のいいアイドルどうしが戯れているだけ。
たしかに『もう歳だよ』とか、相手が言ったことを受けて流すということもあったが、微笑ましい光景にしか思えなかった。
ところが、地下室民は狂ったように糾弾を繰り返している」
「だからチカシツミンって、何?」
「ドストエフスキーの『地下室の手記』の主人公と同じように、恨み言や繰り言を重ねる連中のことを言う。ある評論家がそう名付けたんだけどね」
「何も悪いことしていないアイドルさんがなぜそんな酷い目に遭わないといけないでしょうね?」とねるの目に悲しみの色が浮かんだ。
「いろんな要因があると思う。人は自分が発した言葉に影響を受ける、承認欲求、屑どうしの連帯感、屈折した達成感などなど。
おそらく切っ掛けは自分でもどうでもいいと思っているようなことだったんだけど、たまたま悪口を書き込んで、その自分の言葉に影響を受けてしまう。
そいつと同レベルの知能の追随者が現れると自分が承認されたかのような恍惚感が生まれる。
そういうのを何人か呼び込んで、増幅され、共鳴してうなりがつくられる。
一度集まって団結力が出ると、絶対に許さないとなって苦情ユニオンをつくってしまい、ブログで謝罪しろなどと身勝手な要求を貫き通こうとする」
「かわいそうに」とねるはいっそう悲観した。
「ああそういうキチガイクレーマー集団に狙われたアイドルはホントかわいそうだよね」
「そのアイドルさんもですが、苦情を言う人たちが哀れでなりません。もし私が狙われたなら、その人たちを救うため喜んで謝罪します」
「ねるさん、・・・。あえて言うけどそれは間違っていると思う。
理不尽な苦情に屈すれば、苦情を持ち込むことが趣味のクレーマー集団に達成感を与え、
その恨みがましい魂に膿が分泌され、また新しいターゲット叩きが始まる。
さらに悪いことにその苦情を勝ち取ったということを素晴らしいと錯覚した地上民の一部を地下室民に転落させることになるかもしれない」(続く)