「各駅停車」

入社して、はや5年。営業の成績もよくない俺は人見知りな性格も手伝ってか、社内では存在感もなく、いつもひとりぼっちだった。

そんなある日。

「小林ゆいと申します。分からないことも
たくさんあるけど、一生懸命がんばりますので
よろしくお願いします!」

彼女は八重歯を見せながら笑顔でそう言って、一礼すると、立ち去っていった。

あんな笑顔を見せてくれている新卒の彼女も、いつかは俺を避けるようになるだろう。
冷めたコーヒーを見つめながらそう思っていた

彼女は会社にすぐに馴染んだ。愛嬌があるのでおじさん連中にかわいがられた。それでいて控えめな性格だから同性からも好かれる。俺なんかにも気さくに話しかけてくれて、いつも八重歯を見せて笑ってくれた。
それに、遅くまで残って努力している彼女の姿も知っている。俺はいつからか、彼女に惹かれるようになっていた。

だが、彼女も同じだった。
みんなには明るく振る舞い、談笑する彼女も
俺の前だけでは顔が硬く返事もそっけなくなっていった。いつだったか、会社の飲み会のときも彼女は俺のいるところから、逃げるようにいちばん遠くの席に座り、部長や先輩と楽しそうに話していた。片想いなんかしていた自分がすごく恥ずかしくなった。

「〇〇くん。悪いが大阪に行ってきて
くれないか」

突然の出張はよくあることだった。度々、使いっ走りのように俺は利用されていたから。

「ああ、それと今回は小林くんと一緒に
行ってきてくれ」

なんとも複雑な気持ちのまま、俺は東京駅の改札口で彼女を待っていた。

「すみません。遅れてしまいまして」
「大丈夫だよ。小林さん切符は?」
「あっ、会社の経費で買っておくように言われていたので〇〇さんのも一緒に買っときました
「小林さん、これ 「こだま」にしか乗れない
やつじゃん」
「そうですよ」
「そうですって、4時間もかかっちゃうよ」
「だって〇〇さんと、長くいたかったから」
「えっ」
「会社のみんなの前だと、恥ずかしいから…」


好きなあの人と、過ごせる時間を。
「ぷらっとこだま」

JR東海