「カーテン」

病室から眺める景色はいつだって同じで
僕は時の流れを感じられなくなっていた。

彼女が僕の視界に現れるようになったのは
去年の、夏も終わるころ。季節はずれの台風が過ぎ去った朝、彼女は病院の中庭のベンチに腰掛けて本を読んでいた。
すこし茶色く染めた長い髪の毛がうつくしい。ぱっちりした二重まぶたのかわいい女の子。なのに、どこか切ない表情に、気づけば僕は見とれていた。

彼女は毎日、そこにいてくれた。僕は朝起きてカーテンを開けるのが楽しみになった。ある時は、空を見て何かを考えていたり。ある時はノートに何かを書いていたり。彼女の一つひとつの仕草にドキドキする。僕は名前も知らない彼女に生まれて初めての恋をした。

ある秋の日。彼女の横には見知らぬ男性がいた
二人は楽しそうにスマホを見せ合ったり、一緒にお菓子を食べたりしている。僕は彼女の笑う顔を初めて見た。ふいに見せる八重歯がかわいい。僕はそれだけで十分しあわせだった。

秋も深まってきたころ。僕は自分でカーテンを
開けることもできなくなっていた。看護師さんに、朝の計温の前にカーテンを開けてもらうようになった。
「あら、またゆいちゃんベンチに座ってる」
「ゆいちゃんって言うんですか?」
「そうよ。小林ゆいちゃん。第二病棟に
入院してる女の子よ。〇〇くんより1個下じゃ
なかったかなぁ」

彼女のことをほんのすこし知れた。それで僕はもう十分だった。

初恋は実らないって言うけれど、ほんとだったんだね。でも、彼女はつまらない僕の日常を輝かせてくれた。僕は生きることの楽しさを最後に知ることができたんだ。

ある冬の朝。僕は永遠の眠りについた。
僕の病室のカーテンが開けられることは
もう、二度となかった。