人って死ぬじゃないですか [無断転載禁止]©2ch.net
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人っていずれ死ぬじゃないですか
絶対死ぬじゃないですか
今めちゃめちゃ死にたいけど、死後が怖いんですよ私 めちゃめちゃ死にたいんですけど、辛いのはやだし痛いのはやだし人に迷惑かけたくないし、でも生きてたくもないんですよね
なんか、結局逃げたいだけなんですけど
そんでも逃げようが逃げなかろうが人って死ぬじゃないすか
だったら辛い思いする必要あるのかって >>2
いずれ死ぬという間違いのない現実に明確に気付いたのはとてもいいことだと思う。
自殺すると死後余計に苦しむそうだ。
そして自殺という行いにふさわしいところに行くそうだ。
この世に生まれ変わる時は今より悪いところに生まれ変わるという。
たいていの人は、この世に楽しみを見出そうとする。
美味しいものを食べたり、美しいものを見たりする。
しかし、それらは死ぬという現実からの逃避でもある。
あなたは逃避が無駄であることもわかっている。
これもいいことだと思う。
なんかいいことばかりですね。 >>2
死後が怖いのは、死とはどういうものであるかというイメージを記憶して、それを思い出すからだろう。
記憶から怖いという気持ちが起こるその連鎖を自ら見ることが出来れば、
すなわちありのままが見え、怖れは無くなるだろう。
暗い夜道で向こうに蛇がいるのが見える。
怖いと思うがこの道しかない。
仕方なく近付いてよく見ると、それはただの縄であったとわかるように。 身近なところだと
食材を鶏とか魚とか一匹で買ってきて調理したり
轢かれて死んでる猫とか良く観察してみるといいよ
まだ意識あることもあるだろうし
目に見えて触れる死を観察すると
イメージだけでなく見て触って理解することができるよ
イメージだけより良いと思うよ この世の物質界は魂の鍛錬・成長の場です
あの世と呼ばれている世界が本来の故里です
人は誕生以前にあの世で次の人生の計画を立てます
誰々を両親に、こういう肉体で、こういう境遇に生まれ、
こういう人生コースを歩む と
その人生コースを終えると、これだけの進歩・成長が遂
げられ弱点は克服され過去世での罪は償われる と
しかし誕生と同時にそれらの計画・決意や前世記憶は
潜在意識の奥へと隠され白紙からのスタートとなります
それらを全て記憶したままでは、試験の解答を知ってて
試験を受けるのと同じで、真の実力とならないからです
地上世界は無限に存在する生命の生活の場の中でも
かなり遅れた部類に入るうえ、魂の鍛錬の場でもある
ので人生はどちらかというと辛いものになります
しかし途中で自分で切りあげて故里のあの世に帰還
しても、人生全うして帰った時に待ってる幸福はお預け
となり、もう一度この世に生まれて放棄した試練に対処
しなくてはならず苦しみが長引くだけです
この世では財産・地位・権力・名声を手にした人が高い
評価を受けますが、故里のあの世での評価は全く異なり
他人に与える・尽くすことが多ければ多い程、高い評価
を受け幸福の境涯で生活しています
参考文献:シルバーバーチの霊訓 自殺するとどうだとか、良くある根拠のないうわさ話はいいのです。
問題は真理がどうなのかという事です。日本人一般の従来からの口癖は、
真理などというものは無い、世の中は不条理なものだ、という事です。これもただの迷信です。
真理とは、とっくに聖書で告げられたりしてますが、この世の認識というものは、
サタンとその弟子たちが邪魔をするので、それらを単なる宗教だとか、盲信だと誤解させて
真理から遠ざける、無知や暗闇という緒力の働きが有ります。
死は、創世記の序章を見れば分かるでしょうが、初めは存在してません。地上の楽園では。
地上が呪われてから、死というものが生まれる様に成りましたし、サタンの作ったこの世界は
不完全だったので、いずれ死ぬという事です。本来神が作ったのは、完全であり、永遠です。 神は自分の子と自分を裏切ったサタンの子がいて、自分の子も迷い、罪につまずき
サタンの種と混在するんで地上に撒かれた二種類の種の実が明らかとなるまで
待つようにしました。それがこの世であり、終わりの日の事であり、最後の裁きです。
最初から分かっては居ますが、実際の行い・成果がどうだったかでそれを明らかとします。
躓いた我々神の子は、罪を悔い改め、再び永劫に戻れる様にせなきゃなりません。
サタンの子は、その悪の本性が明らかと成る様な実だけを結び、ゴーツーヘルの証と成ります
それこそが、永遠の死であり、真の死です。肉体の死など恐れちゃ成りません 何をさも聖書が真実かのように言っているのか まあ昔のおっさんが書いた小説を信じこむのも人それぞれだけどさ
己の信じたことをすればいいよ 死語の世界なんて生きてる人間には誰一人として知ってる人はいないんだからさ
俺は死んだら無になると思っている 聖書を信じてる奴もいる 1も考えて自決すればいいさ
大人なんぞに洗脳されちゃダメだ ましてや俺らなんかもってのほかだ
考えろ 考え抜いて自分だけの答えを絞り出すんだ 考えて考えたつもりでもそれは誰かの考えだったりする
洗脳されてない人間なんていないし、生きて行く為に人は洗脳される
自分で生み出した考えなんて1%も無い ♂今41歳、この2年くらい、自分も死が恐ろしくてしょうがない日々を送っている 加えて楽しいと思えることがほとんどなくなった
健康状態が悪く疲労困憊で無気力になっているせいもあるが
今も30分くらいやることが全くなくてPCの前で茫然としていた 身体の不自由な老人になるのも、そのときに恐らく経済力がないのも怖い
そこまでマトモに生きることができるのかどうかも不安、、、
あと、15歳の頃からのんびり考えてきた「決定論」関連の問題が
(詳しくは「唯物論」「心の哲学」「意識のハードプロブレム」とかをWikiで見てくれ)
どうもあまり良くない結論に達しそうなのだ 生きることが苦しくて自殺する人がいる
死ぬと苦しさから解放されると思っているからだ、確証はないはずなのだが、、、
死ぬと苦しさから解放されるだろうと思うのは、
肉体が機能しなくなることで意識とか感覚といったものも消失すると考えているからだ
これも証明されていはいないが、おそらく概ね正しい よく意識は物理状態の「随伴現象」という言われ方をしていて
別に人間とか生物とか有機物だけに宿った特別なものではなく一般的な物理現象の1つに過ぎないと見なされている
「意識のハードプロブレム」が問題にしているのは、
「どうして肉体を構成する物質が入れ替わっても人格は継続するのか?」とか
「なぜ自分の意識はこの肉体に宿ったのか?」とか
「なぜ意識は『主体性』を感じるのか?(物理法則外で自由に振る舞っているかのような錯覚を持つこと)」
とか、そんなの 心の哲学の分野では意識とか感覚を総称して「クオリア」と呼んでいる
物理現象であるクオリアは質量保存の法則とかエネルギー保存の法則とかと同じように、おそらく保存する
ただし、クオリアは物質を媒介としているので、
かなりの確度で記憶のほとんどが脳の物理状態に依存しているであろうことから、
死んで脳がダメになったら、最低でも記憶はリセットされると思われる さらに言うと、
クオリアを捕らえていた物質が腐ったり焼かれてたりしてバラバラになることで
クオリアは解放され(たぶんクオリアもバラバラになって)、
エネルギーが物質間を渡り歩くのと同じように、クオリアも別の物質に捕らえられる
それが今度はネズミやゴキブリなのかも知れない、木や石、自動車やPCなのかも知れない 記憶は失い、意識レベルもスーパー知的生命からクソ下等生物まであり得る
むしろおそらく複数の意識に分散するだろう、他の意識と統合もされるだろう
大事なことは「おそらく意識は消失しない」ことだ
ただし記憶リセット・分散・統合があるので、いわゆる「輪廻転生」とは違う 心の哲学は「仮定→実験→観測」という科学の手法が通じない世界で
とても難しく(だからハードプロブレム)、
オカルト染みたイメージがつきまとうことからマイナーな学問分野となっている
だがおそらく意識(クオリア)を持つであろう高度な人工知能の登場や
幹細胞による再生医療で脳も徐々に交換することで寿命を延ばすことができるようになるなどして、
この問題についてマジメに向き合わなければならない時代が、もうすぐ来る ちょっと話は変わって、
宇宙の寿命はおそらくとてつもなく長く
今ビッグバンから138億年とか言われているけど、その何兆倍もの時間を余裕で過ごすことになる
たぶん、無限だろう
無限の時間があれば、
ある時点での状態と完全に同じ状態がいつか実現することになるだろう
そうなるとそこから先はまた同じ歴史を繰り返すことになる
つまり宇宙の状態は循環することになる なので、
クオリアもウジ虫、イケメン、宇宙人など色々経験したあと
そのうちたぶんまた今の自分に戻ってくる
これが今のところ自分が考えている宇宙とか人生とかの姿に関する結論だ 掃除と含めて1時間潰せたよ
もう一仕事して昼飯食べに行ってくる
外はどんよりしていて気分も晴れないね、、、 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています