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うちの中学校区から行ける公立高校が偏差値順に上からABCDの4校あった
もうガリ勉は嫌だったから少し余裕をもって学校生活の送れそうなB校を進路希望にした
でも受験も近くなったころ当時の担任が急にD校に変えろと家に電話してきた
自分は絶対に嫌だったし、これまでの努力に見合わない
何より毎回の試験でA校でも手が届く点数を修めてきてるハズなのにおかしいと
母親はこれら私の言い分はすべて無視して「担任の言う通りにしろ」といつもの暴力
母親の言い分としては、お前の希望を通してもしBに落ちたら
滑り止めの私立に行かせることになる、そんな金なんてない、と
(ちなみに母親のパチンコでの使い込みがなければ私立はもちろん
高校卒業後に大学への進学だって可能だったし、父親はそれを見越して頑張って働いてくれてた)
私としては決して好きで勉強なんてしてた訳じゃない
学校だって本当は行きたくなかった
甘えた持論かもしれんが、嫌いなことを無理に続けて結果を出してきたのに
自分の希望が通らないってのは許せなかった
そもそも担任の言い分としては
上記の「月1,2日の欠席」からみられる私の心の弱さが理由らしい
受験当日もし急な神経性の腹痛がきて回答が難しくなっても、D校なら名前書ければ受かるから、みたいな

担任はもうともかく
私にとことん興味がない母親に心底死にたくなった
上下のきょうだいと、自分の遊興費、それを稼いでくる父親(の給料袋)、
この3つが何より大事なんだと
>>416の
『親にとっての『初めての経験』は全て兄にもってかれる』
というのちょっとわかるかも
入学式・卒業式・参観日・三者面談
「お姉ちゃんの時に知ってるから」と来てくれなかったな

その後の人生もいろいろと母親の気分に左右されて
自分がどうありたいのかもわからなくなってる

よく「離れるべき」っていわれるけど
貯めたお金で一人暮らし始めてもしばらくしたら
「見えない鎖」のようなかたちで実家に戻ることになったり

長くなったすまん