社会ごっこというか、人間は一人では生き続けられないから、
最終的によりマシな死に方として老衰死を望むなら必然的に他人に支えてもらうしかない
本当に反出生の社会になったら殆どの人間の死因は餓死や病死になるだろう
果たしてそれでもいいのかと、そんな苦しみ(当然経験したことないが)を受ける覚悟はあるのかとなると、やはり俺には難しい
だから自分だけが反出生を貫いて死に際までの生を出生主義者による社会構造に支えられつつ(不本意だが)、そいつらに倫理的な批判をし続けるというスタンスを採る(何か卑怯みたいだが)しかないのかと悩む…
考えすぎなのかな…