「人間はかつて穀物の家畜だった」といった記述がある。
これは、言い得て妙である。人間が狩猟民族だった時代、人々はきっと楽しんで狩りに取り組んでいたはずだ。

 しかし、農耕生活をはじめたことで、生きるために嫌でも畑を耕さなければならなくなった。
そのために人は個人から家族という集団で暮らすようになり、一家の住む土地に根を張って生きていくことを強いられ、結果として住む地域や仕事を選ぶ自由を失っていった。

しかし産業革命以降、機械による自動化によって、人は必ずしも生きるために働く必要がなくなったはずだ。
それにもかかわらず、安い仕事に文句を言いながら渋々働いている人が大勢いることが不思議でならない。

実は、「食べていくために」安い仕事で我慢している人の存在がなくならない以上、労働単価が上がることはない。

たとえば、賃金が安いからとやめてしまえば、雇う側は賃金を上げて募集をせざるをえなくなる。
やめている間は、C to Cのビジネスなどをすれば当面は困らないのだが、多くの人はなぜか歯を食いしばって苦しそうに働いている。「こうあるべき」という妄想に意味もなく囚われるのは、もうやめにしよう。